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恋はペンよりも強し  作者: みずた わかば
第1部 恋の予感
11/27

11.それぞれの心模様

 その日の放課後。

 今日は部活の日ではなかったが、千鶴と彩乃は、部室に行こうと申し合わせていた。みんなで盗撮犯を取り押さえたのだ。部室に行って、ゆっくりとその話をしたかった。

 千鶴が部室に行くと耕太がいた。


「山岸くんもやっぱり来てたね」

「はい。佐倉さんと神崎さんも来るかなと思って」

「あやちゃん、もうすぐ来るよ。あやちゃんのクラス、いつもホームルーム長くて」

 千鶴はいつもの席につく。

「盗撮犯、捕まえられてよかったね。けっこう危なかったけど。もうちょっとでカメラ持って行かれるところだった」

「はい、もう駄目かと思いました。部長と前川さんがいてくれて、ほんと良かったです」

「あやちゃんが部長に連絡してたなんて、あたしも知らなかった。あやちゃんて、こういうとこしっかりしてるの」

「そうですね」

 千鶴は、耕太の顔をのぞき込む。

「でも、山岸くんもすごかったよ」

「えっ?」

「須藤くんと一緒に、高木のやつを追い詰めたでしょ。とくに、あれがよかった。ほら、『どうしてサングラスとマスクしてたって知ってるんですかっ!』ってとこ。あんなこと、よく思いついたね」

「思いついたっていうか、気づいたら、あんなふうに言ってたって感じです。なんかもう、逃がしたら駄目だって無我夢中で」

 耕太は、恥ずかしくて千鶴から目をそらす。

「そっか。火事場のナントカっていうやつ?」

「そうですそうです、そんな感じです」

「だけど、あんときの山岸くん、すっごくかっこよかったよ」

「えっ、そ、そんなこと、な、ないです」

 人生で言われたことのない言葉を初めて言われて、耕太はどう返していいかわからない。ほおが熱くなり、自分でも赤くなっているのがわかる。

「それにね、山岸くん、校長室でもかっこよかった」

「えっ?」

「だって、校長先生や教頭先生の前で、あんなにちゃんと説明できるんだもん。すごいなーって思ったよ」

「い、いや、そんなことは」

 ほめられ過ぎて、ドギマギが止まらない耕太。

「アハ、今の山岸くんとは全然違う。山岸くんが二人いるみたい」

「えっ?」

「山岸くんてなんか面白いね」

 千鶴がそれ言うか?


 千鶴は、腕時計に目をやる。

「あやちゃん、遅いね。まだ、ホームルーム終わんないのかな」

 それから、耕太のほうを向いて、

「……あのね、昨日も今日も須藤くんに手伝ってもらっちゃったけど、大丈夫だったのかな? 今日も朝早かったし」

「ああ、それなら大丈夫です。あいつ、すごく張り切ってたし。犯人を捕まえられて喜んでました」

「そっか。須藤くんて良い人だね」

「はい」

「えーっと、あのね、須藤くんて……彼女とかいるのかな?」

「えっ?」

 耕太は思いがけない質問に、思わず千鶴に目をやる。

「あ、ほら、須藤くんてカッコイイし、彼女いそうだなーって思って」

「……え、いや。いないです」

「そっか。そうなんだ」

 千鶴は、ほっとしたような顔になった。

 耕太は、そんな千鶴を見て、なんだろう、胸が少しサワサワとざわつくような、味わったことのない感覚を覚えた。


 これまでにも耕太は、哲平のことを女子に聞かれるという経験をしたことは何度もある。彼女の有り無しとか、哲平の趣味や好みとか。中学のときエースで四番だった哲平は、女子に注目される存在だった。哲平に直接聞くのが恥ずかしい女子が、哲平の友だちである耕太にいろいろ聞いてきたのだ。哲平に渡してと手紙を託されたこともある。

 耕太から見ても、哲平はカッコイイし良いヤツだ。そんな哲平がモテるのは当然だし、女子に何か聞かれれば、面倒くさいと思うことはあっても、羨ましいとか妬ましいとかそういうふうに感じたことはなかった。そういう面では、耕太はどこか達観しているようなところがあった。


