十話〈リターン:セレスティア=ウォルト=クロムウェル〉
「なぜ俺がこんな頼りない魔王と一緒なんだ……」
ブツブツと言いながら、アーサーは歩き続けていた。その後ろをついて歩くのはセレスティアだ。目に覇気はなく、本当に「ただついていっている」という感じだった。
セレスティアが不時着した飛行機の中から這い出した時、そこにはアーサーしかいなかった。どれだけ良く言っても、二人の仲はかなり悪い。誰かが間に入らなければ会話さえも成立しない組み合わせだろう。
普段ならば、ワガママを言うアーサーに、それを叱るセレスティアという図が成立する。しかしながら、ライオネルを失ったセレスティアはほとんど口を開かない。セラよりもずっと大人しくなってしまっている。
不時着した場所の近くに小規模集落があり、住民に地図を見せたところで「グランゼニア」という単語が出てきた。自分たちが目指す場所であるということはわかった。それに距離もそこまで離れていない。
ため息をつくアーサーを先頭に、二人はグランゼニアを目指すことになった。
地図を見ながら森の中を進む。先頭にいるアーサーが何度もセレスティアに振り返る。もしも魔獣に襲われた場合、セレスティアが先に狙われることを知っているからだ。
小集落に向かう際、低レベルの魔獣と一度戦闘になった。その時にセレスティアが役に立たなかったのだ。剣を抜き戦う姿勢は見せるのだが、魔獣の動きを目で追うことしかしてくれない。業を煮やしたアーサーが全滅させた。
アーサーは「俺の主人ならばしっかりしろ!」と叱責した。だが、セレスティアは顔を背けて「ごめんなさい」と言うだけだった。
小規模集落の住民はグランゼニアまではだいたい五十キロくらいだと言う。途中にもいくつか小規模集落があるらしく、無理なく歩いても二日ほどで着くだろうと言われた。
セレスティアは思う。このままアーサーの背中についていっていいのか、と。元々は敵であり、どうやっても仲良くなれないであろう性格だ。だが今は彼にすがるしか方法がない。
魔獣が襲ってきた時に剣を抜いた。が、戦えなかった。戦い方がわからなかった。いや違う、戦ったところでどうなるのかと考えてしまったのだ。
戦ってどうなるというのだ。戦い続けた先になにがあるのか。結局誰かがいなくなってしまうのではないか。次はシャロンかセラか、もしかしたらヴェロニカかアーサーかもしれない。アーサーとの仲は良くないかもしれないが、それでも自分の従者であることに変わりない。
そんなことを考えているうちに身体が動かなくなってしまった。ここで戦わなければ、結局魔獣にに殺されてしまう。わかっている、わかっているのに動くことができなかった。考えすぎるが故に思考が停止してしまった。
だからこそ「ごめんなさい」としか言えなかった。そこでもまた思考が停止してしまう。言い繕おうとすればするほど泥沼にハマっていく。自分は強いと自信を持って言えたはずなのにと、
ライオネルを失うということの重みが、この時すでに彼女の心を押しつぶしていた。肩にのしかかっていた重石が心を潰し、思考を蝕んでいた。やがて身体にまで表れて、今の彼女を形成している。それに気付いていながらも、彼女はどうすればいいのかがわからなかった。
両親を亡くした時に慰めてくれたのはライオネルだった。ライオネルを失った時には他の従者が慰めてくれた。しかしそれではダメだった。彼の存在がいかに大きかったのか、それは彼女自身もわかっているのだ。
アーサーを先頭にして歩き続けた。小規模集落に到着して部屋を一つだけとった。二部屋を借りるだけの路銀がない。それが一番の原因だった。
朝になって、またアーサーの後ろについて歩く。襲ってくる魔獣たちはアーサーが全て片付けた。そのたびに舌打ちをするアーサーを窘める言葉が見つからない。すべては自分のせいだからだ。
「おい」
アーサーがこちらを振り返った。眉間にはシワが寄り、明らかに憤っている。
「なに?」
「なにじゃないだろ! いつまでそうやってウジウジしてるつもりだ! お前一人だったらどうするつもりだったんだ!」
「その時は、その時」
「なんだ! その時は魔獣に食われて死ぬのか! 誰かが助けてくれるのを待つのか!」
「そういうわけじゃないけど……」
「そういうわけじゃなかったらなんなんだ! 従者を束ねる魔王なら、なにがあってもしっかりしてもらわなきゃ困るんだ!」
強く言われ、スカートの端を思い切り握りしめた。
「なにも知らないくせになんでそこまで言われなきゃならないの!」
思わずそう叫んでいた。大人しく怒られていれば静寂がやってくる。そう思っていたのに。
「なにがあってもしっかりしろ? できるわけないじゃない! 私は魔王である前に人間なの! 躓くことだって挫けることだってある! 魔王だからって、自分の感情を無視して進むことなんでできるわけないじゃない!」
「できるできないじゃない! やるかやらないかだろう! 魔王なら、人の上に立つ人間なら、それを隠してやるんじゃないのか! お前の父は、お前の母はお前になにを教えたんだ!」
下唇を噛んだ。なにも言い返せない。父は良き魔王になるようにとセレスティアを教育してきた。自分でも良き魔王になるようにと努力してきたつもりだ。しかし、それを否定された。努力不足だ、それでは足りないと。
「父様と母様の悪口はやめて……」
「だったらやれ。両親や従者を否定されたくなければ、主人であるお前が魔王としての威厳を示してみろ。そうでなければ、反論になにを言おうとも説得力がない」
「わかってるわ……」
「無論、ライオネルに関しても同じだ。ヤツのせいでお前がこうなったのは間違いないだろう。だがな、一人の人間がいなくなったからと言って、いつまでも腑抜けていていい理由にはならない。それにヤツは死んだわけじゃない」
「死んだわけじゃないけど、帰ってくることもないわ」
「なら取り返すくらい言ってみろ。強大な敵だろうが、大事なモノならば取り返す努力をしてみせろ。少なくとも、お前の従者はその努力をしていると思うがな」
言いたいことだけを言って、一人で歩いていってしまう。その背中を見続けても、自分の中にある気持ちが消えるわけではない。悲しく、切ない、そんな気持ちが消えるわけではない。隠すこともできない。だから今は、アーサー背中を追いかけるしかなかった。




