15.助っ人部員登場
夏休みが終わり、新学期が始まった。
夏休みの間は、千鶴に彼氏を作ろうという彩乃の企みも、彩乃と哲平の仲を取り持とうという千鶴の画策も、何も動きはなかった。夏休み中は新聞部の活動はなく、学校に行くこともなかったので、自分たちから行動を起こさなければ何も動きようがなかったのだ。千鶴も彩乃も、まだ様子見の段階で、そこまで積極的に動くことはしなかった。
ちなみに、哲平の所属する野球部は、夏の全国高校野球大会の県予選で、一回戦は突破したものの二回戦では涙を飲んだ。
その後三年生が引退し、実は今、哲平はレギュラーの座を獲得しつつある。ただしピッチャーではなく外野手だ。中学のときはエースだった哲平だが、高校では有力なライバルが二人もいて、エースの座を射止めるのは難しい状況にある。しかし、バッティングの良い哲平は、監督の指示で外野の守備練習を始めたのだ。レギュラー定着を目指し、哲平は夏休み中もずっと部活をがんばっていた。
さて、新聞部は、二学期の始まりとともに一年で一番忙しい時期を迎える。というのも、学園祭特集号の発行を控えているからだ。
東城高校では、毎年九月最終週の木曜に体育祭を、一日準備の日を挟んで、土日に文化祭を開催している。
学園祭特集号は、体育祭と文化祭を取材した記事をまとめた号で、速報にするため翌月火の代休が明けた水曜日には発行することにしている。それぞれのクラスの出し物の準備もあり、新聞部員たちは、学園祭特集号の準備と両方で忙しくなるのだ。
今日は、二学期最初の新聞部ミーティングの日である。
一年生部員にとっては、学園祭特集号の発行ももちろん初めてだが、学園祭そのものが初めての経験だ。まずは英二から、例年の体育祭、文化祭の流れや出し物の様子について話を聞く。
千鶴の視線はというと――話をする英二に向けられてはいるが、今はもう喉仏を射抜いてはいない。新聞作りに興味を持った千鶴は、英二の話に集中しているのだ。
英二は一通り説明を終えると、
「えーっと、だいたいはこんな流れだけど、今年の出し物はまだ出そろってないし、具体的な取材内容は追々決めていこうと思う。とりあえず今日は、取材の担当だけ決めておこう」
英二が、そう言ったときだ。開け放した部室の入り口から、一人の男子生徒がひょいと顔をのぞかせた。
「よう、えいちゃん。学園祭の新聞作るのに人手がいると思って来てみたんだけど」
『えいちゃん』と呼ばれた英二は、その男子を見てパッと笑顔になる。
「よう、健斗! 学園祭の取材の手伝いなら大歓迎だぜ」
部室に入ってきた健斗に英二は、
「そうだ、健斗は新入部員にはまだ会ったことなかったよな。紹介するよ」
英二は立ち上がると、千鶴、彩乃、耕太の三人に向かって、
「えーっと、こいつは、五十嵐健斗、二年生。去年はけっこう新聞作りの手伝いをしてもらってました。俺一人じゃ手が回らなくなることもあったんで。まあ、新聞部の助っ人部員といったところかな」
千鶴と彩乃と耕太は、突然現れた新聞部員をポカンと見つめている。そう言えば、入部して最初のミーティングで助っ人部員がいると聞いたような。頼んで手伝ってもらっているので、部員が増えた今年はもう来ないだろうとか、そんなことを言っていたような。
千鶴たち三人は、なんとなくそんなことを思い出していたのだが、三人が健斗をポカンと見つめる理由はもう一つある……
「えーっと、健斗の家は俺んちの近所で、一コ下だけど俺の小さい頃からのダチで、それで頼んで手伝ってもらってました。学園祭特集号の発行は一人でも多いほうが助かるし、健斗にも手伝ってもらいます」
それから英二は、健斗のほうを向いて、
「この三人が一年の新入部員。そっちから山岸、神崎、佐倉。じゃ、よろしく頼むよ、健斗」
「よろしく」
健斗は、三人のほうを向いてペコリと頭を下げた。ポカンと健斗を見ていた千鶴たち三人も、あわてて『よろしくお願いします』と言いながら、ペコリと頭を下げる。
「あのう……」
千鶴が健斗に向かって、
「五十嵐さんて軽音の人ですよね」
彩乃のほうを向いていた健斗の視線が、千鶴のほうに動く。
「えっ、そうだけど。なんで知ってるの」
「だって、クラブ紹介のとき歌ってたでしょ」
そうなのだ。健斗は、軽音のバンドでボーカルをやっているのだ。
「あ、そっか。だけど、よく覚えてたね」
「だって、五十嵐さんてめちゃくちゃイケメンだから、一年の女子で話題になったし、よく覚えてます。まさか、あのとき歌ってた人が新聞部の先輩だったなんて、すっごくびっくり」
千鶴の言葉は率直で、誇張もお世辞もない。健斗は正真正銘のイケメンなのだ。くっきりした二重の目にきりっとした眉。健斗のおばあさんがイギリス人で、その目を受け継いだグレーがかった瞳。小鼻が小さく、すーっと通った鼻筋。色白の小さな顔。健斗の美しさは、まさに王子様と呼ぶにふさわしい。
