七話
食堂はギリギリ残っていたので、作り直しではあったが夕食は食べられた。しかし、俺とセレスの自室は跡形もなく消え、仕方なく客室を使うしかなくなった。
セラが食後のコーヒーを淹れてくれたので、自室となった客室で飲むことにした。
「で、なんでお前らもいるんだ」
コーヒカップを手にする女性が三人、思い思いの場所で座っている。
シャロンは一人用のイスに腰をおろしている。
セラはソファーの上で小さく膝を抱えている。
セレスは俺の横に座り、体重をあずけてくる。
「あんなことがあったんだ、一人でいるのはちょっとね……」
いつも強気なシャロンらしくない一言だった。それでも彼女の気持ちもわかるし、セラとセレスも心細いのだろう。
「アイツが言った一週間後って、アレ……だよな」
「ああ、きっとアレのことだな」
俺の問に、シャロンは真面目な顔で返してきた。
魔王討伐の日。勇者は一ヶ月に一度、魔王討伐に向かわなければいけない。それが一週間後。特に今この辺りにいた魔王は討伐されてしまったようなので、普段よりも多くの勇者が集まるだろう。
「普段は拡散されるはずの勇者も、魔王がセレスしかいなければ集中して当然か。最低でも四倍、下手をすればもっとだ。アタシたち従者がどれだけやれるかが重要になるな」
頭を抱えたくなるけど、ここで俺が弱気になったら、セレスはもっと落ち込んでしまう。きっとそれは一番避けなきゃいけないこと。
「セレス、魔導炉の残りはいくつだ」
アーサーと対峙してから、セレスの瞳は焦点が定まっていなかった。人前では気丈であろうとするが、ひとたび切り替わってしまえばただの女の子だ。
「ふたつ……」
見間違えではなかった。
いい判断力だった。魔導炉が二つ残っただけでも奇跡なんじゃないかと思える。
魔導炉を失った人間は、灰になり大地に帰る。その姿を見なかっただけましだ。
「残ってる魔導炉の特性は?」
「空間と修復」
修復を選ぶのは彼女らしい。空間を選んだのは、従者である俺たち三人を同時に回復させるためだろう。
ただ、戦闘要員としてはかなり弱くなってしまった。
「どうだセラ、アーサーはもう一度来ると思うか? 来るとしたらどのタイミングだと思う?」
セラはアゴに指を当て、目をつむって思考していた。彼女に聞いたのは、それが適任だと思うから。
「来ると、思います。しかも最悪のタイミングで。勇者の群れには混じらず、こちらを消耗させてから蹂躙するつもりかと」
「いつも以上の数を、しかもセレス無しでやるのは骨だなぁ」
軽く言ってはいるが、シャロンも相当悩んでいるはずだ。
戦った感じだと、どんな賜法でもアイツには通用しない。それなのに大衆戦闘のあとでやりあうなんて、あまりにも分が悪すぎる。
「いくら修練を重ねたって、一週間でできることなんてたかが知れてるな。それなら、なにか策を考えた方がよさそうだ」
「ライにはなにか策があるんですか?」
「ないよ。ただ、そうだな。俺一人で大量の勇者を相手にするとか、そんなもんか」
三人の視線が一気に鋭くなった。
「一人でなんて、いくら時間を止められるからって無理だよ……」
「セレスの言う通りだ。広範囲攻撃ができないお前じゃ、全員倒す前にお前が死ぬ。賜法の使いすぎでな」
本来賜法の使いすぎで死ぬなんて、相当酷使しなければあり得ない。けれど、俺の賜法は身体への負担が大きいため、他の三人によって使用限度が決められてしまっていた。
三分停めると、少しずつ視界が揺らいでいく。
五分停めると、鼻や耳から血が垂れてくる。
それ以上に停めていたことがないからわからない。これは断続的に使用した時も同じような現象が起きる。一日の合計で五分以上は停めていられないのだ。
「この中で一番大衆戦闘に向いてるのはアタシ。当然、雑魚の相手はアタシがやる」
「確かに広範囲攻撃って意味ではシャロンが一番なんだろうが、あの攻撃は……」
「大丈夫、雑魚相手なんだしなんとかなる」
「それでは、あのヴェロニカという同志の相手は私がします」
静々と、セラはそう言った。おそらく、自信があっての発言ではない。
セラ=ブラウニングという少女は、この城の中でも参謀であり、指揮官のような役割を担っている。それだけに、戦力的な面やそれぞれの特徴を考えた上で、自分の立つべき戦場を決めたのだろう。
「あの人もアーサーほどじゃないけどかなり強そうだぞ?」
「わかっています。けれど、アーサーを相手にするよりは楽だと思いまして」
「おい」
「冗談です。私の賜法ではアーサーを相手にできません。そもそも私の魔導特性や賜法は奇襲や拘束に長けるものが多い。お嬢様を守ったまま戦えるとは思えないのです」
「お前はセレスとアーサーを対峙させるつもりか?」
「私たちがどうこうというよりも、アーサーは間違いなくお嬢様を狙ってきます。つまり確実にお嬢様とアーサーは顔を合わせる形になりますね」
「で、俺がその相手をすると」
「彼はなぜライを蹴り飛ばしてから賜法を使おうとしたのでしょう。そしてなぜ、私やシャロンを突き飛ばしてから賜法を使おうとしたのでしょう」
思い当たる節はあった。
あの〈完全破壊〉は強力だが、必ず相手を引き離してから使っていた。
結論を導き出すとすれば、そうする必要があった、もしくはそうしなければならなかったということ。
「彼は自分で放った完全破壊をコントロールしきれていないのではないか、と私は思います。威力が強すぎるが故に、自分にも被害があるのではと」
「推測としてはいい線いってるかもしれないけど、それがブラフでないって可能性は? 俺が考えるに、あの性根の腐ってそうな奴だ、平気でやりそうだぞ?」
「可能性を考えなかったわけじゃありません。けど、現在の状況からしてそこに縋るしかないんです」
「じゃあなにか? 藁が藁以下だった場合、俺は知らないうちにあの世行きってわけだ」
「彼が賜法を制御できないというのが木の棒になるか鉄の鎖になるかは、その場に行ってみないとわかりません」
「で、それが藁以上になった場合、俺はなにをすればいい? 俺はなにをすれば、セレスを守れる?」
俺に寄りかかるセレスを見れば、不安そうな顔で見上げてきた。こうして見ると小動物に近いなにかがある。嫌いではないけど、少しばかり緊張感にかける。本人にそのつもりがないというのがまた問題だ。