九話
「でだ」
起床した瞬間に感じたこの違和感の正体。それがなにであるかをすぐに理解した。
いつ持って来たのか、自分たちのベッドですやすやと眠る三人の女子。元々客室はそこそこ大きくないため、三人分のベッドだけで部屋がいっぱいだ。
「俺は床に布団を敷いたっていうのにコイツらは……」
こんなデカイものを静かに運び出すほどにここで寝たいものなのだろうか。正直よくわからない。
しかし、寝顔を見ているとそれ以上の文句は出てこなかった。
ため息を一つ吐き、今日の食事当番が自分であることを思い出した。忍び足で、そっと部屋を出てキッチンへ向かった。
用意も食事も手早く済ませて、今日は荷物を運び込むことに時間を使いたい。そうなると、献立も決まってくる。
まずは鍋に水を張り、卵を入れて火にかける。次に食パンにナイフを入れ一センチほどの厚さにカット、二枚で一組にする。葉茎菜類を数種類、輪切りにしたり手でちぎったりしておく。ハムは円形のままで大丈夫だろう。少し待ってから、茹で上がった卵の殻をむき、食べやすいように切ってから調味料をかける。
あとは好きなように、それらをパンに挟むだけ。簡素ではあるがサンドイッチの出来上がりだ。
テーブルに並べる終わった頃に三人は起きてきて、パジャマのままで自分の席に座った。年頃の女子とは思えないほどにだらしがない。
「セレスはナイトキャップを取れ。シャロンは腹を掻くのをやめろ。セラは……」
「はい?」
彼女だけは普通だった。いつも通り白と青のショートラインドレスに黒いタイツ、肩は出さず胸元の露出も少ない。身長も小さめな彼女にはよく似合う。
「悪いんだが、後で二人を着替えさせてもらえるか」
紅茶を入れながら俺がそう言うと、彼女は小さく「わかりました」と返してきた。小さな口でサンドイッチを食み、少しだけ紅茶を飲み、少量の言葉を紡ぐ。彼女の行動は全てにおいて細かく、そして小さいという印象。出会った頃と変わらず、そんな姿を毎日見ているはずなのになんだか安心してしまう。
「あーもう、セレスはパンくずをボロボロこぼすんじゃない。シャロンは皿を食べるな。次のやつ用意してやるから」
大きな子供が二人、しかも相当面倒なタイプだ。
そんな子供の相手をするのにも、セラがいればなんとかなる。
「はいシャロン、次のサンドイッチですよ」
「ふぁーい」
セラがシャロンの相手をしてくれるので非常にありがたい。こんな自由な人たちを二人相手にするなんて、さすがに俺でも遠慮したい。
結局二人が正常に戻ったのは、朝食を済ませて着替えた後。けれど、これもまた日常的な風景であり、言いたくはないが見慣れた光景だった。
生活に必要な最低限度の品物だけを魔走車に積み込んで、俺たち一行は北の城へと向かった。女性はやたらと荷物が多くなるらしく、大きめの魔走車でもかなり窮屈だった。
ちなみに魔走車は魔導力を注ぎ込むことでエンジンがかかるため、俺のように魔導力を上手く使えない奴は乗りこなせない。そういう奴のために、蒸気で走る蒸気車がある。民衆は皆蒸気車を使っているのだが、パワーやスピードはどうやっても魔走車には勝てない。
十キロほど北にある城は、深い森の中にあった。が、問題なのはそこじゃない。大きな崖の下に建造され、一見しただけだと「ここには住みたくないな」と思うのが普通だ。しかしもうここにしか住む場所がないのも事実だった。
到着してすぐさま部屋を決め、荷物を運び出した。一段落してから昼食を取り、今後の方針を決める会議へと移行していく。
長方形のテーブルに座る俺たち。セレスと俺が隣り合い、向かい側にはシャロンとセラが座っていた。
「はい、それでは私セラが進行役を務めさせていただきます」
パチパチパチと、意味もなく拍手をする面々。こういうところに妙な協調性が出るのは、セレスの両親が生きていた頃からだ。
「役割分担は昨日お話した通り。私がヴェロニカを、シャロンは勇者たちを、そしてお嬢様と犬はアーサーを」
「誰が犬かと」
「別に他意はありません。主人と犬、という構図はとても素晴らしいものだと思っただけです」
「まずその認識を改めろよ」
といういつもの感じも混ぜつつ、あまり締め付けないスタンスもセラらしい。
