八話
頭をそっと撫でれば、今度は顔が綻んだ。
守りたいんだ、この笑顔を。セレスだけじゃなく、シャロンやセラだって家族だ。全部全部、守り通したい。
「必ず守ってやる」と言えないところがまたもどかしい。
「体術しかありません。しかも取り付いて離れず、かつ殴り合えないと意味がない。重心を低く、打たれてもバランスを崩さないこと」
「一週間でなにができるっていうんだ……」
「大事なのは吹き飛ばされないこと。相手のペースで距離を離されないことです。攻撃される際には回避と緩和を必ず見極める。こちらの攻撃はどれだけ弱くてもいいから必ず当てる。逆にやってはいけないこととしては、一撃ごとに慢心しない。次の攻撃にいくら自信があっても、相手がひるまないこと前提で動いてください」
時間稼ぎ以外のなにものでもない。シャロンとセラの立ち回りがどれだけ上手くハマるかで決まる。俺の役目はセレスを守りながらアーサーに完全破壊を打たせないという二つ。
「こう考えると、俺のウエイトかなり重いなーと思うんだけどさ」
一度戦ったからこそわかるが、賜法でも体術でも勝ち目が見えない。今日の戦闘を振り返って「蹴りをガードしたならば」「踏み込みをわざと遅くして空振りを誘ったら」「シャロンかセラの背後に隠れて行動していたら」なんていろいろ考えてはみるが、どうにも迎撃されるビジョンしか浮かばないのだ。
「ライの懸念もわかります。しかし、これしか方法がありません。でも一人で戦え、と言っているわけではありません。お嬢様にもちゃんとサポートしてもらいます」
「私も?」
セラが視線を向けると、セレスはきょとんとした様子でそう言った。
「はい。基本的には相手の目を引きつけるという意味合いが強いかと。お嬢様がアーサーを引きつけライが迎撃。ライがアーサーに取り付いている間はお嬢様が横から気を逸らすための攻撃をしてください。回復や補助も忘れずに」
「……頑張る。私だって魔王だもの、みんなを守るのは私の役目」
先ほどとは打って変わって真剣な表情だ。このコロコロと変わる表情も、セレスの魅力の一つだ。
外側と内側で結構性格は違うものの、根本にあるモノは変わらない。彼女は魔王であり、クロムウェル家当主であり、俺たちの主人なのだ。
「お前の命は俺が預かる。その代わり、俺の命はお前に預けた」
「うん。魔導炉がなくても魔法は使える。賜法だって、能力が下がるだけで使えないわけじゃない」
そう、魔導炉とはその人が扱う魔法を百パーセント引き出すモノ。誰でもいろんな賜法を編み出して使うことは可能なのだ。しかし人には得手不得手があるように、魔導炉にも相性があるように、通常の魔法も個人差がある。魔導炉に特性を適応しない魔法は、適応した場合の十分の一程度、それが苦手な魔法であった場合、魔法の効果は相当に低くなってしまう。
結局、苦手な魔法を無理矢理使うよりも、魔導炉に適正がある魔法を行使した方がいいということになるのだ。
「一週間で城の復旧は不可能だと思います。城の修繕は周囲の集落に依頼するとして、北の方にクロムウェル家の城がもう一つあります。ので、明日はそこに移動しましょう」
「確かそんなのあったな。子供の頃一回行ったくらいだから忘れてたけど」
「この城よりも若干小さくはありますが、定期的に掃除も頼んでいます。日用品さえ運び込めばすぐに使えるでしょう」
「じゃあ、とりあえず今日準備して、そっちに移動してから細かい話し合いをしよう。今日はもう、あまり考えたくないしな」
同感だと言わんばかりに、他の三人も深く頷いた。
自分の不甲斐なさを感じながら、四光の強大さをその身に刻んだ。
俺にはなにができるのだろう。どうしたらセレスを守れるのだろう。そんなことを感じながら夜は更けていった。