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恋はペンよりも強し  作者: みずた わかば
第1部 恋の予感
13/27

13.千鶴の画策

 事件のことを学校新聞の記事にしていいかと今宮に聞いたのは、耕太のとっさの思いつきだったが、それを却下されたことに対する悔しさが、職員室を出たあと、部員たち各々の中で湧き上がってきた。自分たちで犯人を見つけたのだ。読みごたえのある記事が書けるに違いない。


 が、程なくして、事件のことを記事にしてもほとんど意味がないと、全員が思うようになる。というのも、翌日には事件についてのうわさが広がり始め、翌週には、ほぼ全校生徒が事件のあらましを知ることになるからだ。

 新聞部の面々も、高木を捕まえるのに関わった哲平も智也も、誰も、自分からは事件のことを話さなかったし、先生方も、事件のことは口外しないようにしていた。しかし、こういう話というのは、どこからか漏れてしまうものなのだ。部員たちは、事件について、うんざりするくらい周りから色々と聞かれた。

 ただ、ひとつ良かったのは、こういう話につきものの、デマや憶測というものが、ほとんど無かったことである。最初こそ、いろいろデマが流れたが、一週間ほどでほぼ修正され、耕太が校長に話したこととほぼ同じ内容に落ち着いた。


 ひとつだけ最後まで根強く残ったデマ――正確には、その後もずっと残ることになるデマは、ビデオに幽霊が映っていたという話である。おそらくは、誰かが、『第二のトイレなんか、誰も使わないよ。ビデオに映ってるとしたら幽霊くらいなもんじゃない』と、冗談で言ったことから始まって、幽霊が映っていた、という話になったと思われる。

 千鶴は、自分で映像を確認したくせに、やっぱりね、と納得していた。あのときは、早送りで観たからわからなかったが、普通に観たら、映っているのがわかったに違いないと残念がった。やれやれ。

 何はともあれ、事件に対する憤りや、高木の悪口が学校中を飛び交い、千鶴をはじめ、モヤモヤを抱えていた部員たちは、溜飲を下げたのであった。



 そして、新聞部は、翌週より特集記事のための取材を本格的に始めた。英二の模擬試験も終わったので、今度は英二も一緒に取材を行う。ちなみに、模擬試験の結果はまだわからないが、あまりいい感触ではなかったそうだ。もちろん、それは事件のせいではないことは、英二自身よくわかっている。


 さて、月曜のミーティングで具体的な取材内容を決めると、翌日から順に個別に取材を始めていった。智也の協力で、第二体育館で部活をしているバスケ部、バレー部の部員たちに話を聞けることになったのである。部活を始める前に少し時間をもらって、男子には英二と耕太が、女子には千鶴と彩乃が聞き取りを行った。

 あとは、部員たちそれぞれのクラスメートにも、いろいろと話を聞いて回った。盗撮事件を解決したことが全校に知れ渡ったこともあって、新聞部の取材だと言えば、皆非常に協力的だった。


 そして、その週の週末、千鶴と彩乃と耕太は、盗撮犯を捕まえることに協力してくれたことのお礼として、哲平にごはんをごちそうすることになった。

 哲平は哲平で、夏の高校野球大会が近づいてきており部活が忙しい。東城高校は、いわゆる強豪校ではなく、甲子園にも一度も行ったことはないが、それでも甲子園は高校球児たちの夢であり、哲平たちもそこに向かって必死にがんばっているのだ。哲平は、まだエースでも四番でも補欠ですらないが、部員たちと一緒に夢を追っている。

 そんな中、土曜の夕方、野球部の部活終わりにみんなでファミレスに集まることになった。


 土曜日、千鶴が自転車で彩乃の家に迎えに行く。

「あれっ? あやちゃん、その格好」

 彩乃は、シンプルなTシャツとジーパンというラフな格好で現れた。休みの日にふたりで出かけるときには、もっと小じゃれた格好をすることが多いのに。

「いつもみたいなほうがオシャレなのに」

「ちぃちゃんだって一緒じゃない」

 千鶴がTシャツとジーパンなのは、いつものことだ。

「あっ、ちぃちゃん、髪の毛はねてるよ」

 彩乃は、千鶴の頭の右側を手の平で押さえつける。千鶴は高校に入学すると同時にショートカットにしたため、昔のようにぼさぼさにはなりにくくなっている。それでも、毛先がはねていることはよくあるのだ。

「あー、ぜんぜん直らない。ちょっとドライヤーあててく?」

「えっ? いいよ、時間に遅れちゃう。ちょっとくらい気にしないから、あたし」

 もうっ、ちぃちゃんたら。須藤くんに会うんだから、もう少し気にしたらいいのに……

 

