五話〈リターン:ライオネル=アークライト〉
鎮事府の外に出た。まるで待ち構えていたかのように、ブラッドフォードが一人で立っていた。その右手でアーサーの背中の服を掴んでいた。ぐったりとしたアーサーはピクリとも動かなかった。
「そこをどけよ」
「どくわけねーだろ。それ、さっさと返してもらいたいんだが」
「コイツか? こんな勇者崩れがそんなに大事か」
「一応仲間なんでな」
「仲間、ねえ。コイツがそんなことを思ってるかどうか……」
「そいつの気持ちなんてどうだっていいさ。俺が仲間だって思ってる。それでいいだろうが」
「くだらない。こんなやつらに負けたのか、エイブラムは」
「それでもお前よりはずっと強かったさ」
「なにを言うかと思えば。エイブラムは俺が殺した。俺が、一番強いんだ」
「思い上がるんじゃねーよ。お前はただ弱ったやつを殺しただけだ。エイブラムに勝ったわけじゃない」
「ならここで証明してやろう。お前を殺せば、俺が最強ってことになる」
「やれるもんならやってみろよ」
ブラッドフォードがアーサーを横に投げ飛ばした。だが、俺はそれを追うことはできない。優先すべきはブラッドフォードを倒すことだからだ。
深く息を吐いてから全身を強化した。そして、前へと走り出す。
魔力はほとんど残っていない。それはきっとブラッドフォードも同じだろう。エイブラムを殺すのだって、実際そう簡単ではなかったはずだ。その後で魔王たちと戦い、アーサーを倒した。
その証拠に、ブラッドフォードは賜法を使う素振りがない。まあ、それは俺も一緒なのだ。ブラッドフォードもわかっている。だからこそ、拳一つで向かってきている。
魔力はほとんど感じないけれど、その気迫だけは鬼気迫るものがあった。
お互いに拳を引いた。先手はブラッドフォード。打ち出される拳を避け、今度は俺がアッパーを放つ。が、左手で受け止められた。
右拳で鼻、顎、胸と軽く三発殴られた。ほぼ一瞬で三回の攻撃。強烈な痛みはないが、この速度と狙いの正確さは厄介だ。
ミドルキックで腰元を狙うがバックステップで避けられた。エイブラムは前進しながら耐えるようなタイプだったが、ブラッドフォードはフットワークで翻弄するタイプだろう。
打ち合いならばそこそこ自信がある。けれど避けられてしまっては意味がない。おそらく、俺が最も苦手とする手合だ。
それならば張り付いて離れないようにするだけだ。
接近してワンツー。避けたところに回し蹴り。これもまた避けられる。
こちらの姿勢が若干崩れた。見逃さないようにとブラッドフォードの拳が左脇腹にめり込んだ。
「クソっ……!」
「足りないな」
痛みを庇うようにして身体を傾けたせいか、両手で肩を掴まれてしまった。そのまま胸へと膝蹴りされた。鳩尾へと打ち込まれた膝蹴りが俺の呼吸を見出した。
肩から手が離れたかと思えば今度は頭を掴まれる。そのまま、再度膝蹴りが飛んできた。
顔面への膝蹴りはさすがにまずい。目に当たっても、鼻に当たっても、顎に当たっても戦闘に支障が出てしまう。
取れる選択肢など多くない。
左脚で踏ん張りながら、膝が直撃する前に右足でブラッドフォードの足を払った。膝蹴りをするために片足立ちになったからこそできた。
「このっ!」
ブラッドフォードが悔しそうな顔で俺の頭を離した。そしてバランスを崩した。
「次は俺の番だぜ」
左手を広げてヤツの目元を隠す。左拳を引き、手のひらに隠れるようにして止める。
強化を右拳にだけ集中させて、目一杯拳を振り切った。
今までの戦闘では最速の一撃。それは確実にブラッドフォードの顔面を捉えた。
ヤツの顔が徐々に歪んでいく。骨の軋みが拳を伝わってきた。