基本的には無口で礼儀ただしいが、たまに人を弄りたがる。まあ稀になので問題はない。
「ライの賜法は両方とも無効化されたんですよね?」
「ああそうだよ。時間を止めても動いてるし、加速してもついてくる。一体なにもんなんだアイツは」
「全ての魔導特性を持ち、全ての魔法を使いこなす。その上、相手の賜法を無効化してしまう。四光の後継者、アーサー=バートレット。手強いというレベルではありませんね」
「まあ仕方ない。割り振りはいいとして、他になにを話し合うんだ?」
セラは咳払いを一つした。
「私たちがこの城に移住してきたのは、なにも住む場所としてだけじゃありません」
「そうだったの?」
とぼけた感じでシャロンが口を挟んできた。
「それはセラに聞いてくれ。それよりも、お前は頭をぼりぼりと掻くんじゃない。セレスやセラを見習え」
「女らしいってやつ? 面倒だからパスだわ」
「まあ四六時中そんな格好してりゃーな」
露出度の高い服を着ているもの、決しておしゃれとかではない。動きやすく楽だからだ。特に腹回りを締め付けられるようなのはダメだと、昔彼女自身が言っていた。
「それで、セラはなにを考えてここに?」
どこかでスイッチが入ったのか、セレスが少しだけ外行きモードだ。おそらく住み慣れない城だからだろう。きっとどこかで反動が来る。その時は俺が受け止めてやらなきゃいけないな。
「一週間後ですが、アーサーは別としても、他の勇者たちは元々あったクロムウェル城に向かうでしょう」
「あー、つまり私はあっちに置いてきぼりかー」
「そういうことです。万が一シャロンが負けても、勇者がこっちに来るまでは時間がかかる。被害も最小限に抑えられると思います。シャロンと戦った後であれば、向こうの城からこちらの城までは走っても結構な時間がかかるでしょうし」
アーサーが使う完全破壊に、他の勇者たちが巻き込まれないようにとの配慮でもある、ということだろう。
魔王討伐遠征は、なにも魔王と戦う必要はない。その従者と戦ってもいいのだ。
勇者にはちゃんと役目を果たしてもらう、その上で自分たちも目的を達成する。魔王の中には、自分のところに来た勇者は全員殺すという者もいるが、セレスはそういうタイプではない。
魔王の中でも数少ない『無殺生の魔王』としても、魔王界でもそこそこ有名だ。誰も殺さない、誰も殺させない。優しい彼女のことだ、どんな非道で下劣な勇者であっても殺せないのではないかと、少々不安にもなる。
もしもの時は、自分の身は自分で守ってもらうしかない。クロムウェル家の場合、従者よりも魔王の方が強かったのはもう過去の話だ。
「ま、なんとかやってみるよ。わかってると思うけど、私はたぶん応援には行かれない」
「それはまあ、頑張って来るように」
「セラは容赦ないなぁ……自分だって加勢できるかわからないクセに」
「わかってますよ、それくらい。つまり逆を言えば、それが私たちの役割」
二人の視線が、俺とセレスに注がれた。
「最初の話と随分違うじゃないか。けど――」
左手の平に、右拳を叩き込む。
「やってやるよ」
確かに戦力的にはいろいろ問題だらけだ。でも、人は生きてる限り、どうやっても問題には直面する。
なによりも奴には借りがある。セレスの分まで、俺が奴をぶっ飛ばしてやる。
「ちなみにライですが、私たち三人との組手を毎日やってもらいます。しかも休みなしで」
「ちょっとそれは……」
「よし、じゃあ今からやろう」
と、シャロンに左腕を掴まれた。
「賛成だわ」
今度は右腕をセレスに。
「おい、なに赤くなってんだよ」
「その胸元の爆弾をどうにかしろってんだよ!」
「シャロンにはそんなこと言って、私の胸が貧相だとでも……!」
「言ってねーだろ! 」
このキャラ変わる仕様なんとかしてもらいたい、なんて考えてしまった。
その後、入れ替わり立ち代わりでボコボコにされた。
なんで俺だけ賜法を使っちゃいけなかったのかとは、口には出さない。攻撃力は低くても時間を止めるのはまあ反則だからな。
それに、時間停止はアーサーには通じない。純粋な体術を鍛えるにはこれが一番だ。
だが賜法でボコボコにされるのだけは、次からは勘弁してもらおうと思った。