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恋はペンよりも強し  作者: みずた わかば
第1部 恋の予感
12/27

12.顧問の呼び出し

 次の日。

 新聞部一同は、放課後、顧問の今宮に職員室に呼び出された。

 千鶴と彩乃が職員室前に行くと、英二と耕太は先に来てふたりを待っていた。四人で少し話をしたあと、そろって職員室に入り今宮の机に向かう。今宮の机は並びの一番端にあるため、四人で机の片側をぐるっと囲む形になった。


 今宮は、四人を笑顔で迎える。まだ三十前の今宮は、笑うとけっこう美人である。ただし、メイクはばっちりだ。

「昨日は、盗撮犯を捕まえてお手柄でした」

 今宮はここで言葉を切ると、笑顔を消して眉根を寄せる。

「――と言いたいところなんだけどね、カメラを見つけたら、まず先生に報告して欲しかったなあ」

 予想通りだ。昨日は、校長にも誰にも何も言われなかったが、それで済むはずはない、この呼び出しで、自分たちだけで犯人を捕まえようとしたことを注意されるのだろう、というのが四人の一致した意見だった。


 耕太が、

「す、すみません。ぼくが言い出したことです。それに部長は、昨日の朝まで何も知りませんでした」

 千鶴と彩乃も後に続く。

「あたしも、賛成したんです」

「あたしたちも、賛成しました」

 今宮は寛大な笑顔で理解を見せる。

「犯人を捕まえたいって気持ちはわかるよ。新聞部だもんね、悪事を放っておけなかったんだよね」

 今宮はここで、目力を込めて一人一人を順に見る。

「だけど、もし犯人が危険な人物だったら、危ないことになってたかも知れないのよ。自分たちだけで勝手な行動は謹んで、きちんと先生に報告すべきだったわね」


 今宮と目が合った千鶴はつい、

「でも、先生。先生に言ったらちゃんと犯人捕まえてくれましたか?」

 適当に受け流そうと、さっき四人で話したのに……

 今宮は、千鶴を見て、目を見開くと大げさに手を広げる。

「当然でしょ。盗撮なんて卑劣な犯罪、絶対に見逃せないわ。先生たちで、きちんとしかるべき処置をとっていたわよ」

 千鶴が言い返そうとするのを、彩乃が千鶴の背中をつついて止める。


 新聞部の面々は、実は、顧問の今宮を信用していない。盗撮のカメラを見つけて、学校に報告しなければと一度は考えたときも、顧問の今宮のことはまったく思い浮かばなかった。

 新聞部の面々の見立てでは、今宮は調子のいい女なのだ。今宮は、前の顧問の大竹と同じく国語の教師しており、おそらく大竹に頼まれて、調子よく(・・・・)新聞部の顧問を引き受けた。

 そして、今年度最初のミーティングに顔を出し、『大竹先生から引き継いで新聞部の顧問になったけど、新聞作りについては何もわからないの。何もわからないけど、これから一生懸命勉強していくわ』と調子よく(・・・・)宣言した。

 にもかかわらず、新聞作りについて勉強している様子はまるでなく、あれから一度も部活に顔を出していない。

 そして、今また調子よく盗撮犯は見逃すはずはなかったと断言した。

 部員は誰も、今宮の言うことは信用していない。だから、受け流す。


「すみませんでした。僕の監督不行届きです。今後、このようなことがあったら、まず学校に連絡するようにします」

 英二が謝ると、

「すみませんでした」

「すみませんでした」

 彩乃と耕太に一呼吸遅れて千鶴も、

「すみませんでした」

 とぺこりと頭を下げた。今宮は寛大にうなずく。

「校長先生には、わたしから、みんなが反省していたと伝えておくわね」


 一区切りついたところで、英二が尋ねる。

「あのう、高木――先生は、どうなりましたか?」

 みんな高木がどうなったのか気になっており、この機会に今宮に聞こうと打ち合わせていた。

「ああ、高木くんね。もう学校に来ていないわよ。教育実習は中止になったから」

 当然だ。

 英二が引き続き尋ねる。

「事件のこと警察に通報したんですか?」

 一瞬の間をおいて、今宮はふぅと息を吐く。

「まだ通報してないわ」

「じゃあ、これからするんですか?」

「うーん、どうだろ? まあ、おそらく警察には通報しないでしょうね」

 四人は顔を見合わせる。嫌な予想が的中した。


 英二が何か言う前に今宮が口を開く。

「盗撮はもちろん卑劣な犯罪だけど、今回は被害者が一人もいなかったでしょ」

 千鶴が思わず声を上げる。

「それは、たまたまです! たまたま誰も映っていなかっただけで、盗撮しようとしたのに変わりはないです!」

 職員室の他の先生たちが一斉に千鶴の方を向いて、今宮がちょっと慌てる。

「佐倉さん、落ち着いて。たしかにそうだけど、高木くんも反省してるのよ」

 千鶴の興奮は収まらない。

「そんなの、うそです! 松岡先生のせいで見つかったって逆恨みしてました。反省しているとは思えません!」

「それは、みんなに見つかってすぐのときでしょ。後で校長先生と話したときには、きちんと反省してたらしいわ。とんでもないことしたって。それにね、こんなことしたの今度が初めてで、出来心だったっていうことよ」

