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恋はペンよりも強し  作者: みずた わかば
第1部 恋の予感
10/27

10.サイテーな男

 そのときだ。

 高木が、クラブハウスの角を曲がる直前、急ブレーキをかけたように突然立ち止まり、二、三歩後ずさりした。

 次の瞬間、高木を追いかけていた四人が見たのは、クラブハウスの角から現れたふたりの男子だった。一人は新聞部部長、園田英二。もう一人は、耕太が、昨日トイレで会って話をしたバスケ部員の前川智也まえかわともや

 ふたりは高木の前に立ふさがり、じりじりと追い詰める。

 高木を追いかけていた彩乃が、ふたりに向かって叫ぶ。

「紙袋を取り返して!」

 英二と智也は、すぐさま反応して、高木が持っていた紙袋に手をかける。哲平たち四人が次々に追いついてきて、周りを取り囲まれた高木は、観念したように力を抜いた。そして、今紙袋は英二の手にある。


「先生、なんでこんなこと……」

 智也が、高木を見て、がっくりと肩を落とす。

「俺たち、先生に、バスケの指導してもらってすごくうれしかったのに」

 高木は、バスケ部の顧問で体育教師の松岡のもとで教育実習を行い、バスケ部の指導も手伝っていたのだ。

「先生が、こんな卑劣なことをする人だったなんて」

 智也は、こぶしを握りしめる。

 うつむいて黙り続ける高木。

「俺、俺……すごく悔しいっす」

 高木がうつむいたままポツリとつぶやく。

「……出来心なんだ」

「えっ?」

「教育実習の記念にって思いついただけの出来心なんだよ」

「記念て……」

 智也をはじめ、全員が絶句する。

 高木が顔をあげる。

「教育実習に来たって、男子の体育や部活の指導ばっかでクソつまんねえ。女子の思い出あったっていだろーが」

「…………」

 高木のあきれた言い分に、唖然として誰も言葉を発せない。ただただ怒りの視線を高木に向ける。悲しそうな顔をしていた智也でさえ、今は怒りの表情に変わっている。


「ばっかじゃないのっ!」

 沈黙を破って、怒りの叫びを上げたのは千鶴だった。千鶴は、こぶしを握りしめ高木をにらみつける。

「だからって、なんで盗撮なのよ! 撮られたほうは、ものすごく傷つくんだよ! 自分勝手な理由で人を傷つけて、それで平気なの? そんな人が先生になんかならないで!」

 千鶴は、あらんかぎりの大声で怒りをぶつける。怒りをぶつけ終わって、泣きそうになる千鶴の背中に彩乃がそっと手をおいた。

 高木は、千鶴から顔をそむけ、再び足下に目を落とす。


 そのときだ。

「どうした!? なに大声だしてるんだ? 何をやってる?」

 そう言いながら現れたのは、バスケ部顧問の松岡だった。

 松岡を見て、高木がチッと舌打ちをする。

「くそっ、おまえのせいだ。おまえが昨日晩飯なんか誘わなければ……」

「えっ? 何だと?」

 松岡が顔を曇らせ、怪訝な表情で高木を見る。

 智也が松岡に、

「高木先生が、女子トイレを盗撮したんです」

「えっ……」

 あまりの驚きに息をのむ松岡。

「本当か?」

「はい。証拠もあります」

 耕太が答える。松岡の目が険しくなる。

「とにかく、職員室に来い。お前らも全員」


 松岡が高木の横に張り付き、その後ろに生徒たちがついて、ぞろぞろと職員室に向かう。

 職員室につくと、松岡と高木だけが中に入り、生徒六人は外の廊下で待たされた。

 待っている間にみんなで話をした。千鶴と耕太と哲平が気になっているのは、なぜあそこに英二がいたのかということである。

 彩乃は気になっていないのかって? 実は、英二がいたのは、彩乃が英二に連絡したからに他ならない。


 昨日家に帰ってから彩乃は、英二にも、今回の事件について知らせておいたほうがいいのではないかと思いつく。事件は取材中に起こったことだ。部長には報告したほうがいい。それに、新聞部みんなで犯人を捕まえようとしているのに、英二だけ除け者にしているような嫌な感覚が彩乃にはあったのだ。

