六話
「君はなにもわかっていない。僕の〈完全調律〉は常に発動し続け、相手の魔導力に反応する。君が時間を止めようが、君自身が加速しようが関係ないだよ」
「爽やかに言ってくれるよな。そんなクソ強いもん、卑怯じゃないか」
「ついでに言わせてもらえれば、僕の魔導炉は――」
耳を疑うような発言だった。特に、俺のような存在にとっては羨ましくもあり、逆に畏怖の対象としても見えてしまう。
「もう一度言おうか? 僕は、百以上の魔導炉を持っている。当然、特性は全て魔導炉に適応させてある。苦手な特性はなし。全てを百パーセント使いこなす、最高であり最強の勇者。それがこの僕だ」
自分で言うかよとは思うが、なぜか苦笑いしか出てこない。きっと俺の身体、俺の魔導炉が感じてしまっている。
『彼の言うことは間違っていない』と。
「いい賜法でしたよ〈疾風迅雷〉は。けれどまだまだですね。物を壊すとは、こうやるんですよ」
アーサーは腕を上げ、今度は先ほどよりも早く光の塊を作り出した。
その腕を振り下ろす時の笑顔は、とても醜く、酷く歪んで見えた。
「〈魔導完結〉! 全てをゼロにしろ!」
あんなモノが直撃したら、きっとこの城ごと吹き飛んでいただろう。けれど、それを防いだのはセレスの賜法だった。
魔導完結。
魔王が魔王であるが故に使える、魔王だけの究極の賜法。
どんな賜法だろうと関係なく打ち消し、ゼロにする。無に返し、なかったことにできる。全ての魔王が使える技ではあるが、決して便利なものとは言い難い。
なぜならば、魔導完結を使うと失うモノがあるから。
「魔導完結か。まさかこんなに早く使うとは。そんなにこの城が大事なのかな?」
「城ではない、従者が大事なんだ」
「従者のために使うなんて、貴方の魔導炉はどれだけ安いんだろうね」
そう、魔導完結は魔王であれば使える。が、その代償として自分の魔導炉を一つ消費しなければいけない。魔王は強力な魔導力や魔導炉を有しているからこそ魔王として存在できる。力の象徴ともとれる魔導炉を差し出すということは、魔王としての価値を自分で失墜させていくに等しい。
ちなみに、魔導炉を一つも持たない者は、生きてはいられない。それはどうしてか、と言われても俺にもわからない。単純に、生きるために必要な器官だとしか言いようがないのだから。
「この分なら、魔導炉を空っぽにして殺すこともできそうだね」
「その前に殺すさ」
「できるかな? 僕の〈完全破壊〉は物質を完全に破壊する。壊せないものなど存在しないんだよ? 僕が攻撃を仕掛ける度に、貴女は魔導完結を使用するつもりかな?」
「やらせねーよ!」
身体を限界まで強化して拳を叩き込んでやる。しかし、感触がない。
「ただ拳を振るうだけが従者なのですか?」
不意打ちともとれる動きにも的確に反応し、俺は返り討ちに遭ってしまう。回し蹴りで脇腹を蹴られ、思い切り壁にぶつかった。幸いにもあばら骨は折れなかったらしいが、ヒビくらいは入っててもおかしくない。
「さあ行きますよ!」
両手に光の塊を生成したアーサー。それを躊躇なく、しかも無作為に放っていく。
この攻撃を防ぐ手段はない。時間を止めても意味がなく、そのままだとセレスの魔導炉が消えていく。
自分に当たらなければどうとでもなる。そう言いたそうに、シャロンがアーサーへと直進する。使用武器は頭部が小さいロングハンマーだが、接近戦もちゃんとできる。柄の部分を使って相手との距離を取り、自分の間合いに調整するのだ。
しかし、そう簡単にはやらせれくれないらしい。
見ているだけでもわかるが、アーサーは異常なほどに高い魔導力を持っている。魔導炉が多いだけなのか、魔導炉自体も大きいのかは不明だ。それだけじゃなく、彼の身体能力は並外れている。強化をしているのもあるだろうが、勘がよく目もいい。
「そんな攻撃で僕を止められるとでも――」
突如、背後からセラが現れた。脇を締めた強烈な横薙ぎがアーサーを狙う。