 だけど今、胸がざわつくような、ちくっと痛むような……この感じは何だろう。

 耕太は、スマホに目を落としている千鶴に目をやる。

 そして、耕太は思う。たぶんだけど、意外だったからだ。千鶴は、他の女子とはどこか違う。そんな千鶴が関心を持つ男子は、きっとちょっと変わったやつだろう、そんな気がする。なのに千鶴は今、他の女子と同じように哲平のことを聞いてきた。それが意外で、千鶴らしくない気もするのだ。だから、きっとこんなふうに胸のざわつきを感じたんだろう、耕太はそう思って納得した。


 千鶴がスマホから顔を上げる。

「あやちゃん、ほんと遅いね」

 そう言ったところに、彩乃が部室に入ってきた。

「ごめんごめん、遅くなって。吉本先生につかまって、今朝のこと聞かれてたから」

 吉本というのは、彩乃のクラスの担任だ。

「えーっ、あのオバサンうるさいもんね。大丈夫だった?」

「うん、大丈夫。適当に話しといたから」


 それから三人で、今朝のことをあれやこれやと振り返った。

 こうしてみんなで話をすると、自分たちで犯人を捕まえたという実感を共有できる。

 耕太は、千鶴と彩乃に再度かっこよかったと褒められて、もう一生分褒められた気分だった。


 話は当然、犯人の高木のことにも及ぶ。

「高木のやつ、ほんとムカつくよね」

 と彩乃が言えば、千鶴も、

「うんうん。次から次に、見え見えのうそついちゃって。あたし、ほんとムカついて引っぱたきたくなったもん」

 高木の話になると、千鶴も彩乃も、耕太がちょっと引くくらいコワイ顔になる。もちろん、その気持ちはわかるのだが。

 彩乃が千鶴に同意して、うんうんと首を振る。

「それに何よあれ、あのワケわかんない理由。あんなこと考えるやつ、この世にいるんだねー。ほんとキモイ」

「ねえ、山岸くんもムカつくでしょ? あいつに突き飛ばされたんだもんね」

 急に千鶴が耕太に話を振ってきて、

「は、はい。でも、ぼくは、なんともなかったので」

 なんとなく弁護するような発言になった耕太。彩乃は、

「たまたまケガがなくて良かったけど、自分より弱いものに手を出すなんて、ほんとサイテーなやつ!」

 千鶴と彩乃を交互に見ながら、女子を怒らせるようなことはしないでおこうと、肝に銘じる耕太であった。


 ひとしきり話を終えて帰り際。

 千鶴が、

「ねえ、あやちゃん、犯人捕まえるの須藤くんに手伝ってもらって、すごく助かったよね」

「そうだね。昨日は遅くまで張り込みして、今日も朝早いのに来てくれて。おかげで犯人捕まえられたね」

「うん。だからさ、須藤くんになんかお礼したらどうかなーって思うんだけど」

「お礼? あ、そうだね」

 お礼なんてことを千鶴が言い出すとは……千鶴は、今まで、そういうことを自分から切り出すようなタイプではなかったのだ。彩乃は、思わず千鶴を見つめる。千鶴の目がきらきらと輝いている。

「だったらさ、今度あたしたち三人で、ごはんでもご馳走するってどうかな」

「えっ、うん、いいんじゃない」

「山岸くんはどう?」

 千鶴は、きらきらした目を耕太に向ける。

「えっ、あ、はい。ていうか、哲平のためにありがとうございます」

「じゃ決まりね。また今度打ち合わせしようね」

 そんな千鶴を、彩乃は不思議なものを見るような面持ちで見ていた。

 いっぽう耕太の心は、またサワサワとざわつくのだった。


 そして、その日の晩。

 彩乃は、今日の千鶴の様子について思案をめぐらす。


 ちぃちゃん、もしかして須藤くんのことが好きになったのかな? ちぃちゃんにしては、珍しくあんなふうに気を回すなんて。

 ちぃちゃんは、山岸くんのことを気に入っていると思っていたけど。山岸くんのこと、すごく信頼していたし。今は『好き』と意識してはいないかもしれないけど、いつか恋に発展するかも、そんな予感がしたのに……

 たしかに今日の須藤くんは、すごくかっこよかったし、ちぃちゃんが好きになったとしても、おかしくはないのだけど……山岸くんと一緒に高木に向かって行ったときの須藤くんは、力強くて頼もしくて。

 彩乃は、あのときの眼光鋭い哲平の横顔を思い出して、ちょっとドキッとした。

 ちぃちゃんが須藤くんのことが好きなら、あたしは応援しないといけない……

 彩乃はそう思ったら、胸がキュッと締めつけられるような感じがした。

 えっ、何? この感じ。

 自分の心に戸惑う彩乃であった。

 


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