二十一話〈クロスオーバー:セレスティア=ウォルト=クロムウェル〉
エイブラムは勇者の王というに相応しい男だった。力強く、戦闘力が桁外れに高い。ここに来る前にレベルを上げてきたといっても、全員がレベル五百に到達するのが精一杯だった。
そんなセレスティアの眷属が、レベル八百の勇者に勝てるわけがなかった。善戦するのさえも難しい。新しく得た力があっても、それが相手に通用しなければ意味がないのだ。
一対五だというのに、セレスティアたちは押され続けた。近づいても引き離され、近づかれたと思えばふっとばされる。その繰り返しだった。
レベルの差、というものを改めて痛感した。
「残酷な世界ね」
そう言いながらも何度も突進していく。自分たちが時間稼ぎであることは最初から織り込み済みだった。
久しぶりに会ったライオネルは逞しくなっていた。もう男の子ではない、完全な男になっていた。
なにより驚いたのがその自信だ。高レベルの勇者と一緒にいても胸を張り、戦うことになっても臆することはなかった。だから「なにかがある」と、セレスティアもその従者たちも思った。
彼にはきっと秘策がある。
そのためには時間を稼がなければならない。より長く、彼の身動きがとれるようになるまで、こちらで調整しなければいけないのだ。
「おいおいその程度なのかよ!」
エイブラムが一瞬で目の前に現れた。振るわれる拳を前に、両手を交差させて防御体勢に入った。全力で腕を強化しているというのに「ミシリ」と骨が軋んだ。
宙を舞い、木に激突する。灰の中の空気が、口を伝って外へと漏れた。
「魔王が聞いて呆れるじゃねーか。やってみなければわからない? やる前からわかってたことだろうが」
右からセラが飛んできた。左からはシャロン。だが、この二人の攻撃でさえも一撃で撃ち落とした。シャロンが吹き飛び、セラが地面に埋まった。エイブラムはセラの身体を踏みつけ、思い切り力を込めた。
「ああああああああああああああ!」
「痛いよな? そりゃ痛いに決まってるさ、痛くしてるんだからな。こうでもしなきゃお前らは諦めないだろ? いや違うな、こんなことをしても諦めないか。どうしてか、目が死んでねぇ」
「当たり前でしょ。なんのためにここまで来たのかわからなくなってしまうわ」
立ち上がり、セレスティアが言う。
「もうボロボロのくせになに言ってるんだか。アイツが認めた魔王つっても、レベルが低けりゃ所詮こんなもんよ。額と手のそれ、魔導結晶だろ? また古い技術を使って底上げしたもんだ。無理して使えば死ぬぞ」
「こっちだって無理を承知でやってもらったのよ」
脳内で、魔導結晶の特性を入れ替える。
「〈世界掌握〉!」
「なんっ?!」
今までずっと見てきた。だからこそ〈世界掌握〉という賜法をライオネルの次に理解してる。本来保たない時間という特性があれば、擬似的ではあるが似たようなことができるようになった。
世界が灰色になった。だが長くは保たない。なんとか発動したことはあるが、五秒も止めていれば勝手に解けてしまうのだ。
エイブラムめがけて突っ込んでいく。魔力という魔力を右手に集め、一撃必殺で勝負を決めるつもりだ。
「と、俺が驚くとでも思ったか?」
だが、エイブラムはなにごともないように動き出す。
「嘘で――」
ガツンと、鈍器で殴られたような衝撃が横っ面を襲う。エイブラムの拳だった。
地面に転がることはなかった。横ではなく下に向かって殴られたのだ。
急いで体勢を立て直したが、腹に一撃、また顔面に一撃もらってしまう。
「なん、で……!」
がっしりと頭を捕まれ、セレスは地面に足をつけることも許されなかった。
「俺は基本的に透過する能力を使うんだ。物質を透過するのは当然として、相手の賜法を透過する賜法もある。そうでなきゃ、ライオネルが時間を止めてる中で動けないだろうがよ」
「どうして、こんなことをしようと思ったの」
「俺にもいろいろ事情があんだよ。だから邪魔されるわけにはいかないんだ。誰が俺を止めようとしても、俺は止まることは許されない。そのためにレベルを上げ続けた。どんな賜法がきてもいいように賜法を編んだ。お前みたいなガキにわかるような人生じゃなかったんだよ」
エイブラムが拳を引いた。
「アイツはなにかを隠してる。その隠してるなにかでカレンを倒したとしたらこっちに来るだろう。その前にお前を、お前らを殺す」
腕に血管が浮き出る。なにもしていないのに、周囲の風がエイブラムへと集まっていった。
「じゃあな、自信過剰なクソ魔王」
「じゃあお前はクソ勇者だな」
一瞬で、なにかがセレスティアの身体を攫っていった。
気がつけば懐かしい匂いに抱かれていた。顔を受けに向ける。
「そのレベルでよく頑張ったよ。あとは俺に任せな」
ニカッと笑うライオネルがいた。抱かれてみてわかる。見た目だけじゃなく、確実に逞しくなった。今まで一緒にいた彼とは違うけれど、間違いなく同じ人間だ。
周囲を見ると、他の従者も木の幹に座らされている。
抱きかかえられたまま、従者たちの元へと連れていかれた。そして、そっと地面に寝かせられた。
こちらに背を向けたライオネル。その背中は、信じられないくらい頼もしく見えた。
「やっぱり来ちまったか」
「当たり前だろ」
「俺に勝てるわけもないのに、か」
「勝てるとか勝てないとか、割りとそんなんどうだっていいよ。俺はここに来るって決めてたんだ。あわよくば倒せればそれでいいって」
「あわよくばもありはしない。さあ来い。俺が直接引導を渡してやる」
「引導を渡されるのはアンタだよ」
二人の間にある空気が淀む。刹那、ライオネルの魔力が急上昇した。
「お前、今までなにしてきたんだ?」
「驚くのも当然だけど、俺がなにしてきたかは後で教えてやるよ」
ライオネルが足に力を込める。地面が割れ、息をするのも苦しいくらいの魔力が周囲を支配した。
そして、表情が固くなっていくエイブラムに向かって、勢いよく突進していった。




