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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
【魔王の資格】〈セレスティア=ウォルト=クロムウェル〉
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十五話〈リターン:セレスティア=ウォルト=クロムウェル〉

 周囲が騒がしくなってきて、セレスティアは目蓋を開く。正面にある壁掛け時計を見ると、二時間ほど眠っていたことになる。


「ハリエット、なにかあったの?」


 せわしなく、メイドと共に動き回るハリエットに声をかけた。


「少々面倒くさいことになった」

「面倒くさいこと?」


 ハリエットは頭をガリガリと掻いた。そして、面倒くさそうにしながら話し始めた。


「周囲の魔獣たちが急に暴れ出したんだ。意図して起こったことなのかは、まだわからない」

「なにか問題でも?」

「集落に被害が出始めてるんだよ。グランゼニアを守るのは私の仕事。だが、少しだけヘレンが気がかりだ」

「ヘレンはアナタが認めた従者なのでしょう? それならば心配することなどないと思うが」

「魔獣は凶暴化しただけじゃない。レベルが異様なほどに上昇している。このままでは、リンドヴルムの元に向かったヤツらはただじゃ済まないだろう」

「リンドヴルムも凶暴かしているのか」

「おそらくは、だ。だが凶暴化とレベルの上昇が同時に行われた場合、リンドヴルムと戦うことは死を意味する。普段ならば温厚だから、血の一滴くらいならばもらえるはずだ。けれど凶暴化したリンドヴルムは人の言葉を理解しようとすらしないだろう」

「じゃあ今すぐにでも応援に向かわないといけないわね」

「リンドヴルムと戦えるだけの能力を持つのは私くらいなものだ。だが私はここから離れられない。誰が行くというんだ」


 セレスティアは目を閉じ、魔導力で体内を探った。魔導炉が復旧している。リンドヴルム血などは魔導炉の復旧には関係ないのだろう。必要な物を持って来い、そうすれば復活させてやる。ただそれだけのこと。確かに、ハリエットは「花や血液が魔導炉の復活に必要だ。だから取ってこい」とは言っていない。


 彼女の言い分を信じるのであれば放っておくわけいかない。


 セラもシャロンもヴェロニカも、自分のためにリンドヴルムの元に向かったのだ。【魔導完結】で味方を守るという選択肢を選んだのは自分自身。それなのに、自分よりも魔導炉のことを心配してくれた。


 お嬢様、お嬢様と世話を焼いてくれたセラ。年下なのにしっかりしていて、彼女なしでは日常生活も不安になる。でも可愛い部分もあり、妹のように思っている。


 お嬢、お嬢と背中を押してくれるシャロン。年上なのに少し抜けていて、けれど彼女がいたから割り切ることを覚えた。困ったときは指示を出してくれる。間違いなく、姉のように慕っている。


 ヴェロニカとは出会ってほどないが、真面目で周囲の人間をよく見ている。彼女もまた自分の従者であり、新しい姉のような存在に感じていた。


 誰が守るのか。それは、魔王である自分しかいないのだ。


「私が行くわ。魔導炉も戻してもらったことだしね」


 椅子から飛び降りて、腕をぐるりと回した。三度ほど小さく飛び上がり眠気を覚ます。


「おい、お前が行っても意味はないぞ。お前は魔王かもしれないが、ツビ抜けて強いというわけではない。死亡者が増えるだけになる」

「じゃあ、どうすればリンドヴルムと戦える? 勝てなくてもいい。負けなければそれでいいの。暴走を抑える方法でも構わない」


 魔導炉が戻らなかったとしても、セレスティアはリンドヴルムのところへと行こうと思っていた。従者が自分のために命をかけてくれているのに、当の本人である自分が覚悟を決めなくてどうするのか。そうやって奮い立たせた。


