九話
「どうかされましたか?」
そうしていると、背後からヘレンに声を掛けられた。じっと外を見つめたまま、セラが口を開く。
「この光景が、少しだけ懐かしかった」
「セラさんもこういう場所に住んでたんですね」
「そうですね。今はもういませんが、姉と妹と三人でこういう景色を普通の日常として見て来ました。もう何年も前になりますが」
「いろいろ、あったんですね」
「ええ、まあ。でも今はお嬢様とその眷属が私の家族です。とてもいい家族で、いつまでもあのままであれと思っていました。この風景を皆にも見てもらいたいところですが、ひとまず目的を果たさねばなりません」
「そうですね。安心してください、ちゃんと案内しますから」
胸を張り「えっへん」と付け加えるヘレン。妹と同じ名のその少女を、本物の妹のように感じていた。
その後、特に波風などは立たずに一日が過ぎた。三人で一緒に食事をし、一緒に風呂に入り、一緒に寝た。
しかしセラは心を許したわけではなかった。注意深く観察し、ハリエットの行動を分析した。その上で「彼女の本質を暴く言葉」を模索し続けた。
朝になり、出発する時間がやってきた。チェックアウト一時間前、セラとヴェロニカは荷物がないため支度は必要ない。ヘレンがカバンに荷物を詰めるだけの時間だ。
ヘレン=グラーシュ。年齢は十四。明るく前向きな性格であるが、若干鈍くさい部分がある。喜怒哀楽ははっきりとしているが、顔立ちが可愛らしいためか、ハキハキと喋る部分が目立つ。礼儀正しく食事もキレイ。寝相が良く寝言も言わない。大きめのロケットを首からぶら下げている。ふわっとした髪の毛は癖っ毛だが、髪の毛が細いせいかごわつかない。
恵まれて育ったのだろうと、セラは考えた。それに育ち自体がいい。ふんわりとした洋服にも慣れている。最低でも中規模集落、それも所得が高い部類に属する両親の元で育っているはずと考えた。
いろいろと話をしたが、核心に触れるような会話は何一つとしてしなかった。好きな食べ物や趣味や人間関係などだ。若いことは事実だが、どこかのお屋敷で住み込みで働いているというのは聞いた。だが、それだけでは不十分だった。
ヘレンの準備が終わるのと同時にセラが話かけた。
「少し、訊きたいことがあります」
「私ですか? なんでしょうか、答えられることならなんでも大丈夫ですよ」
「それでは遠慮なく」
こほんと、一つ咳払いをした。
「単刀直入に聞きますが、貴女は魔王と勇者、どちら側の人間なのですか?」
「どちら側と言われましても、民衆なのでどちらかと言えば魔王側ですが」
「そうですか」
その直後、セラが右拳を突き出した。
「はっ!」
若干驚いた様子ではあったが、ヘレンは左手の甲でそれを流した。左足を前に出し、セラの右足での次の攻撃を警戒している様子だった。セラが右拳を突き出す際、右足で踏み込んだからだ。右足で踏み込むということは左足が前に出る。前に出た左足で蹴撃を放つのは難しい。次に来るとすれば右足での蹴撃だ。
「先の展開を読んでの回避ですね。もう一度質問しましょう、今度はより的確に。魔王ですか? 勇者ですか? この期に及んで民衆と言われても信じられないと思いますよ」
姿勢を正したセラ。呼応するようにヘレンも姿勢を正した。
「魔王の従者ですよ。それにしても強引な手に出たものです。本気で当てに来ましたね」
「こうでもしなきゃ民衆で通されるかと思いまして」
「当たったらどうするつもりなんですか?」
「彼女がなんとかしてくれますよ、きっと」
ヴェロニカに視線を向けた。彼女は身をかがめ、今にも乗り出しそうな勢いだった。複雑な顔をして「事前に言っておいてくれ」と言いたげだった。
「なんで民衆という嘘を?」
「こちらにもいろいろと事情がありまして。それはこれから説明しますよ」
手のひらにロケットを乗せた。蓋を開けると指輪が入っている。
「それは従属の証ですか?」
「そうです。従者の指輪は指に付けている時は従者ですが、外している時は民衆です。それは勇者も一緒なので、外して隠していれば、首輪の影響で魔導力は遮断されます。そのことを知っているのも一部の人間ですが」
「なるほど、証をつけたり外したりするということ自体をしようとする人間がいないからですね。一度つければそれが当たり前だと皆が思う。でもその知識は誰から?」
「私の主である魔王ですね。聡明なお方です」
「なるほど、信頼しているようですね。私たちを騙すことに関しては強制されているわけではない。貴女の育ちの良さからもそれはわかります。でもなぜですか? 私たちをグランゼニアに導くことが目的だと考えましたが、その理由がわかりません」
「我が主がそれを望んでいるからです。アナタたちのような戦力が必要だと」
「アルジアルジと、やたらと信仰しているようですね」
「尊敬はしていますが信仰はしていません。私たちにとって信仰の対象にはなり得ないからです。頭はいいのですが、そこまで人徳がある人ではありませんから」
彼女は、少し残念そうに眉根を下げた。
「戦力とは、なにかと戦うということでいいのですか?」
「ええ、これから大きな渦が生まれるはず。だからそれまでに「意思がある魔王」を集めなけれいけないと」
「それが私たちだと」
「そういうことです。理由はどうあれ、グランゼニアを目指す者はその渦に引かれた者。共に戦うに足る資格ではない。共に理由があると」
「なにが言いたいのかは分かりかねますが、私たちはその話に乗るほかないのかもしれませんね」
「そうしてくれるとありがたいですね、こちらとしても」
「わかりました、従いましょう」
「しかし、私がなにかを隠していると、よく見抜きましたね」
「そうですね、所作に無駄がなさすぎるのと、その服装に似つかわしくない筋肉の付き方をしていたので。もしも誰かに脅されているとしたら、どこかしらにボロが出る。それがないということは脅迫ではないのでしょう。そんな人間から真実を引き出そうと思ったらこっちも強引な手に出るしかなかったわけですが」
「確たる証拠があるわけではないのですね」
「証拠を見つけるには時間が足りませんでした。ただ、モヤモヤした部分を埋めるのに楽な方法をとったまで、というのが本当の話ですが」
「食えない人、というのが私の本音です。ですが、あの人は喜ぶでしょう。我が主、ハリエット=グランヴィル様は」
セラは静かに頷いた。わかっていたとでも言いたげだった。
渦と言う表現があまりにも正しく、あまりにも自分の状況に沿うものだと思った。引き込まれているのだ。勇者と魔王の対立ではない。別の、大きななにかに巻き込まれているのだと。主人の魔導炉を取り戻すためにここにきた。しかし、それすらも大きななにかによって操られているのではないか。そうとさえ思っていた。