一瞬の時を待って、ブラッドフォードの身体が吹っ飛んでいく。まだ勝ちと決まったわけではないが、戦況は大きく変えられたはずだ。
しかし、今の一撃も無償というわけにもいかなかった。
「吹っ飛んでく直前に顎蹴り上げていきやがった……」
顎が痛いのは当然だが、なによりも脳が揺さぶられた。
片膝をついて下を向いた。目蓋を閉じると、暗闇の中でも自分がぐるぐると回っているような気分だった。
コメカミを何度か揉んでから立ち上がる。まだちょっとフラフラするが、まだ立ち止まるわけにはいかない。
「勝ったのか」
アーサーが歩み寄ってきた。
「目、覚めるの遅くないか?」
「馬鹿を言うな。俺がアイツと戦ってたから、お前がアイツを倒せたんだぞ。感謝しろ」
「あーはいはい、感謝してるよ、ありがとう」
「お前、ぶっ飛ばされたいらしいな」
「やれるもんならやってみろよ。ちなみに言うが、俺はエイブラムもブラッドフォードも倒したんだぜ? いわば最強の勇者だ。勇者崩れのお前とは違う」
「ほう、この天才とケンカしたいか。いいだろう」
「なんだ、やんのか」
「決着をつけることも必要だろうからな」
「最初に会った時とは真逆だな」
「立場が変わっても関係ない」
「お前のオヤジが俺の両親を殺した」
「俺の父親がお前の両親を殺した」
「ただ、そんなもんはどうだっていい」
「ああ、どうだっていいさ」
二人で笑いあって、拳を構えた。コイツもきっと魔力が底を尽きかけてるんだろう。
が、それをよしとしない人間が一人いた。
「なあアーサー」
「なんだボンクラ」
「こんなことしてる場合じゃないらしいぞ」
「みたい、だな」
視線を向ければ、ボロボロの身体で、よろよろと歩いてくる男がいた。
「許さん……お前らまとめて、俺が殺す……!」
「まだやんのかよ」
ブラッドフォード。なぜコイツがここまで「最強の勇者」にこだわるのか。それは結局わからないままだ。
「認めさせてやる! 俺が一番だと! 今まで俺をバカにした奴らを見返してやるんだ!」
コイツにはコイツの事情が、あるんだろうなっていうのはよくわかった。
「手を緩めようだなんて思ってないだろうな」
アーサーが横に並んだ。
「そんなこと、あるわけねーだろ」
「そうか、ならいい」
空気感でわかる。アーサーはアイツを仕留めるつもりだ。そして、その手伝いをしろと言っている。
「殺してやる!」
ブラッドフォードが走り込んできた。もう魔力はないのだろう。あれはプライドとかそういうので動いているだけだ。
それなら、難しいことはない。
「やれるよな、勇者崩れ」
「誰に言ってるんだボンクラ」
ブラッドフォードが最後に残った魔力を使い、拳を思い切り振りかぶった。
俺たちは同時にそれを避けた。
アーサーが腹に一発拳を打ち込む。よろけたところで俺が顔面を殴った。
そして、最後に蹴りをかます。二人同時に。
僅かに宙を舞い、地面に落ちた。
「なんか弱いものイジメみたいになっちまったな」
「構わんだろ。最初に多数でかかってきたのはアイツの方だからな。しかし、これで勇者の方もおとなしくなるだろう」
「だな。んじゃ、鎮事府の中に戻らせてもらうわ。決着はまた今度だな」
「やりあう気も失せたしな。ハリエットには俺が報告しといてやる。早く行け」
手で「シッシッ」と追い払うようなポーズをした。不器用なヤツだな。
大きく深呼吸をしてから、鎮事府に向かって歩き出した。
その時、背後からなにかが飛んできた。
超高速で飛んできたそれは、俺の脇をすり抜けて、鎮事府へと向かっていく。
気付いた時にはもう遅く、それは鎮事府へと着弾。数秒を置いて、大きな爆発音が響き渡った。




