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恋はペンよりも強し  作者: みずた わかば
第2部 恋が動く
19/27

19.すれ違い

 哲平は、目の前で演じられた告白劇に唖然としていた。主役の健斗が出て行っても、呆然と突っ立ったままだ。それは他の観客も同じらしく、千鶴も耕太も固まっている。そして、もう一人の主役の彩乃も。


 呆然としたまま哲平が味わっていたのは敗北感だ。

 ここは新聞部の部室だ。哲平にとっては初めて来た場所で、完全なアウェーだ。アウェーな場所に足を踏み入れたとたん、突然敵が現れて戦わずして負けた、そんなやるせない敗北感。


 敗北感? まさか俺は、戦うつもりだったのか?

 哲平は、初めて会ったときから彩乃に惹かれていた。最初は、なんてキレイな子なんだと思った。そして、一緒に盗撮犯を捕まえ、一緒にファミレスに行き、行動をともにするうちに内面も含めて彩乃そのものに惹かれていった。

 だけど、彩乃と付き合う、そんなことを考えてみても現実感がなかった。アイドルと同じように、観て応援して幸せを感じるだけで、手の届かない存在――そう思い込んでいた。

 しかし、今自分が感じているのは、たしかに敗北感だ。

 彩乃は、アイドルなんかじゃない。一緒に盗撮犯を捕まえ、話をし、食事をした、現実に目の前にいる高校生だ。手が届かないのではなく、手を伸ばそうとしなかった。本心では彩乃と付き合いたいと思っていたのに――哲平は、たった今そう気づいた。


 手を伸ばしても届かなかったかもしれない。それでも、手が届かないと決めつけて何もしなかったことの後悔で、哲平の心は疼いていた。

 実際は、まだ負けと決まったわけではない。けれど、戦う相手は強力だ。美しい彩乃に、美しい健斗は、哲平の目にはお似合いに思われた。

 そして、そう思わせることこそ、哲平の前で告白してみせた健斗の思惑だったのだ。


「あやちゃん……」

 千鶴が遠慮がちに呼びかけて、固まっていた空気が動き出した。

「あの、あやちゃん、どうするの……」

 今彩乃に答えを急いてはいけないとわかっているのに、つい千鶴の口から問いがもれる。

「え……」

 彩乃は、千鶴に、耕太に、そして哲平に目をやった。哲平の顔には、さっきと同じなんとも言えない表情が浮かんでいる。


「あの、あやちゃん……」

 千鶴がもう一度何か言いかけると、

「ちょっと待って! ゆっくり考えさせて!」

 彩乃が千鶴をさえぎって、つい声を荒げる。びっくりして千鶴は口をつぐんだ。

 彩乃が千鶴に対してそんな口の利き方をしたのは、いつ以来だろう。小学生のときは何度かケンカをしたことがあるが、ここ何年も千鶴は彩乃にそんな言い方をされたことはない。

 そして、彩乃自身も声を荒げた自分にびっくりしていた。

「ごめん。ゆっくり考えるから。自分でちゃんと」

 彩乃は言い直す。


 彩乃は混乱していたのだ。それで、つい声を荒げてしまった。

 健斗が突然、耕太や哲平がいる前で告白してきたのだから、混乱もするだろう。しかし、彩乃を混乱させていた理由は他にもある。

 彩乃は気づいてしまったのだ、自分の気持ちに。

 健斗に本気で好きだと言われたあと、千鶴たちのほうを振り向いたとき、哲平と目が合った。そのときに気づいたのだ。自分は須藤くんのことが好きだと……


 千鶴は哲平のことが好きなのだから、それを応援しなければと考えていた彩乃。哲平のことが気になることはあっても、それは人として哲平のことが好きなだけだと思い込もうとしていた彩乃。

 だけど、健斗の突然の告白に驚いて無防備なまま哲平と目が合ったとき、好きだという気持ちが、素直に心の底から湧き上がってきたのだ。

 あたしは、須藤くんのことが好き……だけど……ちぃちゃんも須藤くんのこと……

 どうしよう……どうしよう……ああ、こんなに頭の中がぐちゃぐちゃなのは、ちぃちゃんのせい……なのに、ちぃちゃんたら、どうするのって……

 ああもうっ、ちぃちゃん!『ちょっと待って! ゆっくり考えさせて!』


 少しの間沈黙が落ちる。

 そして、哲平が、

「あの、手伝うことも無さそうだから、俺もう行くわ」

 そう言うと、さっさと部室を出て行った。

 哲平は、千鶴が彩乃に、哲平と一緒に取材に行ったらと言ったのを思い出していた。あのときはうれしさがこみ上げてきたが、今こんな状態で彩乃と二人で取材に行くなんて、そんなことは耐えられない。千鶴がまた取材のことを言い出す前に、ここを離れたかった。