 ふたりがファミレスの前に着くと耕太はもう来ていた。三人で待つこと十分。哲平が自転車で現れた。

「わりぃ、遅刻だよな」

「いいよ、いいよ。部活だったんだし。えーっと、五分だけだし」

 時計に目をやって千鶴が言う。

「そっか、わりぃな」

 笑顔になる哲平。ちぃちゃん、その調子。

 それから哲平は、自分の脇の下をクンクンと嗅いで、

「俺、めちゃくちゃ汗臭いけど大丈夫かな」

「平気平気。汗は男の勲章だよ」

 千鶴は言うが、

「そうかなあ……」

 まだ不安げな哲平を見て、思わず彩乃は、カバンからウエットティッシュを取り出す。

「これ使って」

「おっ、サンキュ」

 哲平は笑顔でウエットティッシュを受け取ると、建物の陰に汗をふきに行った。

 彩乃はハッとする。しまった! あたしったら……思わず千鶴に目をやる彩乃。そんな彩乃を、千鶴はニコニコと見返していた……ちぃちゃん、ごめん。ここはちぃちゃんから渡すように上手くやるべきだったね。これから気をつけなくちゃ。


 レストランの中に入ると、四人は窓際のテーブル席に案内された。

 哲平が窓際に、耕太がその横に座ったのを見て、彩乃はすかさず千鶴を軽く押して窓際に座らせようとする。しかし千鶴は、さっと身を引き、逆に彩乃を窓際の方に押した。

「えっ」

「あやちゃん、そっち座って」

 そう言って千鶴は、自分はさっさと手前の席に座る。彩乃はポカンとしながら窓際の席に腰を下ろした。前を向くとこっちを見ている哲平と目が合った。思わず下を向く彩乃。

 ちぃちゃん、何で? 真正面だと恥ずかしいのかな? でも、ちぃちゃんが恥ずかしがるとかってある? さっきは普通に話してたのに…………そこで彩乃はハッとした。そうか、ちぃちゃん、やっぱり髪の毛はねてるの気にしてるんだ! そっちに座れば須藤くんからは見えないもんね。


 やれやれ、彩乃は完全に誤解している。普段の彩乃なら、千鶴の行動の意味に気づくはずなのに、今の彩乃は気づかない。

 今の彩乃は、千鶴は哲平のことが好きだと思い込んでいる。自分はそれを応援しようと心に決めている。自分の中から湧き上がってこようとする想いに、気づかぬふりして押さえ込もうとしている。だから彩乃は、いつものように冷静に判断することができない。


 とっくにお気づきだと思うが、千鶴は哲平のことが好きなわけではない。彩乃が哲平のことを気に入っているのではと気づいて、お礼と称して彩乃と哲平を会わせることを画策したのだ。

 

 千鶴が彩乃の気持ちに気づいたのは、盗撮犯を捕まえた日のことだ。

 あの日、高木を職員室に連れて行ったあと、職員室の前で松岡を待ちながら、みんなでいろいろと打ち合わせていたとき、千鶴は、彩乃がじっと哲平を見つめているのに気づいた。

 彩乃にしては珍しい。彩乃が見つめられることはあっても、彩乃のほうが誰かを見つめるなんてこと、今までにはなかったことだ。ただ、そのときは、千鶴も事件のことで興奮していたし、その意味を考えることはなかった。

 その意味を考えたのは、その後の国語の授業中である。授業に身が入らず、事件のことをゆっくりと反芻していた千鶴は、あのときの彩乃の様子を思い出した。そして、ハッとした。

 もしかして、あやちゃんは須藤くんのことが気になっているのかな。今日は、山岸くんも須藤くんもすごくカッコよかった。あやちゃんが須藤くんのこと好きになるってこともあり得るんじゃない?


 そして千鶴は、ひらめく。あやちゃんが須藤くんのことを気に入っているなら、ふたりの仲をを取り持とう、と。

 この間千鶴が彩乃に言ったこと――外見はカッコよくても中身は嫌なやつと付き合って、彩乃が不幸にならないか心配でたまらない――は、千鶴が常日頃から思っている本心である。もし、彩乃が哲平とつきあえば、そんな心配は無用になる。千鶴は、直感かどうかは別にして、この間自分で言った通り、哲平のことはいい人で信用できると思っているのだ。


 そして千鶴は、国語の授業中ずっと計略を練っていた。

 千鶴にしては、慎重になっている。なにしろこんなことを考えるのは初めてだ。それに彩乃を傷つけないようにしなければならない。

 まず、須藤くんに彼女がいるか確かめよう。それは、山岸くんに聞けばいいね。なんでそんなことを聞くのか理由を悟られないようさりげなく。

 彼女がいないのなら、あやちゃんと須藤くんが会う機会を作ろう。あやちゃんは、須藤くんのこと気になっているとは思うけど、まだ好きとかそこまではいっていないかも。だったらデートとかそんなんじゃなく、自然に普通に会うかんじがいいよね……そうだ! 須藤くんには犯人を捕まえる手伝いをしてもらったんだもの、お礼にごちそうするって言えばいい! みんなでファミレスに行くってどうかな。うん、いい、いい。すごく自然。

 千鶴は、わくわくし始めた。興味を持ったことには人一倍熱心になる千鶴である。きらきらと目を輝かせて計略を練る千鶴であった。



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