十九話
そして三十階に到着した。正面には巨大な扉があった。中央には見たことがないエンブレム。形が異なる二つの剣が鍔迫り合いをしているように見えた。
エイブラムがエンブレムに触れてなにかをつぶやく。ドアがゆっくりと左右にスライドしていった。
ドアの向こうにはだだっ広い空間があった。中央にはなにかの装置。モニターと、ケーブルで繋がれた機械がいくつか。
『まさかここまで来るとは思わなかったよ』
モニターに電源がついた。男の顔がモニターに映し出された。クセの強いウェーブがかかった髪の毛。高い鼻と鋭い目つき。頬がコケていて少々不健康そうだ。
「アンタが鎮事府のトップか?」
『うーん、まあ、間違ってはないかな。間違ってはいないが、そもそも鎮事府にはトップとかそういう概念はないんだよ。キミたちがいる世界。オルトバを管理するオルトバ管理局というのはあるけどね』
「俺たちがいる世界、という言い方がよくわからねぇ」
『ここまで来たんだ。説明をしよう』
男が少しだけ身を引いた。暗い場所で白衣を着ていることくらいしかわからなかった。
『オルトバというのは、今から数千年前に造られた世界なんだよ。造られた理由は一つ、エネルギー供給だ。オルトバで魔法や賜法が使われると、その細かい結晶が地面に落ちる。地面に落ちた結晶は液体よりもずっと細かく重い性質へと変化して地面の深い場所へと向かう。地面の一番下の方で抽出された結晶が、ボクらの世界でのエネルギーになるんだよ』
「なぜそんな回りくどいことを?」
『そうだね回りくどいね。でも回りくどいことをしてでも手に入れる価値があるエネルギーだと踏んだんだ。と言っても数千年前のことだから正確なことはわからない。それでもかなりのエネルギーだけどね。ボクらの世界の八割を担っているわけだから』
「つまり俺たちはお前らのために存在し、お前らのために戦わされてるってことなんだな」
『そういうことになっちゃうね。でもこの話を聞いて鎮事府を壊そうだなんて思わない方がいいよ。鎮事府はいわば栓なんだよ。栓が壊れると、こちらの空気が流れ込む』
「それのどこが問題なんだよ」
『簡単に言うと、こちらの世界の上にオルトバがあるんだが、オルトバには待機中に魔法力というものがあるね。キミたちオルトバ人というのは魔法力によって生かされている。逆を言えば魔法力がなければ生きられない。しかしボクらの世界には魔法力がないんだよ。魔法力を内包しない空気でオルトバが満ちる。これはキミたちオルトバ人の生命が絶えるということなんだ』
「お前たちは魔法力がある空気を吸っても大丈夫なのか?」
『その辺は問題ないよ。キミたちには不可欠であっても、ボクらに害をなすわけじゃない。害はないが、ある手段を用いてエネルギーにできることがわかった。だからキミたちを作ったんだよ。空の上の世界、オルトバをね』
「にわかに信じられんが、この鎮事府をぶっ壊せばそれがわかるんだよな」
『おいおいエイブラム、キミ一人の意思でオルトバ人全てを殺すつもりかい?』
「正直に言うが、俺は真実がどうあれ鎮事府をぶっ壊すと決めてたんだよ。あの日からな」
『あの日、とは?』
「お前に言う必要はないだろうよ。これで全部終わらせる」
エイブラムが身構えた。だが、エイブラムの前にハリエットが立ちふさがった。
「やめろ、エイブラム」
「止めるつもりか、ハリエット」
「真実を知り、その結果で対立が起きても仕方がない。そう言ったのはお前だろう」
「そうだったな。だが、お前は俺を倒せない。お前では力不足だからだ」
「やってみなきゃわからんだろ? それに、目を覚まさせるのは私の仕事だ」
「目を覚まさせるだと?」
「妻と子供を失った。それがお前の起源だ。真実を探そうと思った一人の男の、英雄譚だろう」
エイブラムがため息をついた。そして、ヤツの身体に魔法力が集まっていく。
「それ以上言うな。言えば殺す」
「やれるものならやってみろ。ただではいかんことくらい、お前が一番よくわかっているはずだ」
「それは何年も前の話だな。今はもう、お前は俺には届かない」
「だからやってみないと――」
刹那、ハリエットの身体がバラバラに引き裂かれた。腕、脚、胴体、首。その全てが、別々のパーツになってしまったのだ。
「おいお前!」
「黙ってろライオネル。俺はやらなきゃいけないんだ。なにがオルトバだ、なにがエネルギーだ。そのために、俺たちは命さえも握られてたんだぞ。落ち着いていられるはずもなければ、大人しくしている理由もないんだ」
「ここで鎮事府を壊せば全員死ぬ」
「それでもいいと言ったら?」
ヤツは薄く笑っていた。しかし、目は笑っていない。
「俺が、お前を止める」
「それができるとでも思っているのか? 六百にも満たないレベルで、俺に?」
「ああそうだよ」
「笑うことしかできねーな。お前ごときが、俺に勝てるわけないんだよ!」
エイブラムがこちらを振り向いた。その瞬間、景色が切り替わった。
一同なにが起きているのかがわからなかった。
「わ、るいな」
小さく、声が聞こえた。それは切り刻まれたハリエットからだった。切り刻まれたはずだったのに、いつの間にか人の形へと元に戻っている。
セレスが駆け寄り、そっと抱き上げた。
「大丈夫か、ハリエット」
「んー、大丈夫、では、ないな。痛いし、疲れた」
「それだけの修復を短時間で行えばそうなる」
会話から察するに、ハリエットにはそういう賜法があるらしい。それにたぶんだが、あの場所からここに転移させたのもハリエットだろう。
「お前はいつもいつも俺の邪魔ばかりをする」
「ふふっ、エイミと約束したからな。お前が誤った道を行く時は私が止めると」
「その名前を、口にするなあああああああああああ!」
強烈な魔力がエイブラムから溢れ出す。これが最強と呼ばれた勇者の魔力か。肌がビリビリと痺れてしまう。この場にいたくないと身体が拒否する。
けれど、俺は逃げることなど許されない。
俺がセレスの前に立つのと、カレンがエイブラムの前に立つのはほぼ同時だった。
「やっぱりこうなるか」
「こうなる気は、私もしていましたよ」
「悪いな師匠。俺はお前を倒すぜ。ソイツをとめなきゃいけないからな」
「私はそれを阻止しますよ。それが私の役目ですから」
「それならお前を倒してからエイブラムを倒す」
「いいでしょう。やれるものならばどうぞ」
同時に身構えた。
「エイブラムの方は私たちがなんとかしよう」
セレスがスッと立ち上がった。ハリエットは別の誰か、というか先程ヘレンと呼ばれた少女が抱えている。
「なんとかできるのか? あれはやばいぞ」
「私たちをなんだと思っているのかしら。それに、全部終わらせてアナタを説教しないと」
「説教は勘弁だな」
「いいや、全員で説教だ」
聞き覚えのある低い声色の女性の声が聞こえた。いつの間にか、他の従者たちが近くまで来ていた。




