一話
セレスティアを乗せたエレベーターが、下へ下へと下っていく。重力の動きをまったく感じさせない。それほどまでに滑らかに動く。
『気分はどうだい?』
と、目の前に半透明なモニターが出現した。モニターという言い方は少しおかしい。急に空中に現れたのだ。
「驚かせないでよ」
『ごめんごめん、キミたちは慣れてないんだったな。それで、気持ち悪いとか頭が痛いとかはない?』
「特にないわ。むしろそういうのもあるの? 副作用というかなんというか」
『多少はあるだろうね。キミたちはボクらがいる場所よりも遥かに高い場所で生まれ、育ってきた。だからこそあの空気圧になれてしまってるんだ。気圧が低いところにいけば身体に支障をきたすだろうね』
「でも魔力には頼れない」
『そうだね。魔導結晶には魔力を込めてきたんだろ?』
「一応ね。魔法力がない場所に行ってどれだけ活動できるかまではわからないけど、ないよりはましでしょう」
『仲間に「自分なら大丈夫」って大見得切っておいて、実は結構弱気なんだね』
「ああでも言っておかないと、みんな話を聞いてくれないから」
『信用してるんだかしてないんだか……』
「してるわよ。信用してるから、信用して欲しいのよ」
『キミたちの間にはボクにはわからない絆があるんだろうなぁ。きっとボクには一生わからなそうだ』
「アナタにだって信用し、信頼する仲間がいるでしょう?」
『いないよ、そんなのは。ボクはオルトバの管理を仕事にしている。確かに職員だってたくさんいるが、みな仕事だからやってるだけだ。特にオルトバの管理というのは個別作業みたいなところが強くてね。担当者が急死したり失踪したりしても、後任者が簡単に引き継げるようになっているんだ。仕事そのものをマニュアル化、仕事の流れを定期的に資料に落とし込む。毎時データの更新を行っているから、どこからどこまで作業しているのかもわかりやすい。その分、人同士の繋がりが薄いのさ』
「鎮事府っていうのはそういう場所なの?」
『鎮事府だけじゃないよ。メイトラという世界そのものが、そういうマニュアルを生活に落とし込んでいるのさ。キミたちの世界とは真逆なんだ。自由なんてほとんどないよ。犯罪なんて犯したらすぐに捕まる。ほぼ毎日監視されてるようなものさ。今キミとしている会話だって録音されてるんだ』
「それって、大丈夫なの? アナタの一存で私をメイトラに連れていくんでしょう? メイトラにはない感染症なんかを持っている可能性だって否定できないのに」
『その辺は大丈夫。ちゃんと殺菌させてもらうから。それにね、これでも鎮事府を管理する人間の中ではボクはトップに近い位置にいる。今回キミがこちらに来るもの、ボクが了解したからだ。実は結構前からこの映像をトップの人が見ていてね、ボクの意思で行動を起こしていいって言われていた。この映像だって結構たくさんの人が見ているんだ。オルトバ人がメイトラに来たらどうなるのかを知りたい、っていう人が多いから』
「面倒くさそうな世界だけど妙に融通が利くのね。融通が利くというか物分りがいいというか」
『融通を利かせられる立場になった、っていうのが正しいね。若い子はこんなことできないよ。だから、かな』
「だから、なに?」
『キミたちを見ているのが楽しいのさ。自由で、なにをしでかすかわからない。こっちの世界では年上っていうのは絶対的で、基本的に逆らうことは許されない。でもキミたちは違う。自分の正論を通すために立ち向かうことができる。メイトラにはないよ』
「他人の意見に自分の意見をぶつけるのは当然では?」
『それが許されない世界なんだよね。さっきも言ったけど年上が絶対なんだ。自分よりも仕事ができなくても関係ない。自分の方が正しくても関係ない。その代わり、完全に仕事がマニュアル化されているしサポートが充実しているから個人の思考が介入する余地がない。そういう、とてつもなくつまらない世界なんだ』
「それは、つまらないわね。でもなんでしょうね、たくさんの人が見ているのに悪口なんて言って平気なの?」
『平気さ、みんな思っていることだしね。それにこの映像は政府とか研究機関の人間しか見ないから大丈夫。こうやって話してみて、キミにはメイトラは合わないだろうなっていうのがよくわかるよ。だから、オルトバ人がメイトラに降りてこられないと知った瞬間にすぐに帰るといい。メイトラを征服したいというわけでもないだろう?』
「そんな気は毛頭ない。魔力が使えないのなら、私たちがメイトラ人と戦うこともできないでしょう。アナタの話を聞く限り、メイトラはオルトバよりも文明が発達しているようだしね。鎮事府っていうシステムを作ったくらいだし」
『勇者システムや魔王システムを作ったのもボクらだしね』
「そういうこと。今でも勇者や魔王っていう関係性に振り回されるのはイヤだと思ってる。でも勇者や魔王の関係性がなければ出会えなかった人もいて、救えなかった人もいる。当然失った物も多いけれど、それはすべて結果的にそうなったにすぎないのよね。だから、その結果を抱いて生きていくことしか私たちにはできない」
『キミは大人なんだな』
「まだまだこれからよ」
『先が楽しみだ。よし、メイトラに着いたよ。エレベーターの内部は魔法力で満ちているから大丈夫だけど、外に出た瞬間に魔法力がなくなる。正直キミの身になにが起きるかはボクもわからない。覚悟しておくように。それとコレを持っていってくれ、いつでもボクと連絡がとれるよ』
右側の壁からなにかが出てきた。手のひらに収まるくらいの大きさの長細い箱だ。
「心配ありがとう。その時は魔導結晶を使うわ。で、これはなに?」
『コンパクトビューという装置でね、遠距離で話ができるんだ。キミの世界でいう魔導通信機みたいな』
「なるほど、困ったらアナタを呼べばいいのね」
『電源は常につけっぱなしになっているから、テキトーに話しかけてくれれば反応するよ。その代わりにキミの独り言もだだ漏れだけど』
「それは……うん、背に腹は代えられないわね。わかったわ」
『エレベーターにはすぐ魔法力を入れられるようにしておくから、困ったらここに戻ってくるといい。と言っても、ここに戻ってくるのは帰る時だと思うけれど。準備はいいかい?』
「ええ、ドアを開けて」
『苦しくなったらすぐに帰るように、エレベーターの入り口は開けておくよ』
目の前のドアがプシューと音を立てて左右に開いた。その瞬間、身体が妙に重くなるのを感じた。動けないほどではないが、腕を上げるのにも脚を上げるのにもいつもより力がいる。
エレベーターから出て地面を見た。右を見て左を見て、空を見上げた。
地面は黒く、土以外の何かが敷き詰められていた。木々はほとんど存在せず、そのかわりにたくさんの鉄柱や鉄塔が立ち並んでいた。ここがどういう場所なのかがまったくわからなかった。