セラが持つ賜法〈陰影埋没〉は、影から影に移動する能力を持つ。俺やセレス、シャロンが目を引き、その間に影に潜んでおく。光が相手の前にあれば、影は必然的に後ろにできる。
「なかなかやるじゃないか!」
シャロンの攻撃を避け、セラの鳩尾へと肘を入れる。よろけたセラを背後へと蹴り、その勢いで突進。シャロンを殴り飛ばした。
「消えなさい」
再度生み出された光を、彼女たち二人に向けてアーサーは撃ち出す。
「シャロン! セラ!」
俺が叫ぶのと同時にセレスが飛び出していく。
また魔導完結を使うつもりなのか。これ以上魔導炉を失っては、魔王としてやっていかれなくなる。
たくさん失敗したけど、たくさん努力したじゃないか。立派な魔王になるために賜法を編み出して、人々を救ってきたじゃないか。
『私は人を守っていきたい。その隣にライがいてくれればいいな』
そう言って笑いかけてくれたのはどこの誰だよ。
俺の心の叫びも虚しく、セレスは光の玉をかき消した。
「正気か! 魔王としての地位よりも従者を選ぶと!」
部屋中を光の塊が乱舞する。壁をぶち破り、天井も落ちてくる。イスやテーブルなんて影も形もない。
彼自身も狙いを定めていないのか、もう滅茶苦茶としか言いようがなかった。
幾度とないアーサーの攻撃。無作為でテキトーとも言える光の舞。避けられるものは全て避けた。
どれだけそうしていたのかもわからない。全身汗だくで膝も笑っていた。腕は胸から上に上がらず、精神もだいぶすり減らした。
それでも、俺たち従者へは直撃はなかった。
「ふう、そろそろ時間、かな」
城の半分以上が倒壊した頃、アーサーは攻撃の手を止めた。よく半分で済んだなとは思うが、上空への攻撃も多かった。
「やりすぎよ、アーサー」
いつからいたのかわからないが、瓦解の上に一人の女性が立っている。名前を呼んだということは、二人は同志の可能性が高い。
髪色は赤く、ショートカットなのもありまるで炎のようだ。シャロンと似たか寄ったかというくらいには露出の高い服を着ている。背中に背負うは長物の槍。貫禄があり、見るからに手練だった。
「やあヴェロニカ。魔王も従者もあまりにも不甲斐なくてね、思わず熱が入ってしまった」
まただ、またあの含み笑い。口角が釣り上がり、嘲笑とも取れる。
あの顔を見ていると、腹が煮えくり返るようだ。城を壊しただけじゃなく、俺たちを見下しあざ笑っている。自分のことよりも、セレスをバカにされたことがなにより許せなかった。
「大丈夫か、セレス」
へたれ込み、肩で息をしているセレスに駆け寄った。こんなボロボロの姿を見たのは初めてで、正直驚いていないと言えば嘘になる。けれどそんなことはどうでもいい。
「だい、じょうぶ。まだやれる」
そう言う彼女の瞳は死んでいない。
賜法を広げながら使い、俺たちの命を何度も救った。その回数、十二回。瞳は死んでいないけれど、魔王としてはもう死んだも同然だった。
「満身創痍みたいだね、セレスティア嬢」
「魔王を舐めないで欲しいものだ」
セレスは右肩を抑えながらも立ち上がり、アーサーと向き合った。
「いや、今日はやめておきましょう。楽しみはとっておく主義なんだ、僕。好きなモノは最後に食べる主義だしね」
ニコリと笑い、ヴェロニカと呼ばれた女性の元へと飛んだ。一歩で、身長の十倍以上はあろうかという場所へと跳躍した。
「言っておくけど、僕のレベルは三百八十、ヴェロニカは三百だ。今の君たちじゃ、どうやっても勝てないよ!」
「うるせーよクズ野郎。ここで見逃したこと、次会った時に後悔させてやる」
俺はそう言って、拳を堅く握りしめた。
「その言葉、そっくりそのまま返してあげますよ! その身体でどれだけやれるのか、一週間後が楽しみですね!」
アーサーもヴェロニカも霧状になり、空気に溶けた。音もなく、まるで最初からいなかったかのように消えていった。
魔王セレスティアと従者たちは、初めて勇者に敗北した。見逃してもらうという形で生を得て、非常に口惜しい結果を残した。