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第3話 しづかの屋敷の眠り姫




(…ここは……)

目を開けた芹の正面には、見慣れた天井があった。

 五形の屋敷の中の、自分の部屋だ。

 何を思うでもなく、ただ天井を眺める芹。

 しかし突然、

(そうだ! なずなはっ? 野尻のことも報せなきゃ! )

思い出し、半身飛び起きて、直後、

(ーっ! )

痛みに胸を押さえて身を屈めた。

 その胸には包帯。誰かが手当てしてくれたのだ。

 芹は、胸をそっと摩った。

(藤袴に斬られた傷……。斬られた時には、全然痛くなかったのにな……)

 だが、痛いからと言って、ずっと、こうして寝ているわけにはいかない。

 なずなが気になるし、野尻城のことも報せなければならない。

 藤袴に襲われて傷を負い、菅名荘方向から来た自軍に出会い、五形の顔を見た直後に気を失ってしまった。自分は間違いなく、そこで出会った自軍の手で、ここまで運ばれて来たわけで、皆、ここに戻ってきているため、戦力的に問題無いことは分かっている。だから、あとは、いつ攻めてこられても大丈夫なよう準備を整えてもらわなくては、と。






 痛みを最小限にと加減しながら、芹は、そーっと立ち上がり、そろりそろりと前屈みで歩いて、五形がなずなの部屋にと言っていた自分の部屋の隣の部屋へ。

 「野尻のことを報せに向かいがてら、ちょっと覗くだけ」のつもりで入口の障子を細く開け、覗くと、なずなが横になっているのが見えた。

 覗くだけ、のつもりが、その姿が見えたら、もっとちゃんと見たくなり、つい、女の子の部屋なので遠慮しながらも、中へ入る。

 歩み寄って、

(…なずな……)

芹は、なずなの枕元に腰を下ろし、顔を覗きこんだ。

 頬には膏薬が貼られ、額には濡らした手拭い。苦しげな呼吸を繰り返している。

(熱があるのか……)

額の手拭いに触れてみると温かかったため、すぐの所に置いてあった桶の水で濡らし直して、額に戻した。

 何故だか、いつまでもこうしてなずなの寝顔を見ていたいような気になった。

(でも……)

野尻のことを報せなければならない。

 なずなのことは、「顔を見れて命があることが分かって良かった」と、強引に、とりあえずの安心をし、立ち上がった。

 痛む傷を庇いつつ、芹は、部屋の入口へと歩き、一度、なずなを振り返ってから、部屋を出る。


 屋敷内は、シンと静まり返っていた。

 これからは、なずなもいるが、五形と二人暮しでは、これが通常。

 菅名荘への道中で藤袴に襲われて倒れ、上杉軍一行の菅名荘の帰りに偶然出会い、連れ帰ってもらってから、どれくらいの時間が経ったのだろう? 外は明るい。

(まだ何刻も経っていないんだとしたら……)

このところ出掛けてばかりいた五形のこと、外で農作業や鍛錬などせずに、部屋で休んでいるかもしれないと考え、芹は、自分の部屋の方向へ戻り更に通り過ぎる形で、まずは五形の部屋へ行ってみる。

 いない。では外かと、勝手口を目指し、また来たところを戻った。

 ……この無駄なウロウロを、芹は大した時間の経過を待たずに後悔する。

 傷の痛みのせいもあるが、歩くことそれ自体が次第に辛くなってきたのだ。

 嫌な汗が滲む。

 前傾の角度は、1歩ごとに大きくなる。

 片手を壁について、もたれるようにしながら進んだ。






 何とか勝手口を出たところで、芹は、ついに立っていられなくなり、しゃがみ込んだ。

「芹ちゃん! 」

畑の方向から、カツが駆け寄って来、腰を屈めて芹の顔を覗きこんだ。

「目が覚めたんだね、良かった! 」

涙ぐみさえし、心の底からホッとしたような表情。

 芹は、何か大袈裟だな、と思ったが、

「でも駄目だよ、寝てなくちゃ! もう10日以上も眠ったままだったんだから、思うように歩けないだろ? 」

続けられたカツの言葉に、

(10日もっ? )

驚き、大袈裟ではなかったと納得した。

 カツは、とにかく床に、と言いながら、芹の腕を持ち上げて肩に担ごうとする。

 芹は、五形か、或いは誰か他の男性に野尻城のことを報せなければならず、このまま床に戻るわけにはいかないと、

「カ…カツさん……」

口を開く。

 藤袴に斬られて以降初めて発した声は、酷く掠れ、小さい。

「うん。何だい? 」

誠実な態度で聞き取ろうとするカツ。野尻のことを報せなければと言った芹に、

「大丈夫。皆が菅名荘から戻ってすぐ、わたしが伝えといたよ」

(…そうなんだ……。よかった……)

「それで出掛けて、今は、もうとっくに野尻城を奪還して帰って来てる。それにしても、ほんとに忙しいねえ。戻ってきたら、またすぐ出掛けての繰り返し。体がどうにかなっちまうんじゃないか心配だよ。この先は暫くは無いといいけどね……」

溜息を吐きながら言い、カツは、持ち上げた状態だった芹の腕を今度こそ肩に担ぎ、脇腹をしっかり支えて立ち上がる。そうして五形の屋敷内に入り、芹の部屋方向へ歩きつつ、

「腹は空いてないかい? 食べられるようなら、何か用意するよ。五形君は、ちょっと留守にしてるから」

「…ありがとうございます……。すみません、お世話かけてしまって……」

全く思うように出ない声で言う芹。

 カツはおおらかに笑った。

「なーに言ってんだい、水臭い! この間わたしが臥せってた時には、芹ちゃんが色々と良くしてくれただろう?お互い様だよ」





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