「出来心なんて、ほんとかどうかわからないじゃないですか! きっとうそに決まってます!」


「佐倉、落ち着け」

 今度千鶴をなだめたのは、英二だった。

「心から反省したかどうかはわからないけど、出来心っていうのはほんとかもしれない」

「部長……」

「盗撮したときのカメラ、あれ普通の家庭用のビデオカメラだっただろ。もし常習犯だったり、前から計画を練ってたりしたんだったら、盗撮用のもっと見つかりにくいカメラを使うと思うぜ。急に盗撮を思いついて、家からカメラを持ち出したのかもしれない」

「だけど……」

「佐倉さん、ぼくもそう思います。あのカメラの取り付け方は素人っぽいと思いました」

「山岸くん……」

 千鶴の憤りはわかる。だけど耕太は、英二を見習って事件を公正に見ようとしたのだ。

 英二は、千鶴に目をやる。

「だからって、俺は許されることではないと思う。出来心だろうとなんだろうと、盗撮された方が傷つくのに変わりはないしな」

 その言葉に、耕太もしっかりとうなずく。

 英二は、今宮に向き直る。

「そうですよね、先生」


 今宮は英二を見て、もう一度ふぅと息をはく。

「先生だって、こんな卑劣なこと許せないわよ。女子トイレの盗撮犯なんて女の敵ですもの」

 ここで今宮は、声を落とす。

「だけど、ここだけの話……」

 今宮の小さくなった声を聞き取ろうと、今宮を囲む四人の輪が小さくなる。今宮は、さらに声を落とす。

「警察に通報して騒ぎが大きくなれば、高木くんを指導していた松岡先生の監督責任という話になりかねないのよ」

「えっ? でも、松岡先生は全然悪くない」

 と彩乃。

 今宮は、ひそひそと話を続ける。

「そうよ、松岡先生は悪くない。教育実習に来ていた大学生を指導していただけだし、最後には問題なしという結論になるとは思うわよ。でも、その結論が出るまで、聞き取り調査やらなんやらで、部活の指導もしてられないでしょ。騒ぎが大きくなれば、部活指導の自粛ということにもなりかねないし」

 新聞部の面々は、お互いに顔を見合わせる。たしかに、そういうことは大いにあり得る。四人にも、それは理解できた。

「バスケ部はほら、今度の試合でベスト4がかかってるのよ。まさか、試合に出られなくなることはないと思うけど、練習には影響出るでしょうね。部員たちが動揺するかもしれないし」

 新聞部の面々は、バスケ部の前川智也の顔を思い浮かべる。智也は、高木を捕まえるのに協力してくれた。そして、高木が盗撮犯だったことで、すごく落ち込んでいたことを四人は知っている。これ以上、智也に嫌な思いはして欲しくない。


 黙りこむ面々。

「でも先生……」

 しばらくして、千鶴が口を開く。

「このまま事件がなかったことになってしまったら、あいつ先生になってしまうかも。あたし、嫌です。たとえ出来心だって、あんなことした人が先生になるなんて」

「それは、たぶん大丈夫よ。最後まで教育実習できなかったもの、教員免許取れないわね。それに、大学には今度のことちゃんと報告するらしいわよ。大学がどうするかはわからないけど、何かしらの処分があるんじゃないかしら」

 四人は顔を見合わせる。モヤモヤの残る四人だったが、今はこれで納得するしかない。


 今宮のところを去ろうとして、耕太がふと質問する。

「あの、今回の事件のこと、学校新聞の記事にしていいですか?」

 今宮は、思いがけない質問に驚いた顔になる。

「新聞部ってそんなこと考えるんだ。まあ、新聞部だから当たり前なのかな。そうね、でも、それは許可できないわね。学校新聞は、そういう趣旨のものではないもの」

 とりあえず、おとなしく職員室を後にした四人だったが、廊下に出た途端、

「なによあれ。新聞作りに興味なんかないくせに、こんなときだけ『それは許可できないわね』だって! ふんっ!」

 そう言って憂さを晴らす千鶴であった。



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