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恋はペンよりも強し  作者: みずた わかば
第1部 恋の予感
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2.ワケあり新聞部

「えーっと、それじゃあ、そろそろ夏号の企画について、具体的に決めていきたいと思う」

 東城高校新聞部部長の園田英二そのだえいじは、三人の部員たちに、順に目をやった。向かって左から、山岸耕太やまぎしこうた、神崎彩乃、佐倉千鶴。案の定、佐倉千鶴の熱のこもった視線が、まっすぐに英二に向けられていた。

 もしかして、彩乃の密かな企みが、早々に進行し始めているのかって? たしかに、千鶴は、英二のある部分が気になっているのだが……


「おい、佐倉! いい加減俺をそんなふうに見るのはやめてくれ」

 英二は、困り果てた顔を千鶴に向ける。

「……えっ、あ、はい、ごめんなさい」

 千鶴は、そう言いながらも、英二から視線を外さない。英二は、ふうっとため息をつき、彩乃と耕太も苦笑いを浮かべる。実は、このやりとり、新聞部のミーティングのたびに、ルーティンのように繰り返されているのだ。

 何を隠そう、千鶴は英二の喉仏を見るのが大好きなのである。

 英二は、男子にしてはすらっとした長い首をしており、ツンと尖った喉仏が良く目立つ。その喉仏が、低音の美声を奏でるように動く様子に、千鶴は魅せられているのだ。


 千鶴が入部してすぐに、このルーティンは始まった。当初、英二は、千鶴の熱い視線に少なからずギョッとし、その視線の意味をあれこれと推しはかった。それに敏感に気づいた彩乃は、すぐに千鶴に真意を確認した。そして、誤解を生じさせないためには最初が肝心と、彩乃は、英二とその場にいた山岸耕太に、正直にそれを伝えたのである。

 英二も耕太も、彩乃の言葉に半信半疑であった。しかし、新聞部の部員として二ヶ月あまりをともに過ごし、千鶴のことがわかりつつある今では、まったく疑いを持っていない。英二にとっては迷惑千万なことなのだが、最近では少々慣れてきたのも事実である。いや、あきらめの境地というべきか。


 そんなわけで、千鶴が英二に向ける目は、恋心とは程遠い。

 しかしながら、彩乃にとって、現時点での千鶴の彼氏候補ナンバーワンは、とりあえず園田英二である。千鶴の彼氏を見つけると決意したものの、千鶴の周りに浮いた話はまるでなく、わずかながらでも千鶴の関心をひく男子といえば、英二くらいしか思いつかないのだ。

 彩乃の目論見は、前途多難である。


 それはさておき、新聞部の部員はこれだけしかいないのかって?

 はい、これだけしかいません。いや、正確には、もう一名いる。いるにはいるが、人手がいるとき手伝ってくれる助っ人部員で、新入部員の千鶴たちは、まだ一度も会ったことがない。週一度のミーティングに顔をそろえるのはこの四人だけである。

 まず、部長兼編集長、三年生の園田英二。次に、一年生の新入部員、山岸耕太。同じく一年生部員の千鶴と彩乃。何とも貧弱な顔ぶれであるが、再び休部、いや、ともすれば廃部になろうかという瀬戸際だった新聞部にとっては、救世主のような三人の新入部員なのだ。


 再び休部? そう、東城高校新聞部は、部員が集まらず、去年まで二年間休部状態にあった。それを今から一年前、英二が二年生のとき、英二が一人で復活させたのだ。

 英二が復活させた――などと言うと、園田英二は、新聞部に強い思い入れを持っていると勘違いしてしまいそうだが――まさに勘違いである。思い入れがないわけではないが、そこまでではない。


 もともと英二は、野球部に所属していたのだが、二年生になってすぐ、自転車で転んで左手を骨折してしまい、しばらく休部せざるを得なくなった。中学生のときから野球を続けてきた英二は、当然ながら野球が出来ない状況に、気持ちが腐った。折りしも、新入部員を迎え、レギュラー争いが活発になる時期でもあった。

 そんな英二のイライラが、態度に出ていたのだろう。当時の担任で国語教師の大竹が、英二に声をかけてきた。『校内新聞の発行をやってみないか』と。


 大竹の目的は二つあった。

 一つは、新聞作りに没頭することで、英二の気持ちを紛らわすことができるのではないか、と考えたこと。

 そして、もう一つは、新聞部の復活である。大竹は、東城高校に赴任して以来、十年間新聞部の顧問を務めてきた。今年度限りで定年を迎える大竹にとって、休部状態のまま高校を去ることは心残りであり、形ばかりでもよいから新聞部を復活させたいと考えていたのだ。

 園田英二は、国語の成績は良く、簡潔で分かりやすい文章を書ける生徒である。日ごろから、目ぼしい生徒に、新聞部に入らないかと声をかけていた大竹にとって、英二の骨折は、またとない機会をもたらしたのだ。

 ――はい、お察しの通りです。大竹の目的は、前者より後者のほうがはるかに大きいのであります。


 大竹の思惑がどんなものであったにせよ、そのときの英二には、この誘いが新鮮に響いた。高校に入学した当時、野球部に入ることを当然のように考えていた英二は、他のクラブ、しかも文科系のクラブに入ることなど、まったく選択肢になかった。そんな英二にとって、新聞部への誘いは、ハッとする新鮮さがあったのだ。それに、休部状態のクラブを復活させるということに、なんとなくドラマチックな響きも感じていた。