 ライオネルを取り戻したいのは皆同じ。でも、その気持ちが一番強いのが誰か。そう問われた時、自信を持って「私だ」と言える。その自信がある。魔導炉を復元するのもそう、ライオネルを取り戻すのもそう、誰が、誰のために、なんのためにそれをやるのか。考えなくても答えは出ていた。


「本気で言ってるのか? お前がリンドヴルムを止めるなど、ハッキリ言ってできるとは思えない。どんな手を使っても無理なものは無理だ」

「いや、絶対にある。少なくとも、私の従者たちを守る手段はあるはずよ」

「あることはあるが、結構命がけだ。それをお前にやらせたら、お前の従者たちになにを言われるかわかったもんじゃない」

「あるのならばそれでいい。誰にも文句など言わせない。私が、私のためにやる。私が、従者のためにできることがあるのなら、それをやるんだ。それが私のためになる。彼女たちは、私が守る」


 セレスティアの眼光は、今まで生きてきた中でも最も鋭かっただろう。眼光を向けられたハリエットでさえも喉を鳴らす。それほどき気迫に満ちていた。


「方法はある。一気に強くなるような強烈なヤツが」

「すぐにできるか?」

「五分もあればできる。問題は時間じゃない。お前の身体が耐えられるかが問題だ。それに寿命も縮む。お前がお前でなくなる可能性だって低くない」

「それでもやる。どんな形であれ、私が自分の意思で前に進まなければならない。たぶんその時が来たんだと思う。だからやって欲しい。もう時間がないんだろう?」


 セレスティアが笑う。「そうしなければヘレンも死ぬぞ?」と、瞳で語る。


「……目を閉じろ。痛くても耐えろ」

「承知した」


 そっと、目蓋をおろした。


 従者たちの顔が浮かんでくる。済ましたセラの顔、面倒くさそうなシャロンの顔、ふてくされたアーサーの顔、呆れたヴェロニカの顔。そして、照れたライオネルの顔。笑顔じゃないんだなと思ったがそれでもよかった。それが望んだ日常の姿で、そうなるように努力するのが自分の務めなのだと、その時ようやく理解した。


 もう立ち止まれない。ここからはただ、走り続けることしかできなくなる。


 ハリエットがポケットから赤い魔導結晶を四つ取り出し、セレスティアの方へと投げた。するとなにかに遮られるわけでもなく、魔導結晶が空中で停止、その場でクルクルと回り始めた。


「契約を結びし枢機の精よ」


 魔導結晶が光を放つ。小さな指先ほどしかない魔導結晶の光は、室内を赤く染めた。


「汝、命を捧げ不浄なる嬌声に従え」


 空中に魔法陣を描く。


「我が名はハリエット、咎を継ぎ、弦を張る。いざ来たれ、九泉の扉」


 そして、力強く手を叩いた。


 刹那、魔導結晶がセレスティがへと飛んでいく。両手の甲、胸、額。抵抗もなく皮膚を割り、完全に同化することなく埋没した。半分ほど身体に埋まった魔導結晶は、そこでようやく光を失った。


 セレスティアが目を開く。痛みはない。だが、不思議なほどに魔導力が満ちてきた。


「これは、まさか」

「そうだよ、旧時代の魔導炉の増幅方法。旧時代と言っても今でも使えるし、純粋に魔導炉を増やせるようなものだ。でもな、そんな強力な術だからこそ、身体にかかる負担も大きい。もしもお前がその力でなにかを成そうとするのならば早くした方がいい。さっきも言ったが寿命が縮むほどの代物なんだよ、魔導結晶を埋め込むってのは」

「なるほど、ありがたい」


 右手の甲を見つめ、左手で握った。


「ありがたいってお前な……」

「これで魔王として従者を守れるというものだ。ようやくわかったんだ。私は魔王としての自覚が足りなかったんだって。ただ楽しく日常を送っているだけではダメなんだって。その日常を守るのは、魔王である私の仕事なんだって」


 危険な術を受けたというのに、セレスティアは清々しいほどの笑顔を見せた。

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