五話
彼女はゆっくりとドアを開けた。客室の中には優雅にお茶を飲む金髪の青年がいた。
テーブルを挟んで反対側のソファーにセレスが座り、俺はソファーの脇に立つ。
「はじめまして、私が城主のセレスティア=ウォルト=クロムウェルだ」
そう言って、彼女が手を出す。
「はじめまして、アーサー=バートレットです。お会いできて光栄です」
アーサーは手を取り、爽やかな笑顔を見せた。
白一色の、タキシードのような服装。武器は持たず、殺意も感じられない。貴族かなにかかと勘違いしそうになるが、銀色の腕輪が彼の左腕で光を放っていた。
「勇者が一人でノコノコとやってきて、魔王討伐の日はまだのはずだが?」
「と言ってもあと一週間後じゃないですか」
「時間なんて関係ないさ。いつも通りに蹴散らしてやるだけだよ」
「自信満々ですね。じゃあもしも、貴方が勝てないような相手が来たら、どうするおつもりですか?」
彼は足を組み、太ももの上で指を組んだ。爽やかな笑みは含み笑いへ、そして不遜な態度が滲み始める。まるで「自分ならばセレスに勝てる」とでも言いたげだ。
今までセレスを倒した勇者などいない。もしも魔王が倒されたら、魔王システム剥奪のために王都に送られる。一度でも倒されてしまえば魔王でなくなってしまうのだ。
「私には優秀な従者が三人いるんだ。もし強い奴が現れて、私一人ではダメでも、従者と一緒ならば乗り越えられる。誰がなんと言おうと、私はそう信じてやまない」
セレスは胸に手を当て、気丈に微笑んだ。確かに他人の前だけど、彼女の言葉はきっと本心だ。共に長い時間を過ごしてきたからこそわかる。彼女の内側にある、想いの強さが。
「そう、それならば見せてもらいましょうか」
一瞬にして殺意の塊となったアーサーは、目にも留まらぬ速度でセレスに掴みかかった。意図的にかはわからないが、異常な魔導力が漏れだしていた。
目測でも、彼のレベルは優に三百を越えている。こんなのを真正面から相手にしていてはこちらの身体がもたない。
俺が意識を集中すると、世界は灰色一色になった。
自分でもよく反応したなとは思う。
「これだから勇者は信用できない……」
ずっと動きを注視していただけあって、世界掌握も反射的に発動できた。
素早くセレスの身体を抱きかかえ、客室の隅へと運ぶ。これで大丈夫だろうと、アーサーへと振り返った。
「なるほど、君の能力は時間停止か」
一人だけ、俺以外に色を失っていない者がいる。
「なん、で……!」
「ここまで完璧に使いこなすとはね。魔導炉も一つしか持たないはずなのに」
腕を組み、ニヤニヤと笑っている。
いつも通りに世界掌握を発動したはずだ。なにも間違ってないし、間違えようがない。だって、俺は一つしか魔導炉を持たないんだから。
「なんでだ! お前はなんで、俺のことを知ってるんだ!」
そう、コイツは確かに「魔導炉を一つしか持たないはずなのに」と言った。それはここにいるセレス、シャロン、セラしか知らない情報のはず。
「お前、調べたのか……!」
「当然、事前調査はさせてもらったよ」
動揺した。してしまった。そのために集中力が切れ、能力が意図せず中断される。
「ライ!」
「大丈夫だ、落ち着けセレス」
元に戻った瞬間から状況を把握するこの察しの良さは、主に相応しいと感嘆する。が、今はそんなことを言ってられない。
「おい、お前は一体なにをしたんだ。なんでお前だけが、停止世界の中で動けたんだ」
「決まってるだろう? 相手の賜法に呼応し、オートカウンターで賜法を打ち消しただけだよ。僕の〈完全調律(〉でね」
ここでようやく悟る。現状でコイツに勝つ手段は、一つもない。
シャロンとセラの名を叫ぼうかと思った時、ドアが強引にぶち破られた。
「ウチのお嬢と貴重なオスになにをしようとしてたのかねえ」
「返答によっては、許しません」
シャロンは鎚を、セラは双剣をアーサーに向けていた。当然俺も拳を、セレスは剣を構えている。
「四人とも敵対心むき出しで、それで僕に勝てるとでも思うのかい?」
敬語がとれているところをみれば、これが奴の素の姿なんだろう。
「魔王と三人の従者の前で、よくもまあそんなことが言える。このセレスティアに無礼を働いたことを後悔させてやろう」
「後悔、後悔ね。僕が『四光』の後継者と知っての発言なのですか?」
俺を含め、他の三人も絶句してしまう。それも当然だ。四光と言えば、数百年前にこの世界を征服しようとした四人の勇者のこと。
勇者システムが世界に定着し、この世が魔獣たちの手から守られるであろうかというとき、その四人は現れた。世界全ての勇者をまとめ上げ、勇者システムを利用した『勇者を神とする』なんてくだらない世界を作ろうと目論んだ。四光の力は他の勇者とは一線を画し、四光一人で一般勇者十万人以上とさえ言われるほどに強かった。
それを見かねた政府が新たに作った政策、それこそが魔王システムだ。四光と戦うために、四人の魔王『四魔将』を設け敵対、迎撃した。
これが世界最悪の戦争『聖魔大戦』だった。
「四魔将の後継者が現れる前にその種を潰す。それが僕の目的です」
彼は腕を振り上げ、手の平を天井に向けた。
「〈完全破壊〉」
魔導力が集約し、光の塊が頭上に現れた。目に痛いほどに鋭い光を放ち、強力な魔導力が肌を撫でた。抵抗できないと身体が感じているのか、どうしようもなく鳥肌が立つ。
「〈疾風迅雷〉!」
その光の塊に向かって、セレスが賜法を打ち込む。旋風、電雷、追跡の魔導特性を使った、セレス唯一の攻撃系賜法。
何度か見せてもらったが、攻撃力だけでいけば俺たち四人の中でも最強で、打ち砕けないものなど存在しないだろう。そして威力だけでなく、ほぼ光の速さで打ち出されるそれは、放たれた瞬間に目標に打擲する。
やるしかない。攻めるのであれば、今以上の好機はないだろう。
魔導炉を経由して魔導力を供給。全身に時間の特性を身にまとう。〈世界掌握〉とは違い、対象は自分となる。
「駆け抜けろ! 〈限界突破〉!」
俺の賜法は二つある。一つ目の〈世界掌握〉は時間を止める能力。そしてもう一つがこの〈限界突破〉だ。
時間を止めるのとは逆に、自分の時間を圧縮、加速させるモノ。自身の成長速度などではなく、単純に自分と世界の間に歪みを起こして時間の中をすり抜けるのだ。加速や減速の特性である〈形態:加減〉を持たないため、この賜法の使用にも限界はある。
セレスの〈疾風迅雷〉に隠れ、俺もアーサーへと突貫する。
「甘い」
しかし、疾風迅雷は一瞬で消滅した。アーサーが出した光の塊に吸い込まれ、跡形もなく消滅してしまったではないか。
目の前から障害物がなくなった。しかしそれだけでなく、このままでは俺もどうにかなってしまう可能性が高かった。
急停止するよりも脇をすり抜けることを選び、身をかがめて光の塊を回避した。
突如、進行方向を塞ぐようにアーサーの蹴りが飛んできた。
「ぐあっ……!」
両腕で防御できたものの、威力を消すのは不可能だった。。
腕はジンジンと痛むが、こんな痛みに気を取られている場合じゃない。