 作文は嫌いではない。兼部で、しかも仮入部でもいいというので、とりあえずケガが治るまで新聞作りをしてみようと決心するのに、そんなに時間はかからなかった。


 しかし、野球部を辞めて、新聞部一本でいこうと決心したときには、さすがに悩みに悩んだ。

 その決心の源になったのは、新聞を発行したときの達成感であった。大竹の指導を受けながら、B4表裏一枚のささやかな学校紹介号を作り上げ、全校に配布したときに、何ともいえない満足感を味わったのだ。

 野球部に復帰しても、もはやレギュラーの夢は叶いそうにない。そもそも、中学のときも、万年補欠だったのだ。そんな気持ちも後押しした。

 こうして、半ば成り行きで新聞部の活動を開始し、多少の思い入れを持って、英二は活動を続けてきた。



 そして、この四月、東城高校に進学した千鶴と彩乃は、新聞部の部員となった。

 ふたりは、なんで新聞部なんかに入ったのかって? いかにも。新聞部は、『新聞部なんか』と言うにふさわしいマイナーなクラブである。その新聞部になぜ入ったのか――


 最初に新聞部の見学に行ってみようと言い出したのは、彩乃のほうである。新入生向け合同クラブ説明会での英二の言葉に、彩乃は心が揺さぶられたのだ。

 英二は、新入生に向かって必死に呼びかけていた。『このまま新入部員が入らなければ、新聞部は廃部になってしまいます! どうかあなたたちの力で、伝統ある新聞部を守ってください!』と。その言葉が、彩乃の放っておけない精神を揺さぶったのである。


 たしかに新聞部は、部員が集まらなければ、今度は休部では済まされず廃部の恐れがあった。去年までは、ベテラン教師の大竹が顧問を務めていたため、部員がいなくても、六十五年の歴史ある新聞部を廃部に、とまではならなかった。

 しかし今は、若手の今宮が顧問である。しかも、今宮は、漫画研究会の顧問も掛け持ちしている。部員が集まらなければ、新聞部は、休部ではなく、即廃部ということになりかねなかった。


 彩乃は、とりあえず見学に行ってみよう、それでたくさん見学者がいれば安心だ、そんなふうに考えて、彩乃自身が入部することを、真剣には考えていなかった。当然千鶴も、深くは考えずに、彩乃についていった。


 見学に来ていたのは、現在の部員の山岸耕太と、もう一人の男子生徒、あとは千鶴と彩乃の四人だけだった。

 小さなテーブルを囲んで、英二は四人に向かって、再度熱心に入部を呼びかけた。英二にしてみれば、野球部を辞めてまで新聞部の活動を続けてきたのだ。ここで新聞部が廃部になってしまえば、そこまでした意味がなくなってしまう。そんなあせりと、自分一人で新聞部を復活させた意地があった。おのずと勧誘にも力が入る。


 そして、その呼びかけに、一番熱心に聞き入っていたのは、千鶴だった。いや、聞き入っていたように見えて、実際は、このときすでに英二の喉仏に見入っていた。しかし、このときにはまだ、彩乃は千鶴の真意に気づいていない。英二の熱心な呼びかけに応えているのだと思っていたし、英二もまた、そう勘違いしていた。


 そして、彩乃も、いや彩乃は、真剣に入部を考え始めていた。見学に来たのは四人しかいない。二人の男子生徒は、英二の話を聞いてはいるものの、表情に真剣みがない。入部するかどうか怪しいものだ。彼らが入部しなければ、新聞部は廃部になってしまう。だとすれば、新聞部を救えるのは、自分しかいない。

 こうして、彩乃は、新聞部が廃部になるのを放っておけず、千鶴は、英二の喉仏を見たくて入部を決めた。

 

 

 さて、入部して二ヶ月。今年度の『東城高校新聞・夏号』を夏休み前に発行すべく、今、本格的に企画を決めようとしてるところである。今年度は、四月に学校紹介号を発行しているが、新入部員にとっては、これが初めての新聞発行となる。


 英二は、気を取り直して、今一度新入部員たちを見回した。相変わらず、千鶴の視線は、自分の喉もとを射貫いているが、それはもう無視することにした。

「えー、前にも話した通り、部員も増えたので、夏号は四ページでいこうと思う。それで、定番の記事だけでなく、何か特集記事を組んでみようという話だったけど、何か企画を考えてみたか?」

 英二の問いかけに、三人の新入部員からは何の反応もない。そのまま、沈黙が落ちる。


 英二は、努めて顔には出さないが、心の中ではがっかりしていた。せっかく三人の部員が入ったが、この様子では、先行きが思いやられる。女子のふたりは、新聞作りに興味があるとは言い難いし、山岸耕太は、普段から発言が少なく何を考えているのかわかりづらい。

 あと二回、夏号と学園祭特集号を発行したあと、英二は新聞部を引退することにしている。その後は、この三人に委ねることになるのだが、大丈夫だろうか? 部員はいるのに休部状態という事態になってしまわないだろうか?


 しばらく沈黙が続き、再び英二が口を開きかけたときだ。山岸耕太が、おずおずと口を開いた。

「……あ、あのう、なにか、学校を良くするのに役立つような記事はどうですか……例えば、学校の中で、不便なこととか、危険なこととか、そんなのがあったら取り上げてみるとか……」

 英二と彩乃、そしてこのときばかりは千鶴も、一斉に耕太に目を向けた。三人の視線を浴びて、耕太の顔が真っ赤になっている。

「いや、あの、それは、その、新聞部でも、ジャーナリズムみたいなことができたらというか、それでその……」

 しどろもどろの耕太に向けられていた千鶴の顔が、次の瞬間パッと輝いた。

「あたしも、それ賛成!」

 新聞部に入って初めて、千鶴が、英二の喉仏以外に興味を持った瞬間だった。



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