11.それぞれの心模様
その日の放課後。
今日は部活の日ではなかったが、千鶴と彩乃は、部室に行こうと申し合わせていた。みんなで盗撮犯を取り押さえたのだ。部室に行って、ゆっくりとその話をしたかった。
千鶴が部室に行くと耕太がいた。
「山岸くんもやっぱり来てたね」
「はい。佐倉さんと神崎さんも来るかなと思って」
「あやちゃん、もうすぐ来るよ。あやちゃんのクラス、いつもホームルーム長くて」
千鶴はいつもの席につく。
「盗撮犯、捕まえられてよかったね。けっこう危なかったけど。もうちょっとでカメラ持って行かれるところだった」
「はい、もう駄目かと思いました。部長と前川さんがいてくれて、ほんと良かったです」
「あやちゃんが部長に連絡してたなんて、あたしも知らなかった。あやちゃんて、こういうとこしっかりしてるの」
「そうですね」
千鶴は、耕太の顔をのぞき込む。
「でも、山岸くんもすごかったよ」
「えっ?」
「須藤くんと一緒に、高木のやつを追い詰めたでしょ。とくに、あれがよかった。ほら、『どうしてサングラスとマスクしてたって知ってるんですかっ!』ってとこ。あんなこと、よく思いついたね」
「思いついたっていうか、気づいたら、あんなふうに言ってたって感じです。なんかもう、逃がしたら駄目だって無我夢中で」
耕太は、恥ずかしくて千鶴から目をそらす。
「そっか。火事場のナントカっていうやつ?」
「そうですそうです、そんな感じです」
「だけど、あんときの山岸くん、すっごくかっこよかったよ」
「えっ、そ、そんなこと、な、ないです」
人生で言われたことのない言葉を初めて言われて、耕太はどう返していいかわからない。ほおが熱くなり、自分でも赤くなっているのがわかる。
「それにね、山岸くん、校長室でもかっこよかった」
「えっ?」
「だって、校長先生や教頭先生の前で、あんなにちゃんと説明できるんだもん。すごいなーって思ったよ」
「い、いや、そんなことは」
ほめられ過ぎて、ドギマギが止まらない耕太。
「アハ、今の山岸くんとは全然違う。山岸くんが二人いるみたい」
「えっ?」
「山岸くんてなんか面白いね」
千鶴がそれ言うか?
千鶴は、腕時計に目をやる。
「あやちゃん、遅いね。まだ、ホームルーム終わんないのかな」
それから、耕太のほうを向いて、
「……あのね、昨日も今日も須藤くんに手伝ってもらっちゃったけど、大丈夫だったのかな? 今日も朝早かったし」
「ああ、それなら大丈夫です。あいつ、すごく張り切ってたし。犯人を捕まえられて喜んでました」
「そっか。須藤くんて良い人だね」
「はい」
「えーっと、あのね、須藤くんて……彼女とかいるのかな?」
「えっ?」
耕太は思いがけない質問に、思わず千鶴に目をやる。
「あ、ほら、須藤くんてカッコイイし、彼女いそうだなーって思って」
「……え、いや。いないです」
「そっか。そうなんだ」
千鶴は、ほっとしたような顔になった。
耕太は、そんな千鶴を見て、なんだろう、胸が少しサワサワとざわつくような、味わったことのない感覚を覚えた。
これまでにも耕太は、哲平のことを女子に聞かれるという経験をしたことは何度もある。彼女の有り無しとか、哲平の趣味や好みとか。中学のときエースで四番だった哲平は、女子に注目される存在だった。哲平に直接聞くのが恥ずかしい女子が、哲平の友だちである耕太にいろいろ聞いてきたのだ。哲平に渡してと手紙を託されたこともある。
耕太から見ても、哲平はカッコイイし良いヤツだ。そんな哲平がモテるのは当然だし、女子に何か聞かれれば、面倒くさいと思うことはあっても、羨ましいとか妬ましいとかそういうふうに感じたことはなかった。そういう面では、耕太はどこか達観しているようなところがあった。
だけど今、胸がざわつくような、ちくっと痛むような……この感じは何だろう。
耕太は、スマホに目を落としている千鶴に目をやる。
