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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
英雄の資格 2
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最終話

 勇者と魔王という関係性が消え、世界からは少しずつ争いが減っていった。それでも領地争いなんかはどこかしこで起こっているらしい。


 魔王という統治者が消えたことで、周辺一帯を束ねる者を失った。それを補うため、近隣の集落を一つの組織として統治者を設けることになった。が、これもなかなか上手くはいっていないらしい。一応、カレンは世界を束ねる頭領になったようだ。


 俺たちはクロムウェル家が持っていた領地を使って、病院やら孤児院やらを建てた。勝手にやっていいものかとも考えたが、セレスにはあとで謝っておけばいいだろう。


 セラとヴェロニカは病院、シャロンとアーサーは孤児院で働いている。特にアーサーはかなり苦労しているみたいだ。アーサーが子どもたちの相手というのもまた面白い。


 そして俺は、クロムウェル城で番人をしている。


 現在クロムウェル城は、商人たちの荷物置き場になっている。大型の倉庫だ。


「今日も、暇だな……」


 貸倉庫として使っているクロムウェル城だが、なにも俺一人で管理しているわけではない。ちゃんと警備員として人を雇っている。だからこそ暇なのだが。


 管理室から出て廊下を歩く。


「ライオネルさん、これからお出かけですか?」


 警備員の一人が声を掛けてきた。俺よりも少し年上だが、俺が管理者ということで敬語を使っていた。律儀なのか、やめろと言っても「上下関係とはそういうものですから」ときかない。


「出かけるってほどのもんじゃない。暇だから散歩でもしてくるよ」

「あー、今日は搬入も少ないですからね」

「そういうこと。ちょっと出てくるからよろしく」

「承知しました」


 警備員にそう言ってから足を動かした。


 城を出て森の中を歩いた。


 数年前であれば、みんなとこういうふうに歩いていたな。皆仕事に追われてそういった時間もほとんどない。病院の方も孤児院の方も基本的には職員に任せてあるが、それでも責任者としての立場や仕事がある。問題が発生すれば昼夜問わず職場に戻る。書類製作に人事手配にとかなり振り回されているらしい。


 森を抜けて丘の上にやってきた。暑い季節が通り過ぎ、そよぐ風も涼やかになってきた。


 魔王や勇者がなくなっても、世界は何事もなかったかのように動いている。最初こそ大変だったものの、過ぎてしまえばなんとかなる。人間の順応力を成長させるのは単純に時間と言えるのかもしれない。


 順応しながらも進化して、進化しながらも争っていく。力があろうがなかろうが、あれやこれやと手を変えながら争うのが人間なのだとも思い知らされた。


 遠くに見える山に半分だけ影がかかった。それはまるで、山が半分になってしまったかのようにも見えた。


 光と影。それは必ず存在している。そこにあって、そこにないもの。


「そこに、ないもの……」


 その時、突風が吹いた。


 埃が目に入って、思わず目をこすってしまた。


 涙がぼろぼろと出てきて、こすってもこすっても埃は取れない。


「くそっ、なんで……」


 指で拭う。手のひらで払う。腕を目に押し当てる。


「なんだ、泣いてのか?」


 声がした。


 濡れた顔をそのままに、弾かれるようにして振り返った。


「久しぶりね、ライ」


 そこには、ボロボロになったセレスが立っていた。


 頬は黒ずみ、髪はボサボサ。それでも、そこにいる人物がセレスであるということはすぐにわかった。


「お前、どうして……」

「帰ってくるって、言ったでしょう?」


 一歩、また一歩と近づいていく。


 彼女の目の前に立って、恐る恐る頬に触れた。


「ごめんね、遅くなっちゃった」

「どうやって、帰ってきたんだ?」

「ジョッシュがいろいろ手配してくれてね。今まで生きて来られたのだってジョッシュのお陰だったし」

「そうだ! 魔法力がない状態でどうやって生きていられたんだよ!」

「魔法力はなかったけど、代替品ならあったのよ。私たちが魔法を使って、使い終わった魔法力が地面に染み込んでメイトラのエネルギーになる。じゃあそのエネルギーを使えないかって、あれこれってやってくれたのよ」

「じゃあ、お前は本物なんだな?」

「偽物ってなによ」

「だってお前、俺が、えっと……」

「落ち着きなさいって」

「落ち着けるわけないだろ! こんな、こんなこと」

「大丈夫よ。私はここにいる」


 優しく抱きしめられた。


 そんなことされたら、もうどうしたらいいかわからないじゃないか。


 反射的にセレスの身体を抱きしめた。


「ちゃんといるんだな。戻ってきたんだな。もう、どこにもいかないんだよな」

「ちょ、痛いって。大丈夫だから、どこにもいかないよ」


 セレスが俺の胸に顔を埋めてきた。


「今まで大変だったんだぞ。城を勝手に改造したりしちゃったけど、仕事もしっかりしなきゃいけなかったし、ちゃんとした仕事だってしたことなかったし」

「うん、そうね」

「それでもお前が帰って来た時に不自由しないようにとか、将来のこととかもいろいろ考えて、みんなで考えて病院とか孤児院とか貸倉庫とか作ったんだ」

「頑張ったんだな」

「そうだよ、頑張ったんだ」

「ありがとうな」


 その言葉に、思わず身体を離した。


「いつでも私のことを考えてくれたんでしょ?」

「さ、さあどうだろうな」

「考えてくれなかったの?」

「……考えてたよ」

「だから、ありがとう」

「たくさん考えたよ! 早く帰って来いってずっと考えてた! もう二度と会えないんじゃないかとも考えた! 考えすぎて眠れない日だって、一日や二日じゃなかったんだぞ!」

「それでも、ありがとう。ほら、これからは私が一緒よ。辛いことも不安も、楽しいことも嬉しいことも、ずっと一緒」

「ずっとだな?」

「ええ、ずっとよ」


 薄っすらと、セレスの目に涙が浮かぶ。きっとコイツだって辛かったんだ。寂しかったんだ。でも俺は自分が言いたいことしか言っていない。


「みんな待ってる。俺だって待ってた。帰ろう。それで、いろんな話をしてくれよ。苦しかったことも辛かったこともあるんだろ?」

「聞いて、くれるの?」

「ちゃんと話してくれ。ちゃんと聞くから」


 手を取って、強めに握りしめた。


「これからは主従の関係はなくなる。そしたらアナタたちはなにになるのかしらね」

「それもこれから考えればいいさ」

「あ、でもライと私の関係だけはみんなとは違うところにあって欲しいな」

「違うところ……?」

「それはまたおいおい。じゃあ、帰りましょうか」


 セレスが俺の手を引っ張った。その満面の笑顔を見て、本当に帰ってきたのだとようやく確信できた。


「帰ろう、俺たちの家へ」


 二人同時に駆け出した。


 これから俺たちは新しい未来へと向かっていく。先がどうなっているのかなんてわからない。それでも、彼女とだったらどんな未来でも受け入れられるような、そんな気がする。


 俺は結局、勇者のまま力を失った。でも勇者で良かったのかもしれないと今なら思える。


 勇者という称号には興味はない。ただ、彼女を守るための勇者であり続けたいと、今はそう思った。


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