四話
エイブラムの部屋を出て、言われた通りに訓練場へとやってきた。俺たち以外にも自由に組手をしているヤツらが結構いるみたいだ。一対一であったり三対三であったり五対五であったりと、人数によって部屋の大きさを使い分けている。
戦っている様子を直に見ることはできない。入り口は一つで窓もない。が、その部屋の前と、訓練場の休憩所にモニターが設置されている。
二十五メートル四方の部屋に入った。プシューっとドアがが閉まって完全な密室になる。二人だけの密室空間だ。こういう言い方をするととてつもなくいやらしい感じがするのはなぜだろう。
「さっそく始めましょうか、ライオネル」
「面倒だからライでいいよ。長いしな、名前」
「わかりました。これからはライとお呼びしましょう」
「その敬語もなんとかなんないのか?」
「すみません、誰に対してもこんな感じなんです。いけませんか?」
「いや、それがアンタのキャラだってんならそのままでいいよ。んじゃあ始めるか。なんかルールはあるか?」
「一応エイブラム様から言われています。まず賜法の禁止。魔法も純粋な強化のみ。つまり、ほぼ純粋な肉弾戦ということになりますね」
「俺から賜法をとったらなにも残らないんだが?」
「つまりそういうことです。エイブラム様としては、賜法だけの勇者だと困るということなのでしょう」
「今までそこそこ頑張ってきたけど無理だったんだよな。これ以上強くなれる自信がない」
「そこそこでは駄目です。ガッチリやっていくので覚悟していてください。どれだけ痛めつけてもいいと言われていますので」
「エイブラムに、か」
「ええ。それに、アナタと同じくらいの強さ、もしくはちょっと強いくらいの人とやってもあまり意味はないと思いますよ。最低でも私くらいでないと」
「自信があるんだな」
「それはもう。そうですね、私に一発でも食らわせることができたらご褒美を差し上げましょう」
「ご褒美だと……?」
「なんでもしますよ」
「ん? なんでも?」
「なんでも」
「それを聞いてやる気にならないヤツはいないだろ。覚悟してろよカレン。俺だって男なんだ。言われるっきりじゃないぜ」
そう意気込んだのもつかの間だった。
こちらの攻撃はすべて避けられ、一分に一回は投げ飛ばされ、五分に一回は意識が飛びそうになった。
戦闘技術もそう、身体の扱い方もそう、なによりも強化の質が違い過ぎる。
俺の攻撃を避けるのはギリギリまで待ってる。でも当たらない。ギリギリまで待ってるのはフェイントを警戒しているのと、これくらい待っても問題ないという余裕を誇示してるんだろう。
そしてカレンの攻撃が見えない。拳がとか脚がとかじゃなく、身体の動きが滑らかすぎてこちらの脳がついていかれないのだ。
「どうしてこうなるのか……」
うつ伏せの状態でそう言った。もう顔も上げたくない。蹴られたりするわけではないが、啖呵切っておいてこれはヤバイ。土下座の上位レベルと言っても良い土下伏せとでも言うのだろうか。
「うーん、そうですね。まず強化にムラがりすぎますね。ちなみに、ライはどこを強化していますか?」
「どこって、腕に脚に身体に」
「まずちゃんと座るか立つかしてください……」
「うい」と言ってからあぐらをかいて座ることにした。
「それで、今言った場所の筋力の強化、肌の硬化を中心にしてるんですか?」
「まあそんな感じだな。速く強く固くって考えて強化してる」
「そもそもそれが問題なのです。柔よく剛を制す、という言葉を知っていますか?」
「まあ、一応知ってることは知っているが」
「速く強く固く、というのは剛の考え方なのです。かと言って遅く弱く柔らかくすればいいというものでもない」
「じゃあどういうことなんだよ。もっとわかりやすく説明してくれ」
「そうですね。速く強く攻撃するために筋力を強化、防御面を補うために肌を硬化。ここまでは合っています。ですが、それだけでは使い切れないのですよ。強化という魔法も、その身体自体も」
「魔法と身体を使い切れてない? 脳のリミッターを外せ的な意味で?」
「それも違います。ライが行っているのはあくまでハード面の強化だけなのですよ。ですから、これからはソフト面の強化を重点的に行っていきましょう。当然ハード面の強化ももっと必要ですが」
「ソフトってのは、例えば?」
「脳の処理能力、眼球の動きと脳への情報伝達能力、血液の流れ、神経の感受力、空気の読み方。そんなところでしょうか」
「そんなとこまで強化すんのかよ……」
「ええ、それができれば今より遥かに強く慣れるでしょう。当然、対人戦闘という限定的なものではありますし、賜法を抜きにした場合に限ります。普段の戦闘は、ソフト面の強化、ハード面の強化、それに賜法や他の魔法を併用して戦いますから」
「うへ、やることめちゃくちゃ多いじゃん」
「わかりませんか? アナタはまだそのレベルなのですよ。私が指導できるということはエイブラム様も当然わかっている。誰にケンカを売ろうとしていたのか、少しでもわかりましたか?」
「そう言われると本当に自分が情けなくなるな。自分では精一杯やってるつもりだったんだが、上から見下されればこんなもんか」
「今は悪い部分を上げました。ですが、いい部分も当然あります」
「ほう、それは? ぜひ教えて欲しい」
「まずは自分の攻撃が敵に回避、防御された時のフォロー。これは完璧です。身体と頭がついていっていないだけで、今のままを維持すれば問題ないでしょう。あとは相手からの攻撃を受けた際の対処法、これも大丈夫です。今まで戦っていた人たちに教わったのかもしれませんし、アナタが自分で考えついたのかもしれません。でも、アナタにはアナタのいいところがあります。そこは大事にしていきましょう」
両手を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。
カレンは教師に向いているんじゃないかと思う。教えるのも上手いし、なによりも人をよく見ている。俺みたいなのに教える役割を任されるのだって納得できる。
「じゃあ、もうちょっと頼むわ」
立ち上がり、尻を叩いた。
「ええ、いいですよ」
彼女が静かに構えをとった。
こうして、またしばらくの間やられ続けた。
いつになったら彼女を好き勝手できるようになるのかと、ただそればっかりを考えていた。