 だが、英二に知らせれば、英二は事件が気になって勉強に集中できなくなるに違いない。そこで、彩乃は今朝家を出る直前6時すぎに、英二にメールを送ったのだ。まだ寝ているだろうが、知らせるだけ知らせておこう、そんなつもりだった。

 彩乃は知らなかったのだが、園田家は、親の仕事の関係で朝が早く、英二は小さいころから朝型だった。英二が、彩乃から、事件のあらましと今朝も張り込みをするというメールを受け取ったときは、机に向かって勉強をしている最中だった。

 それからすぐに、英二は支度をして学校に向かう。そして、第二体育館の手前まで来たとき、ちょうど高木が女子トイレから出てきて、対決が始まったところだった。今、のこのこ出て行くよりは、ここで様子を見たほうがいいと英二は判断する。


 そのあとすぐ、前川智也が英二のいるところを通りかかる。今日は7時半からバスケ部の朝練があり、智也は、自主練をしようと早めに来たのだ。何をしているのかと問う智也に、英二は、女子トイレにカメラが仕掛けられたことを話し、ふたりでそのまま耕太たちの様子をうかがう。そして、高木が逃亡を図り、ふたりでそれを阻むこととなったのだ。

 智也によると、バスケ部は、県大会のベスト4をかけた試合を控えており、今週は毎日朝練をしていた。昨日の朝も、智也は体育館に一番乗りだったが、そのあとすぐ高木が来て、自主練につきあってくれたらしい。時間的に、高木がビデオカメラを女子トイレに取り付け、その後朝練に向かったと思われる。

 高木が盗撮犯だったことは、智也にとってショックが大きく、気の毒なくらい落ち込んでいた。


 千鶴たちは廊下でかなりの時間待たされた。先生たちが次々に出勤してきて、何事かと千鶴たちを見る。中には『どうした?』と聞いてくる先生もいて、そのたびに英二が、『松岡先生を待ってます』と答えていた。

 やっと松岡が出てきた。教頭も一緒だ。千鶴たちは、職員室には入らずそのまま校長室に連れて行かれた。

 校長室のソファに全員は座りきれない。英二と智也、耕太の三人が座り、千鶴と彩乃と哲平は、その後ろに立つ。

 校長に促され、耕太が事件の説明をする。女子トイレで千鶴がビデオカメラを発見したところから、今朝高木を追い詰めたところまでを、耕太は、ほぼありのままに話していく。ただし、さっき廊下で打ち合わせた通り、耕太が女子トイレに入ったことは、話さなかった。千鶴と彩乃がカメラをはずしたことにする。耕太にとって、禁断の地女子トイレに入ってしまったことは、なるべく知られたくない恥ずかしい出来事なのだ。

 それと、色々ややこしくなりそうなので、昨日の張り込みは、7時前に全員で切り上げたことにした。部活終了後三十分待っても犯人が現れなかったので、今日の朝カメラを取りに来ると推測し、今朝の7時ごろ張り込みを再開したと説明したのだ。

 自分たちだけで犯人を捕まえようとしたのは、学校の対応を疑ってのことだが、それももちろん話せない。あえて理由は説明しなかったが質問されることはなかった。


 一通り説明が終わると、先生たちから何か言われることもなく、一時間目が始まるから、早く教室に行くようにと促された。席を立つ前に、耕太は、思い切って松岡に聞く。

「あの、高木先生は、松岡先生に、おまえのせいだって。あれって……」

 松岡は、苦々しげに顔をひきつらせる。

「昨日の部活終わりに、高木を晩飯に誘ったんだよ。部活指導熱心にやってくれてるし、飯でもおごってやろうと思ってな。高木は、昨日部活が終わって人気がなくなったら、カメラを取りに行くつもりだったらしい。だけど、俺が誘ったから取りに行けなくなった。それで、今日の朝取りに行ったら、おまえたちに待ち伏せされてたんで、俺を逆恨みしたらしい。けど、今の話じゃ、おまえら昨日も張り込みしてたんだよな。どっちにしろ、おまえらに見つかってたってわけだ」

「は、はい」

 TNPC探偵団の面々は、心の中でほっと安堵する。昨日だったら、英二と智也の助けはない。あのまま、証拠のカメラを持ち去られていたかもしれない。松岡に心の中で感謝しつつ、校長室を後にした面々であった。



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