二話〈クロスオーバー:アーサー=バートレット〉
ライオネル以外が鎮事府から出ると、すでにそこは戦場だった。炎が森を包み込み、地面には人々が倒れていた。地面はところどころ赤黒く染まり、それが人間の血液であることがすぐにわかった。
悲鳴や怒号、金属同士がぶつかり合う音が響いていた。
勇者も魔王も入り乱れ、阿鼻叫喚の地獄絵図。誰かが腕を振り切れば、誰かの命が奪われる。また誰かの命を助けようとしたならば、助けたその者が命を落とす。
個々の戦闘は多くとも、戦闘が至近距離で行われているので、流れ弾や横槍でまともに戦うことができない状況でもあった。
「ブラッドフォードを見つけたら不用意に戦うな。今のアイツはただの勇者じゃない」
アーサーがそう言った。が、それは皆もわかっていたようだ。
「だからどうしろって? 放っておくわけにもいかないでしょ?」
呆れ顔のシャロンが言う。
「アイツは私が倒す。と言いたいところだが、エイブラムでさえやられた相手だ。私一人ではどうしようもなさそうだな。かと言って、誰かと共闘するほどの戦力的余裕はないか」
ハリエットが視線を落とす。しかし、歩みを止めることはしなかった。
アーサーを始めとして、セレスティアの眷属は数人がかりでもエイブラムを倒せなかった。そのエイブラムをブラッドフォードが殺した。つまりブラッドフォードを倒せる可能性は、同じくエイブラムを倒したライオネルにしかない。
「お前らは他の魔王たちを守るといい。というか、魔王と勇者の戦いを止める方向にするか?」
「アーサー、誰かが相手をしないと全滅です。しかし、シャロンもヴェロニカも私も、そしてハリエット様も相手ができない。誰がブラッドフォードの足止め係をするんですか?」
「足止め? 足止めをしてどうするつもりだ? それは結局のところ、ただ単に時間を稼いでるだけだろう? やるなら首を取りにいかないとな」
「アーサー、もしかしてアナタ……」
ヴェロニカが足を止めた。彼女が足を止めても、アーサーは足を止めなかった。
「当然だ。俺がやる」
「でも、アナタ一人で勝てる相手じゃない!」
離れた距離を駆け足で縮めるヴェロニカ。
「あのクソ無能凡人がエイブラムを倒したんだろう? だったら、天才で有能で完璧な俺がブラッドフォードを倒せば俺が一番だ」
「しかし……!」
「ヴェロニカ」
今度はアーサーが死を止めた。
「俺のための思うなら、お前はハリエットの言うことを聞け」
それだけ言って、また歩き出した。
「いいのか」
ハリエットが横に並んだ。
「いいも悪いもない。俺の相棒を、よろしく頼んだぞ」
目の前、目測百メートルほどの位置にブラッドフォードが立っていた。すでにエイブラムの頭はその手にない。が、全身血に塗れ、僅かだが左右に揺れていた。
「頼まれた。だがお前も私に頼まれてくれ」
「なにをだ」
「友人の仇を、だ」
「ふん、頼まれ事なぞされてやらん。瀕死までしてやる。あとは自分でなんとかしろ」
「口だけじゃないことを祈ろう」
「祈りはいらん。俺が勝つからな」
アーサーが口端を上げると、ハリエットも同じように口端を上げた。
「いくぞお前ら。ここはアーサーに任せる」
全員が頷いた。
そして、アーサー以外が勇者と魔王の群れに向かって走っていった。
「よう、落ちこぼれの元四光の後継者」
「これはこれは、ハイエナのクソ野郎様。俺と、踊ってくれるのかい?」
「自分のことは『ボク』、相手のことは『キミ』って言うのがお前じゃなかったか?」
「余裕がないと素に戻るんだよ、俺は」
「じゃあ今は余裕がないのか。当然だな。自分より格上が目の前にいて、これから戦うってんだから」
「なにか、勘違いしてるんじゃないのか?」
「勘違い? 俺はなにも間違ったことを言っていないが?」
「お前を格上だとか思っているわけないだろ。お前を早くぶっ飛ばしたくて、我慢してて、それで余裕がなんだよ」
「そんなに俺のことが嫌いだったか」
「俺のことバカにしてただろ。前からそうだ。ちょっと才能があるだけの不器用な落ちこぼれ勇者ってな」
「ふむ、今度から隠れて陰口を言うようにするか」
「ああそうしてくれ。じゃないと、全員ぶっ飛ばしたくなるからな」
同時に、身体を魔法で強化する。重心を下げれば地面がひび割れた。
「勇者の王を、侮るなよ小僧」
「仮初の王冠、俺が踏み潰してやるよ」
勢いよく飛び出すと空間が歪んだ。
一瞬で二人の距離がゼロになった。
拳と拳がぶつかり合って、また空気が歪みを見せる。
一度距離を離し、もう一度飛び込んでいった。
最初の一撃でお互いを理解した。こいつは自分と同じだ、と。ほぼ同レベル、ただのぶつかり合いでは消耗戦にしかならない、と。
二度目、三度目の激突で戦闘が動きを見せた。
ブラッドフォードが空中に五本の槍を出現させた。光、闇、炎、水、風。
「さあ踊らせてやるぞ。落ちこぼれ」
炎の槍が分裂し、十本の槍になった。そして一斉に槍が飛んできた。左手で賜法で作った盾を出してそれを弾く。あまりにも強く、完全に勢いを殺すことはできずいなすことしかできなかった。
炎の槍が背後で地面に落ちると、周囲を炎が包み込む。が、それに気を取られるわけにはいかなかった。
「クソ、また面倒そうな賜法を作り出したもんだ……」
継いで水の槍、風の槍が飛んできた。こちらもまた、十本に増えて襲いかかってきた。
攻撃を防御するのか回避するのかを考えなければいけない。炎の槍がそうであるように、なにかしらの効果があるからだ。
ブラッドフォードのことを深く知っているわけではない。しかし、ブラッドフォードという人間が持つ性格の悪さやサディスティックな部分は多少なりともわかっているつもりだった。
炎の槍を弾かれた後で打ってくる攻撃。防御されないように攻撃する、そういう攻撃。
右手でも盾を出しつつ水の槍を左右に避ける。風の槍を右手の盾で防ぐ。
が、盾に触れる直前に風の槍が弾けた。いや、槍の先が裂け、盾を避けようとしているのだ。
「そんなことだろうと思ったよ」
瞬時に盾の大きさを変えてそれを防いだ。
水の槍の性質もまたわかってきた。地面に着弾した水の槍はただの水たまりになっていた。その水たまりが少しずつこちらへと近づいてきていた。