 哲平が出て行くと彩乃も、

「あたし、今日はもう帰るね」

 そう言って、カバンを手にとった。

「え? あやちゃん……」

「あたしも取材は全部済んでるし、今日はもう、とくにすることないから。一組の取材も、別に行かなくてもいいし」

「そうなの? でも……」

 彩乃は、千鶴に向かって笑顔を作る。

「五十嵐さんのことは、落ち着いて考えてみたいの。悪いけど先帰るね」

「う、うん」

 彩乃も出て行く。

 部室には、千鶴と耕太の二人が残された。


「あやちゃん怒らせちゃった」

「あ、はい」

「告白されたばっかなのに、どうするのって聞いちゃいけなかったよね」

「……そう……ですね」

 耕太は、『そんなことはないですよ』と、心にもないことは言えない。健斗の突然の告白に、彩乃が戸惑っていたのは耕太の目にも明らかだった。答えが出ていないのは分かりきっているのに、せっかちに答えを問えば、相手をいらだたせても仕方がない。

 それでも、耕太にはなんとなく引っかかるものがあった。神崎さんは、それくらいのことで怒るような人なのか? 


「あの、佐倉さん」

「うん?」

「神崎さん、今までに何度も告白されたことがあるって言ってましたけど、さっきみたいに、なんというか、イライラするというか、そんな感じになったことはありますか?」

「え? なかったと思う。何回も告白されて慣れちゃってるからかな、いつも落ち着いてる」

「そうですか」

「でもね、さっきの五十嵐さんみたいな告白、あんなの初めてだよ。あたしたち、みんなでフツーにしゃべってたのに、いきなりあんなこと言い出して。なんかもう唖然て感じだった。あやちゃんは、もっとびっくりしたのかも。それなのに、あたしが、すぐにどうするのって」

 あらためて落ち込む千鶴。


 耕太は、まだなんとなくすっきりしないものの、そうなのかもしれないと納得しようとした。

 たしかに、いくら告白に慣れた神崎さんだって、あれには相当びっくりしたはず。それに、告白の最中ずっと、関係ないぼくや、よりによって哲平まですぐそばにいたんだし…… 

 ん? ぼくや哲平(・・)まで……すぐそばに……

 そうか! よりによって、今日は哲平が来ていたんだ。神崎さんは、あの場に哲平にいてほしくなかったのかもしれない。だとしたら……


「あの、佐倉さん」

「うん?」

「もしかしてですが、神崎さんはやっぱり、哲平のことが好きなんじゃないですか」

「え?」

「神崎さんがイライラしたのは、哲平が近くにいたのに、五十嵐さんがあんなふうに告白してきたからじゃないかと思うんです」

「そっか!……あ、でも……」

 たしかに、須藤くんのことが好きなら、あんな告白、あやちゃんにとっては大迷惑だけど……

「だったらさ、なんで、五十嵐さんのことちゃんと考えるって言ったの? 須藤くんのことが好きなら、考えなくても答えはノーで決まってるでしょ」

「それはそうなんですが……」

 それでも、耕太はどこか引っかかっている。哲平のことが、何か関係あるような気がどうしてもしてしまうのだ。


 神崎さんは哲平のことが好きだと仮定してみよう。

 だったら、どうして五十嵐さんとのことを考えてみると言ったのか?

 哲平とは、付き合いたくても付き合えないと思っているのか。野球をがんばるために、彼女は作らないだろうと考えて。

 いや違うな。その話をしたのは、佐倉さんとだけで、神崎さんは知らないはずだ。佐倉さんが哲平と神崎さんをくっつけようとしたという話をしていたときに、話したことだから。あの時までぼくは、佐倉さんは哲平のことが好きなのかと勘違いしていたんだった。

 ん? 勘違い?……まさか、神崎さんも勘違いを?

 もし、神崎さんも、佐倉さんは哲平のことが好きだと勘違いしているのだとしたら? もしそうなら、神崎さんは、哲平とは付き合えないと考えるかもしれない……確証はないけど、あり得ないことじゃない。


「あの、佐倉さん」

「うん?」

「……あ、いえ、何でもないです」

 耕太は、この考えを千鶴に話そうとして、思い直した。



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