六話
急いで振り返る。すると、森の中から魔法の槍が飛んできた。一本や二本ではない。何十、何百という数だった。
正直に言うと「ブラッドフォードがなぜ単騎で乗り込んできたのか」がわからなかった。その答えがここにあると気付くまでは。
数秒間ののち、槍は止まった。おそらくは魔王たちが止めたのだろう。
「くそっ……!」
もう一度鎮事府を見た。外観はボロボロで、高い部分が今にも崩れ落ちて来そうだった。
少なくなった魔力を使って足を強化。全力で内部へと向かった。
鎮事府の中はアラートで真っ赤に染まっていた。甲高い電子音が耳に痛い。幸いと言えば良いのか、エレベーターは生きていた。
エレベーターへと乗り込んで階下へ。早く着いてくれと、それだけを願っていた。
エレベーターを降りてジョッシュの元へと走った。
「ジョッシュ!」
『お、ようやく役者が到着したみたいだな』
モニターにはジョッシュが映っていた。だが、他のモニターにもう一人映っている。セレスだった。
「なんでセレスが映ってんだよ」
『私が頼んだのよ』
「それがわかんねーって言ってんだよ。そんなことしてる時間があるなら早く帰って来いよ。みんな待ってる」
俺がそう言うと、セレスが悲しそうに微笑んだ。
『もう帰れないのよ』
なにを言われているのかわからなかった。今、帰れないと言ったのか。
「意味がわかんねーよ。出てった時のエレベーターに乗ればいいだろうが」
『もうね、使い物にならないのよ。壊されちゃった』
「他にもあるだろ。下の世界はものすごい技術があるんだろ? だったら――」
『無理なんだ』
微笑みはそのままに、ピシャリと言い放った。
「無理ってなんだよ。帰りを待ってるって言っただろうが!」
『ごめんね。みんなにも、よろしく言っておいて』
「なんでだ……なんでだよ!」
『それはボクから説明しよう』
そこでジョッシュが割り込んできた。
「そもそもお前がセレスを連れてったんだろうが! なんとかしろよ!」
『いくら技術力があっても、エレベーターを数分で造れるような能力はないんだよ。同時に、この鎮事府も限界だ。じきに通信もできなくなるはずだよ』
「ふざけんなよ! ここまでこっちの世界を引っ掻き回しておいて、自分たちがなにもできなくなったらさようならかよ!」
『そういうつもりはないんだけどね……なってしまったものは、仕方がないんだよ。セレスティアの方は極力なんとかしようと思うが、魔法力がないメイトラでどれだけ生きられるかはわからない』
「わからないって……なんだよ……」
それ以上に言葉が見つからなかった。
オルトバ人はメイトラでは生きて行かれない。だからこそ、魔導結晶を持ったセレスがメイトラに向かったのだ。
『ねえ、ライ』
「――なんだよ」
『たぶん、これからオルトバは勇者とか魔王に縛られない世界に作り変えられていくわ。鎮事府がなくなるんだから当然よね』
「そう、だろうな」
『争いなんかはなくならないかもしれないけど、人の手で今とは違う未来を作れると思うのよ』
「そう、かもな」
『だからさ、良い職業に付いて、家を建てて、いい暮らしをして私を待っててよ。いつ私が帰ってもいいようにさ』
「いつ帰ってもって……」
『そんな顔しないでよ。ちゃんと帰る。今はダメでも、いつか帰るから』
「どうやって」
『うーん、わからないかな。でも、必ず帰るよ』
その時、鎮事府の上部で大きな爆発が起きた。地下にあるにも関わらず建物が大きく揺れる。
諦めなければ人生は明るくなる。完全ではないにしろ、頑張りはいつか報われる。そう信じてはいたが、生きていく上で必要なものが一つだけあることも知っていた。
諦めることだ。人は完璧にはなれないから、なにかをどこかで諦めなければいけないのだ。人が死ぬのも諦めなければいけない、それが必要なことだから。そういった「どうしようもないこと」は諦めなければ前に進めない。
「信じて、いいんだよな?」
『うん。だからさ、もし帰ったら――』
そこまで言いかけてモニターがブラックアウトした。
「おい、もし帰ったらなんなんだよ……その続きはなんなんだよ!」
『すまないライオネル、これ以上は限界みたいだ。電力供給が安定しなくなってきた』
拳を強く握りしめた。どうすることもできない自分が不甲斐なく、なにもしてくれないジョッシュに怒りがこみ上げてきた。
「……セレスのこと、頼んだぞ」
『ああ、任された。だからエレベーターに戻りなさい。乗り込み次第強制射出する』
「絶対だからな。俺はまだ別れの挨拶もしてない。こんなとこで終わるなんて思ってないからな」
そう言って、ジョッシュに背を向けた。そしてそのままエレベーターに駆け出した。
エレベーターに乗り込んだ瞬間、ドアが強引に閉められた。一瞬振動があったかと思うと、エレベーターが一気に上昇する。床に縫い付けられるみたいに立ち上がることができなくなった。
上昇速度が一定のところまできたとき、身体にかかるGが緩和した。エレベーターが壊れ、俺は宙に投げ出された。
下を見ると、火を吹きながら崩れていく鎮事府が見えた。目測五十メートルくらい下方だろうか、その光景がやけに憎らしかった。
落下し始める。同時に身体が重くなっていく。目蓋も同様で、どれだけ頑張っても抗うことができなかった。
このまま落ちたら死ぬなと、そう思いながらも暗闇に落ちていく。浮遊感が気持ちよく、すべてがどうでもよくなってきてしまった。
大切な人も守れずに、自分だけが生きていくことになんの意味があるのだろう。そんなことを考えながら、俺の意識はどこかへ飛んでいった。




