三話
町について、しばらくそこから動くことができなかった。
建物は四角い箱のような形をしていて、それぞれの面に窓が上下に二つ。一面だけ窓がないところにドアがついていた。どの家も家は灰色。灰色というか鈍色という方がいいだろう。光を反射し、見るからに金属製であることがわかった。
それは建物だけにとどまらない。
地面も森と同じく金属製。だが、その上を歩く人々はまったく意に介さない。これが普通、これが当たり前という感じだった。
「ジョッシュ」
『はいはい、なにかな』
「この世界に車とかバイクとかあるの?」
『あることはあるよ。でも一般人が所有するものじゃないからね』
「オルトバでも高価な物ではあったけど、メイトラではもっと高価な物なのね」
『価値がどうとか、っていう問題じゃないんだよ。メイトラには下等種族、中等種族、上等種族という区分がある。車やバイクは上等種族しか乗れないんだよ。買えないもしない。上等種族にしかお金という概念が存在しない』
「私には選民思想によって作られた世界だ、というふうに聞こえるのだけれど」
『耳が痛いよ。キミが言う通りだ。下等種族は仕事を保たぬ者、もしくは水をすするのにも苦労をする人々のこと。中等種族というのが、キミたちの世界での「普通の暮らし」をする人々のこと。その代わりに金銭を持たない。仕事をした分の食料や服を分け与えられる。上等種族とは、まあボクらのような人々のことを言うね。はっきり言って、かなりいい暮らしをさせてもらえてると思ってるよ』
「上等種族の人たちは、この世界を変えようとは思っていないの?」
『変えないのではない、変えられないのさ。どうやっても、この世界を変えることはできない』
「それはなぜ? 上等種族の人々が集まり、知恵を絞り、私財を使えばできることでしょう? それをやらないというのは結局怠慢であり、未来を見ようとしないのと一緒だわ」
『こう言っちゃなんだけど、この世界は欺瞞と私欲で満ちているのさ。隣にいる人間の顔色さえも信用できない。後ろから刺されてもおかしくはない。いつどこで嘘を吐かれても不思議じゃない。どこでどうやって金を奪われても文句は言えない。なぜならば、そういう世界だからさ』
「なに、それ。文明がどれだけ進んでいても、それじゃあオルトバよりもずっと酷い世界じゃない。いくら機械を扱えても、どんな便利な物が作れても、それを扱う人間がダメなら意味がない」
『言いたいことはわかるさ。それでも、無理なんだ。この世界は変わらないよ。これまでも、そしてこれからもね。この世界を変えようと声を上げたら、この世界で財をなしている人の大半は反対するだろう。だって、この世界でしか富を得られないんだから』
「そういう、ものなのね」
『理解してもらえたようでなにより。キミは聡いね。感情をぶつけても、正論で諭しても、キミの言葉は誰にも届かないってわかってる。いや、わかっちゃったんだよね。ごめんね』
「アナタが謝ることじゃない。これがメイトラだと言うのであれば、オルトバ人である私が口を出すようなことじゃないわ」
『そうしてくれるとありがたい。キミがここに来たのは、メイトラをその目で見るためだ。違うかい?』
「ええ、そうよ」
『そしてメイトラにはオルトバが、オルトバにはメイトラが必要であることをはっきりさせるためだ。同時に、オルトバとメイトラの違いを明確にするためだ』
「それも当たり。だから私は、文句を言う資格も、必要もない」
『そうあってくれるとありがたいよ。行ってみるかい、町に』
一つ頷き、足を動かした。
町の中は異様なほどに静かだった。そういえば森の中も静かだったなと、その時ようやく気がついた。
右を見ながら、左を見ながら進んでいく。町の中はとても不思議な光景に見えた。
家と家の間隔が一定で、道の幅も一定で、外にはなにも置かれていない。あまりにも整えられ過ぎたこの光景が町かと言われると、首を縦に振る気にはなれなかった。
同じ光景が続いていく。正面も、右も、左も。十字路を抜けて進み、そのまた正面も、右も、左も。全部全部、同じように目に映った。
唯一違うのは、十字路一つ一つに番号が振られていた。家のドアにも、見覚えのない文字が一文字だけ書かれていた。そうやって場所や住所を区分しているのだ。
「この世界には動物はいないの?」
『ほとんどいないね。生きている生物、微生物とかは除いても、虫や動物、植物なんかは特定の場所に隔離してあるんだ。そうしないと生きられないんだ。だから動物を食べるとか、そういうのもないんだよ』
だから静かなのか、と合点がいった。
「じゃあなにを食べて生きているの?」
『食べ物を作る装置があるんだよ。植物を育て、家畜を育て、それを食べるのではない。元から食べる物として生成するんだ』
「それにも原材料があるでしょう?」
『原材料はなんでもいいのさ。あの黒い海の水でも、土でも、金属でもなんでもいい。機械にかければ分解、再構築してたべられるようにしてくれる』
「それ、美味しいの?」
『まったく。ほぼ無味だよ。飲み物もそう。オルトバにあるような調味料だってない』
「思ったよりも悲惨な状況に聞こえるのだけれど……」
『実際キミたちからしたら悲惨なんだろうね。いや、メイトラ人からしたら、メイトラは悲惨な状況なんだ』
「それをわかっていて、アナタもメイトラに残り続けるのね」
『この世界で生まれたからね。父も母もいないけれど、この世界が存続できるように、最後までいろいろやってみたいからさ』
「人には人の事情がある、か」
『それにメイトラから人がいなくなったらオルトバは存続できない。言ったろう? 二つの世界はお互いがお互いを支えている。キミたちはこちらでは生きていかれない。ボクらがオルトバにいけばメイトラが機能しなくなってオルトバが落ちてくる』
ジョッシュのため息を聞きながら町の中を進み続けた。そして、また森へと出た。
『どうだい、そろそろ上に戻るかい?』
「ええそうね。もう十分だわ。さっきの場所まで戻ればいいの?」
『道はわかるかい?』
「ほぼ一直線だったし、また町の中を通って帰ればいいだけだし」
と、後ろを振り向いた。そこで、異変に気がついた。