そして、耕太は思う。たぶんだけど、意外だったからだ。千鶴は、他の女子とはどこか違う。そんな千鶴が関心を持つ男子は、きっとちょっと変わったやつだろう、そんな気がする。なのに千鶴は今、他の女子と同じように哲平のことを聞いてきた。それが意外で、千鶴らしくない気もするのだ。だから、きっとこんなふうに胸のざわつきを感じたんだろう、耕太はそう思って納得した。
千鶴がスマホから顔を上げる。
「あやちゃん、ほんと遅いね」
そう言ったところに、彩乃が部室に入ってきた。
「ごめんごめん、遅くなって。吉本先生につかまって、今朝のこと聞かれてたから」
吉本というのは、彩乃のクラスの担任だ。
「えーっ、あのオバサンうるさいもんね。大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。適当に話しといたから」
それから三人で、今朝のことをあれやこれやと振り返った。
こうしてみんなで話をすると、自分たちで犯人を捕まえたという実感を共有できる。
耕太は、千鶴と彩乃に再度かっこよかったと褒められて、もう一生分褒められた気分だった。
話は当然、犯人の高木のことにも及ぶ。
「高木のやつ、ほんとムカつくよね」
と彩乃が言えば、千鶴も、
「うんうん。次から次に、見え見えのうそついちゃって。あたし、ほんとムカついて引っぱたきたくなったもん」
高木の話になると、千鶴も彩乃も、耕太がちょっと引くくらいコワイ顔になる。もちろん、その気持ちはわかるのだが。
彩乃が千鶴に同意して、うんうんと首を振る。
「それに何よあれ、あのワケわかんない理由。あんなこと考えるやつ、この世にいるんだねー。ほんとキモイ」
「ねえ、山岸くんもムカつくでしょ? あいつに突き飛ばされたんだもんね」
急に千鶴が耕太に話を振ってきて、
「は、はい。でも、ぼくは、なんともなかったので」
なんとなく弁護するような発言になった耕太。彩乃は、
「たまたまケガがなくて良かったけど、自分より弱いものに手を出すなんて、ほんとサイテーなやつ!」
千鶴と彩乃を交互に見ながら、女子を怒らせるようなことはしないでおこうと、肝に銘じる耕太であった。
ひとしきり話を終えて帰り際。
千鶴が、
「ねえ、あやちゃん、犯人捕まえるの須藤くんに手伝ってもらって、すごく助かったよね」
「そうだね。昨日は遅くまで張り込みして、今日も朝早いのに来てくれて。おかげで犯人捕まえられたね」
「うん。だからさ、須藤くんになんかお礼したらどうかなーって思うんだけど」
「お礼? あ、そうだね」
お礼なんてことを千鶴が言い出すとは……千鶴は、今まで、そういうことを自分から切り出すようなタイプではなかったのだ。彩乃は、思わず千鶴を見つめる。千鶴の目がきらきらと輝いている。
「だったらさ、今度あたしたち三人で、ごはんでもご馳走するってどうかな」
「えっ、うん、いいんじゃない」
「山岸くんはどう?」
千鶴は、きらきらした目を耕太に向ける。
「えっ、あ、はい。ていうか、哲平のためにありがとうございます」
「じゃ決まりね。また今度打ち合わせしようね」
そんな千鶴を、彩乃は不思議なものを見るような面持ちで見ていた。
いっぽう耕太の心は、またサワサワとざわつくのだった。
そして、その日の晩。
彩乃は、今日の千鶴の様子について思案をめぐらす。
ちぃちゃん、もしかして須藤くんのことが好きになったのかな? ちぃちゃんにしては、珍しくあんなふうに気を回すなんて。
ちぃちゃんは、山岸くんのことを気に入っていると思っていたけど。山岸くんのこと、すごく信頼していたし。今は『好き』と意識してはいないかもしれないけど、いつか恋に発展するかも、そんな予感がしたのに……
たしかに今日の須藤くんは、すごくかっこよかったし、ちぃちゃんが好きになったとしても、おかしくはないのだけど……山岸くんと一緒に高木に向かって行ったときの須藤くんは、力強くて頼もしくて。
彩乃は、あのときの眼光鋭い哲平の横顔を思い出して、ちょっとドキッとした。
ちぃちゃんが須藤くんのことが好きなら、あたしは応援しないといけない……
彩乃はそう思ったら、胸がキュッと締めつけられるような感じがした。
えっ、何? この感じ。
自分の心に戸惑う彩乃であった。