千鶴も彩乃も、男子の耕太でさえ、あまりにも美形の健斗にポカンと見とれていたのだ。
「ハハ、そうなんだ」
健斗の視線が、再び千鶴から彩乃にもどる。
「でも、新聞部にこんなかわいい子がいたなんて知らなかったなあ」
そう言って健斗は、彩乃にじっと視線を送る。
彩乃は、健斗のストレートな言い方に一瞬驚いたのち、白い頬をほんのりと赤く染めた。
男子に見つめられることには慣れっこになっている彩乃。もちろんその中にはイケメンもいたのだが、今まで男子に見つめられて、彩乃が頬を染めたことなど一度もなかった。それほどまでに、健斗のイケメンぶりは別格なのだ。
「オイ健斗、部内でナンパはやめてくれよな」
英二が思わず釘を刺すと、健斗は、
「えーっ、そうなの。じゃ、オレ新聞部員、辞めるわ」
「オイ健斗!」
「ハハ、冗談。ちゃんとやるって。それに、ナンパじゃなきゃいいんだろ」
そう言って、健斗はまた彩乃に視線を向ける。英二はふぅと息を吐き、
「すまん、神崎。こいつ、こういうヤツだけど、ほぼ冗談だからテキトーに受け流しといてくれ」
「は、はい」
「オレ真剣なのになあ」
そう言いながら、健斗は彩乃ににっこりと笑いかけ、彩乃はまた赤くなる。
「えーっと、そうそう、取材の担当だったよな」
英二は、話を本題にもどす。
「まずは文化祭だけど、文化部の発表は、ステージの部は、俺と、えー、山岸。それと、健斗は軽音だし、こっちを手伝ってくれ。教室展示の部は女子の二人ということでいいな」
部員たちは、『はい』と口々に返事する。
「あとクラスごとの出し物だけど、そっちは学年ごとの担当でいいだろう。一年は一年、健斗は二年、俺は三年の出し物を担当する。ただ、健斗は軽音もあるから、あんまり時間とれないと思うんで、一年から一人二年の担当に回って欲しいんだけど……」
「そんじゃ、神崎さんだっけ、よろしくね」
速攻で健斗が彩乃を指名する。
「オイ健斗!」
「だめなの? 神崎さん」
「えっ、いえ、そんなことは……」
「じゃ、決まり!」
英二は苦笑いして、
「神崎は、それでいいのか?」
「は、はい」
「そっか。じゃあ神崎は二年担当ということで」
健斗は、満面の笑みを彩乃に向ける。
そんな健斗と頬を染める彩乃を見ながら、千鶴は心中穏やかでない。
英二の友だちで、わざわざ新聞部の活動を手伝ってくれる健斗は、悪い人ではないに違いない。違いないとは思うのだけど、それが彩乃の恋の相手ということになれば話は別だ。健斗の彩乃に対する、良く言えば屈託のない、けれど悪く言えば軽い態度に、千鶴の心配の種がぷくっと芽を出した。
その後、体育祭の取材については、それぞれ自分の組を担当し、英二が全体の総括をすることに決まった。たまたま、千鶴のクラスが赤組、彩乃が白組、耕太が黄組、英二と健斗が青組と、それぞれ組が分かれており、すんなりと分担が決まったのだ。健斗が、彩乃と同じ白組ではなかったことを残念がって、英二に軽く小突かれてはいたが。
その日の帰り道。千鶴は彩乃に探りを入れる。
「ねえ、あやちゃん、五十嵐さんが新聞部の先輩だってびっくりしたね」
「うん、まじびっくり」
「なんかさ、あやちゃんのこと気に入っているみたいだったけど」
「え? うん。でも冗談なんじゃない? 部長も言ってたし」
心なしか、彩乃の頬がまた赤くなったような。千鶴の中で芽生えた心配が、むくっと成長する。えいっ、ここは単刀直入に聞いてしまおう。
「ねえ、あやちゃんは五十嵐さんみたいな人好き?」
「え?」
千鶴がこんなことを聞いてくるなんて……彩乃は驚いた顔を千鶴に向ける。
「え、えーっと、好きとかそういうんじゃないけど……すごくカッコイイよね」
すごくカッコイイ――たしかにそれは否定しない。千鶴だってそう思う。だけど……
「でもさ、なんか軽い感じだったよね。ああいう感じの人、どう思う?」
「えっ? どうって?」
彩乃は、さっきの健斗を思い出す。冗談かもしれないけど、自分に対してあんなふうにストレートな言い方をしてきた男子は初めてだ。
彩乃はこれまで、何度も男子に告白されたことはある。けれど、みんなどこか自信なさげに見えた。思い切って勇気を出して告白してきた、そんな感じだった。健斗のように、彩乃に対して自信満々に接してきた男子は初めてなのだ。
それが軽いと言えばそうなのかもしれない。けれど、彩乃にとっては新鮮で、潔い気持ちよさもあったのだ。
「あれだけカッコイイしモテる人だから、ああいうのが普通なんじゃない?」
千鶴は、彩乃の答えに内心がっかりする。健斗の軽さに、否定的な答えが返ってくると期待していたのに……
あやちゃん、五十嵐さんのこと好きになっちゃうかも。ああ、どうしよう、どうしよう……
何又もかけられて、健斗に追いすがりながら泣き崩れる彩乃を妄想して、不安に駆られる千鶴であった。