14.夏号発行!
ファミレスでの食事会は、話も盛り上がって楽しいものになった。なにしろ、盗撮犯を捕まえた仲間なのだ。その話をすればいくらでも盛り上がる。練習試合を翌日に控えて、朝の早い哲平のために適当な時間で切り上げたが、また今度みんなで集まろうと言い合って、名残惜しみながらのお開きとなった。
そんな楽しい食事会の最中にも、四人の胸の内にはそれぞれの思いがあった。
須藤哲平の場合
(神崎さんは、見れば見るほど美人だなあ。女優やアイドルになったってぜんぜんおかしくない。それに、優しくて気が利いて。俺なんか全然つりあわないよな。中学のときは勘違いして告白してくる女子もいたけど、エースで四番つっても、一回戦突破がやっとのチームじゃなあ……あ、いけねぇ、油断するとすぐ見惚れてしまう。アブナイやつと思われてしまうぞ。気をつけねば)
神崎彩乃の場合
(ちぃちゃん、しょっちゅう須藤くんのこと見てるよね。須藤くんのことすごくほめてるし。まあ、山岸くんのこともだけど。やっぱり、須藤くんのこと好きなんだね。ちぃちゃんが、あたしをこっちに座らせるから最初はドキッとしちゃったけど、それはただ心構えができてなくてちょっとビックリしただけ。もう大丈夫、今は自然な感じで話せてるよね……だけどなんだか……胸がキュッと……だめだめ、気にしないで話に集中集中!)
佐倉千鶴の場合
(須藤くん、さっきから関係ないときでも、ちらちらあやちゃんのこと見てる。きっと、須藤くんはあやちゃんのこと気になってるね、よしよし。だけど、あやちゃんは……なんだか思ってたのとは違うような……今日の格好だってあんまり気合入ってないし、こっちの席座ろうとしてたし。今は楽しそうに話してるけど、須藤くんのこと特に気にしているわけでもなさそうな……うーん、ふたりのこと、もっとじっくり見ていこうかな。こういうのは、あせったらダメなんだよ、きっと。うん、そうしよ、あせらないあせらない)
山岸耕太の場合
(佐倉さんの目って、こうして正面から見るとすごくキレイだな。つり上がってて個性的で、瞳がキラキラ輝いてて楽しそうで。それにしても、佐倉さん、さっきから哲平と神崎さんのこと、ちらちら見てる、というか観察してる?……佐倉さんは哲平のことが好きなのかと思っていたけど、もしかしてもしかしたら、哲平と神崎さんを……まさかそんなこと……いや、あり得る……いや、あったらいいな……あれ、ぼくは何を考えてるんだ?)
ファミレスのテーブルを挟んで、それぞれの思いが交錯したのであった。
さてさて、食事会の翌週は、期末テスト前の週に入り部活はしばらく休みになった。
そして、上手くいった者もそうでない者も、とにかく期末テストは終了し、これから東城高校新聞・夏号の発行に向けて、部員たちは急ピッチで仕上げにかからなければならない。
特集記事については、テスト前に目処をつけてある。
生徒たちへの聞き取り取材の結果は、ほぼ予想通りだった。
男子は、第二体育館で部活をしているバスケ部とバレー部の部員の中に、智也と同じような経験をした者が何人かいた。みな和式トイレに慣れておらず、中にはあきらめて校舎のトイレに向かった者もいた。
女子も、彩乃が言った通り、ほとんどの人が第二のトイレを避けていた。わざわざ校舎のトイレまで行くという人が多かったし、第二のトイレを使っているという人でも、校舎まで行くのが面倒くさいからという理由だった。ただ、女子の場合、和式が不評なのに変わりはないが、和式ということより、薄暗くて気味が悪いということを気にしている人のほうが多かった。
そして、英二と耕太が、聞き取り調査の結果を手に校長のところに行き、第二のトイレを洋式に改装する予定はないのか取材を行った。結果、予算の問題があるのですぐにということは難しいが検討課題とする、というお決まりのコメントをもらった。ふたりはさらに食い下がり、照明だけでも明るくしてほしいという要望があることを伝えたが、それも検討課題とするというコメントであった。
部員たちは、それらの取材結果をもとに記事を作成していく。
紙面に写真があるほうが読者の目を引くし伝わりやすいのだが、今回は掲載を見送った。特集記事にトイレの写真が載っても無粋だし、あんな事件のあと、たとえ問題のない範囲であってもトイレの写真を撮る気にはだれもなれなかったのだ。
その代わり、絵を描くのが得意な千鶴がトイレのイラストを描き、それを載せることにした。千鶴はついでに、トイレを題材にした4コマ漫画を描いてきた。『新聞て一番はじめに読むのは漫画だから』というのが千鶴の言い分である。実際は、千鶴は漫画以外ほとんど新聞は読まないのだが。いや、最近は少し読んでいるが。
新聞に4コマ漫画はつきものであるし、読者の目を引くということで千鶴の提案は採用され、ますますやる気の出る千鶴であった。
特集記事の他は、生徒会やクラブの活動報告、先生のコラムなど定番の記事である。これらは、予め原稿を各方面に頼んでおき、回収して校正をする。実は、この回収というのがなかなか思い通りにいかない作業なのだ。まだ原稿ができていないと言われ、何度も催促しなければばらないことが多々ある。ただ今回はけっこうスムーズに回収が進み、美化委員が一日遅れ、教頭が二日遅れだけですんだ。
そうそう、今回特集記事と並んで目玉となるのが、バスケ部の県大会ベスト4進出の記事である。実は、東城高校は伝統的に運動部の活躍が少ない。たまに個人で良い成績を収めることはあっても、チームが活躍することはあまりないのだ。残念ながら決勝進出とはならなかったが、バスケ部のベスト4は、東城高校にとって歴史的快挙と言っていい。
ベスト4のかかった試合を取材すべく、新聞部では、顧問の今宮を通して学校に申し入れをしたが、平日の試合に取材同行を許可されたのは一人だけだった。取材には英二が行くことになった。応援……いや、取材に行けないことを、千鶴はひとしきり悔しがっていた。しかし、英二がしっかりと取材をしてきて、智也たちの活躍を伝える記事が夏号を飾ることとなった。
各記事が出来上がると、部員たちはパソコン室にこもってパソコンと格闘することになる。一年生部員たちは皆、パソコンでの編集作業ははじめてであるし、こういう機器に弱い者ばかりであるが、英二が引退したあとは自分たちだけでやっていかなければならない。英二に教わりながら全員で少しずつ仕上げていく。
そして最後は、学校の印刷機で印刷して出来上がりである。ちなみに、今宮はここまで一度も部活に顔を出さなかったが、それはまあ予定通りだ。
こうして、東城高校新聞・夏号は、無事終業式前日に発行の運びとなった。
全校に新聞が配布され、それに目を通すクラスメートを見ながら、千鶴たち新聞部員の喜びはひとしおである。刷り上った新聞を最初に手にしたときも感慨深いものがあったが、新聞を前にああだこうだと言っているクラスメートを見ていると、達成感をより感じることができるのだ。
動機はともあれ、新聞部に入ってよかったと思う千鶴と彩乃であった。
4コマ漫画は、東城高校新聞・夏号に掲載されたものです。
千鶴の思い込みをもとにした作品です。(第3話参照)
作中では千鶴の作ですが、実際は、拙作『恋の神さま』でイラストをお願いしたMさまに、今回も描いていただきました。