二話
「この施設は五階建てになっています。二階から五階まではほぼ同じ構造ですが、一階だけはトレーニングルームがあったりする関係で少し構造が違います。二階には食堂や売店などがあり、居住区は三階から五階になります」
「ここは二階だよな?」
「そうですね。ちなみにライオネルの部屋は五階になるので少し歩くことになります。ちゃんとついてきてくださいね」
「おう。で、訊きたいことがあるんだけどいい?」
「ええ、どうぞ」
「大陸的に言えばここはどこになるんだ? それと建物の外はどうなってる?」
「ここはノースレリックの最北端になります。建物の外は、表が森、裏が断崖絶壁の海になります」
「なんつーとこに本拠地を構えてんだよ。困ったら裏手から逃げられねーじゃねーか」
「常勝無敗、我が身は既に背水なり。というのがエイブラム様の口癖ですので」
唇に人差し指を当てて「ふふっ」と笑った。今まで俺の周りにはいなかったタイプの異性だ。とても可愛らしく、それでいて大人っぽい。見た目と態度のギャップがいい感じにマッチしている。
ちょっとした雑談をしながら廊下を歩き、横開きのドアに中に入った。中は箱になっており、この箱が上に下にと人を運ぶ。エレベーターというやつらしい。世の中には便利なものがたくさんあるんだな。
密室で男女が二人きり。カレンの髪の毛が甘く香るので、ちょっとだけ意識してしまった。
ふわっと浮遊感がやってきて、あっという間に五階に到着してしまった。
エレベーターを降りてまた歩く。けれど距離は短かった。
「ここがライオネルの部屋になります」
案内された部屋のドアには俺の名前が書いてある。一人一室、しかも名前入り。恵まれてるというか、押し込められているというか。
ドアノブがない。ここが本当に部屋なのかと疑ってしまう。
「ちなみに訊きたいことがまだあるんだけど」
「遠慮せずに訊いてください」
「カレンの元パートナーは誰だ? エイブラムの近くにいたってことは、ヤツに信頼されてるってことだろ? それに俺の賜法を知っているんだ。それ相応の実力があってこそだ」
「なかなか鋭いんですね」
「鋭い、か。普通に会話して、様子伺ってればこれくらいは疑問に思うだろ。それくらいバカにされてたんだろうけど」
「バカにしていたつもりはないのですが、エイブラム様からは「なにも知らない子供だと思って接しろ」と言われていますからね」
「全部アイツが原因かよ。で、アンタのパートナーは?」
「別の人のパートナーになりましたよ。ある程度この組織に馴染んだら、今度は新人の教育役として充てがわれる。それがここのシステムですので」
「まあ、なんとなくわかったわ。とりあえずこれで最後の質問。カレンの部屋は?」
「ライオネルの隣ですよ。よろしくお願いしますね」
屈託のない笑顔。こんな女性に微笑まれたら誰だって照れるだろう。
「お、おう、よろしく、な」
「これが鍵になります」
手渡されたのは一枚のカード。こんなのが鍵になるのか。
ドアの横のカードリーダーというヤツに、上から下にスライドさせた。ピピッと言う音がした。普通のドアならばドアノブがある場所はただの鉄板。その鉄板に手を触れると、ドアが横にスライドした。
「はー、すげーな」
「魔導力に反応して開きます。なので一般人は入れないのです。それと、部屋の中には勇者デバイスがあるのでそれを付けてくださいね。カードキーは常に持ち歩いてください。あと通信デバイスも」
「おーけー、把握した」
「その他の連絡はまた明日しますから、今日は部屋の中でのみ行動可能となります。質問はありますか?」
「ないわけじゃないが、今日はもういいや。疲れたしな」
「そうですか。それでは、ゆっくりおやすみください」
「ありがとう、また明日」
カレンに別れを告げて室内へ。短めの通路、その先にはリビング。リビングに行く途中にトイレと風呂。リビング以外には空いた個室が二つ。ダイニングキッチンが右端の方にある。
「いや、広すぎでしょ。全部こんな感じなのかよ」
至れり尽くせりってのはこういうことか。
リビングの机の上には勇者デバイスと通信デバイスがあった。通信デバイスは小型で、手のひらにすっぽりと収まってしまう。使い方は明日訊けばいいか。
勇者デバイスの腕輪の横に、魔王デバイスである指輪を置いた。
エイブラムは魔王デバイスを回収しなかった。思い出としてとっておけばいい、と俺に言ったのだ。俺が魔王側に寝返る心配がないと言っているようなものだ。
癪に障るが、ヤツの思惑通りだ。俺が無茶をすればセレスティアたちがどうなるかわからないんだから。
本当にこれでいいのだろうかと、魔王デバイスが俺に問いかけているように感じた。
腕輪を手に取る。これでいいかどうかなんて、今決めるようなことじゃない。俺としては「このままでいいわけない!」と言いたいところだが、俺の気持ちと現状はまったく別物だ。
腕輪に左手を通した。
その瞬間。大きめの腕輪が一気に収縮して手首で固定された。内側には俺の名前が出てきた。俺専用の勇者デバイスってことなんだろう。
これで俺は勇者になった。が、特になにかが変わったわけじゃない。勇者になったからレベルがあがったりするわけでもないし、いきなり強くなるわけでもない。
いや、少しだけ違和感がある。身体が、というか魔導力的な意味で窮屈というか。形容し難いけれど、出力が抑えられているような感じがある。
こういう違和感は重要になるかもしれない。勇者デバイスと魔王デバイスの差異、使用感、それらが二つのデバイスの本当の意味を教えてくれるかもしれない。
室内を見回り、どこになにがあるかを把握しておく。食堂が二階にあるとか言っていたが、一応個室にも肉や野菜が保存されていた。冷蔵庫も大きい。
クローゼットの中には新しい服が用意されていた。下着はもちろん、ピッチリとしたアンダーウェア、ジャケットにパンツ。問題は全部同じ色、同じ形で面白みがないってところか。寝間着用の、ちょっとダボッとした服もあるな。
シャワーを浴びた。風呂場も浴槽も広い。お湯も水もなかなかに威力がある。
支給された服を来てみた。なんというか、アンダーウェアがなかなかどうしていい感じだ。汗を吸いながら身体を冷やさないようになっているんだろう。
冷蔵庫から水を取り出した。水にお茶にジュースに酒に。本当になんでも揃っている。
冷たい水は身体に染みた。こんなにも喉が乾いていたのか、俺は。
ベッドに飛び込んだ。ダブルベッドの大きなベッド。ふかふかでバインバイン跳ねる。こんな上質なベッド、一生縁がないと思っていた。
急に、眠気がやってきた。たぶん、自分でも気付かないくらい緊張してたんだろう。
いい、寝よう。疲れを取れ。力を溜めろ。自分にできることをする以外に、俺には道がないんだから。
目蓋を閉じればやってくる。深い深い闇の底から手が伸びてきて、俺の身体を掴んで引っ張るんだ。
抵抗なんかしなかった。ただ、この眠気に任せて寝てしまえばいい。そう思ったから。




