十七話
深く考えすぎるなと自分に言い聞かせた。
リンドヴルムが咆哮した。そして、一気に距離を縮めてくる。
速く、力強い。回避も容易ではない。それはきっと相手の身体が大きいからだ。近づかれたと視認してからの回避では、賜法を使わなければ避けられない。けれど賜法を使い続ければ魔導力が尽きる。もう少し速く反応し、極力魔導力を抑えなければいけない。
「気絶させればいい」
どうすればいいのか、どうしたら勝てるのか。
四光とは、加減の特性を持っていなければその域へと到達できない。加減の特性を使って、他の魔導炉を操作できなければならないからだ。
では、同じことを魔王がしたらどうなるのか。逆に、なぜ今まで魔王がそれをしなかったのか。
ハリエットの仲間になるという件に関して、最初は惰性でしかなかった。仕方ないとも思った。けれど、少しずつ考えが変わってきている。彼女の近くにいれば、今まで知らなかったことも知れるのではないか。
魔導炉という特性がないため、気質特性をどこに設定すればいいのかわからない。生命か、精神か、時
間か、空間か。
空中でリンドヴルムの攻撃を避けながら試行錯誤を重ねた。リボルバーの球を幾度となく入れ替えて、けれど魔導力の消費は抑える。
どうすれば四光が使うあの力が使えるのか。本質的には魔王と勇者は変わらないはずだ。それならばできないことなどなにもない。
けれど、歯車は一向に噛み合わなかった。大きな歯車はある。その間に挟むはずの、小さな歯車が見つからない。
目の前に、大きな影が接近してきていた。気付くのが遅れたせいで、リンドヴルムの攻撃をまともに食らってしまった。
腕で受け止めるが、リンドヴルムの尾は想像以上に強力だった。
彼女は失念していた。あのドラゴンが叡龍と呼ばれていること、それは知恵があるということ。暴走していると言っても、その賢しさは健在であった。自分が避けている間にもリンドヴルムも試行錯誤を続けていたのだ。
地面に打ち付けられた。それを追ってくるリンドヴルム。だが、セレスティアを守る者たちがいた。
従者とヘレンだった。全員が強力して障壁を張っている。正確には、ヘレンが張った障壁を全員の魔導力でカバーしている状態だった。
「やめなさい」とは言わなかった。従者は魔王を守るもの。魔王は従者を守るもの。それならばこういう形は、本来あってしかるべきものだから。
まだ耐えられると、長く細く息を吐いた。
足りないもの。それはきっと「どうやって魔導炉を加速させればいいのか」である。
「そうか、加速だ」
なにを、どうやって、どうするのか。魔導炉と魔法の考え方にはそれがつきまとう。どの特性を、どの特性で、どう使うのか。
魔導炉という特性がないのであれば、その魔導炉を持つ自分自身を使えば。
自分とは、生命であり、精神だ。その二つに焦点を当てる。属性はいらない。加減の特性は当然として、他になにを選べばいいのか。
「時間と、理解、分解、強化、修復。イヤ違う」
生命と精神を理解し、分解し、時間を加速させる。でも加速させるのは自分の中にある「特異点」だけ。そのための分解だ。特異点の時間を加速させて、修復そして強化。
「これが、私の答えだ。」
今までとは違う感覚があった。皮膚の上に膜があるような感覚。クリームを塗られているようでも、水に覆われているようでもない。今までにない感覚だった。
おそらく、四光はこんな面倒な肯定を踏んではいないだろう。けれどセレスティアはこれ以上思いつかなかった。魔導炉という特性がない以上、それを探す手段を作らなくてはいけなかった。
「これでいい。私は私だ。魔女、セレスティアだ」
飛び出した。従者の脇を抜け、一気にリンドヴルムの前に出た。
なんのためにここに来たのかと、この時自分に問いかけていた。寿命を縮めると言われる人工魔導炉の施術をしたのはなんのためだ。誰のために、なんのために無理をしようと思ったのか。そんな無茶を、無理を、どうやって受け止めたのか。
「私は、私の全てを守るんだ!」
自分だけじゃない。自分の周りにあるもの、自分の周りにいる人たち。その全てが、自分という形を形成しているのだ。
だから、守るのだ。自分を守るとは、そういうことのなのだ。
リンドヴルムの後ろ足の爪を掴んだ。指がめり込む程に力を込める。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
力ずくで、空中から引きずり下ろした。
轟音を立てて地面に落ちるリンドヴルム。またすぐに飛ぼうとするも、セレスティアがそれを許さなかった。
後ろ足のももに一撃蹴りをくれた。そして鱗の皮膚を駆け抜けて、今度は腹部を思い切り殴りつける。
リンドヴルムの身体が小刻みに左右に揺れる。セレスティアを振り落とそうと暴れているのだ。
そんなことなど気を止めずにセレスティアは駆け抜けた。その巨体を縦横無尽に駆け抜けて、ようやく顔面にたどり着く。
「ごめんなさい」
頭の中でリボルバーに新しい弾を込める。重力、光輝、集中、破壊。
そう言いながら、一度鼻に手をかけてから上空へと跳躍した。今までセレスティアがいた場所に、リンドヴルムが作ったであろう炎の球がいくつも交差した。
空中で停止。今できる最大の攻撃を。けれど殺さず、威力は強く。
「行くぞ! 【流星落蹴】!」
新しい特性の他に旋風、追跡、空間も追加した。
光の速度で空を裂き、重力によって威力を上げる。追跡の特性で鼻にマーキングしておいた。だから、彼女の蹴りは一直線に鼻先へと降り注ぐ。集中によってダメージを集め、周囲を巻き込まないように配慮した。範囲攻撃には向かないが、一点攻撃に関しては文句のつけようがない。
ドンっと、大きな音がした。
リンドヴルムの鼻を蹴り、そのまま地面に押し込んだ。そのため、リンドヴルムの顔が地面にめり込んだ。
攻撃が当たるのと同時に傷を癒やした。そのため、致命的な外傷はない。
リンドヴルムは爪の一本も動かさなかった。気力がないのではない。もうすでに意識がないのだ。
「お嬢様……!」
セラが背中から抱きついてきた。
「ちょっと、痛いわ」
「私も痛いです」
「もう……」
イヤな気はしなかった。久しぶりに人のぬくもりというのを実感した。
思えば、セラもシャロンもこうやって常に愛を注いでくれていた。ライが奪われてから、それを感じることさえもやめてしまった。あの頃の自分はバカだと、セレスティアは自嘲気味に笑った。
「まだ油断しないでください」
疲れた顔のヘレンが言う。
皆の視線がリンドヴルムへと注がれた。
ぐぐぐっと、巨体が起き上がってくる。
全員が身構えた。




