五話
荒野に立つは自分のみ。周囲には誰もおらず、木もなければ草もない。遠くに山は見えるものの、対比する物がないのでどれくらい遠くにあるのかわからなかった。実際、荒野かどうかさえも定かではない。乾き、ひび割れた地面だからそう思った。けれど荒野というには霧が深すぎる。数メートル先でさえ朧げだ。
どこへ向かえばいいのか。そんなことを考えながらも足を動かした。前へ進むことしかできないと思ったからだ。ここにいてもなにも起きない、なにも変わらない。それならば前へ、と。
ぼんやりと人影が見えてきた。近付くほどに露わになっていく。
「ディルク……! それにみんな……!」
それは自分を最初に拾ってくれた盗賊団の面々だった。
しかし、近づけば近づくほどに遠くなる。手を伸ばしても届かなくて、速く走れど追いつけない。
「待って! 待ってよ! 私も連れてってよ!」
足がもつれて転んでしまった。
急いで視線を元に戻すが、盗賊団の面々はもっと遠くなっていた。
「なんで私だけ置いてくの! 私だって仲間なのに!」
知らずの内に涙が出ていた。悔し涙なのか、悲しくて泣いているのか、嬉しくて泣いているのかわからなかった。
「お前はまだダメだ」
頭の中にディルクの声が流れ込んできた。渋く低い声色。昔と変わらない。
「なんでダメなのよ!」
それ以上は喋ってくれなかった。
途端に眠気がやってきた。ぼやける視界の中でもう一度手を伸ばす。だが、ディルクの姿はもうなかった。
「はっ……!」
目を開ければ蒼い空が広がっていた。深い、深い蒼い空。満天の星空が広がっていた。
腹にはタオルケットがかけられていて、目端には焚き火があった。
上半身を起こして周囲を見やる。焚き火を囲んだ数名の男女がこちらを向いた。
「おう、目覚したか」
一人の中年男性が近づいてきた。右手には木製のマグ、左手には紙袋。マグからは湯気が立っている。
無精髭と大きな体躯が、夢の中に出てきたディルクと重なった。
男性は近くの岩に腰掛け、紙袋とマグを差し出してきた。それを受取り地面に置く。紙袋の中にはパンが二つ、マグの中身はホットミルクだった。
「とりあえず食って飲め。心配はいらん、そもそも食い物に毒を混ぜるくらいなら、きっとお前は目を覚まさなかっただろうしな」
「あ、ありがとう」
目を覚まさなかっただろうな、というのは「毒を混ぜるくらいならばすでに死んでいる」という意味だと瞬時に判断できた。そう、判断するくらいには頭が冴えている。気絶していた時間はそう長くなかったのだろう。
「アナタは?」
「俺の名はゲレオン=アルホフ。ノーム盗賊団の団長だ、よろしくな」
彼は「ガッハッハッ」と剛毅に笑う。
人数が少ない盗賊団、大きな中年男性、仲が良さそうな団員。これだけでも十分すぎるほど、記憶の中にある過去の自分と重なってしまう。
あまり思い出さないようにしようと、パンを一口かじった。口の中に広がるバターの薫りは、このパンが安物でないことを伝えてくれる。ミルクを飲めばどれだけのどが渇いていたのかと思い知らされた。
「カラダの方は大丈夫か?」
「ええ、若干痛みはあるけど大したことないわ」
「それにしてもなんであんなとこに倒れてたんだ? 服もボロボロだったし。あー、服は着替えさせたが俺たちは見てないからな。うちの女どもにやらせたから心配すんな」
また「ガッハッハッ」と笑った。
楽しそうに笑う人だなと、思わず頬が緩んだ。
「まあ詳しい事情はきかねー。ただできれば俺たちには危害を加えないで欲しい。それを約束してくれんならいつまででもいていいぜ」
「ありがとう。どこかに仲間がいると思うから、その仲間が見つかるまで置いてくれると助かる」
「おう、じゃあそれでいこう。おーい! しばらく嬢ちゃんが厄介になるから頼んだぞ!」
ゲレオンが大声でそう言うと、焚き火を囲んでいた盗賊たちが「おー!」と返してきた。
「私の名前はシャロン。シャロン=カーティスだ、よろしく頼む」
「それは俺だけじゃなくみんなにも言わなきゃな」
ゲレオンは立ち上がるのと同時にシャロンを抱き上げた。
「ちょ、ちょっと!」
「カラダも本調子じゃねーだろ。火のとこまで連れてってやるよ」
少しばかり気恥ずかしくはあったが、ゲレオンの太い腕や厚い胸板は妙に落ち着くことができた。
皆に挨拶をし、皆で雑魚寝した。
少し挨拶しただけの関係なのに、この盗賊団に溶け込めたような気がした。
これでいいのかと思う部分も少なくない。けれど盗賊団の一員になったわけではない。自分はセレスティアの眷属であり魔王の従者だ。どこかに属すとすれば、それは間違いなく魔王の眷属としてここにいる。
ここにいるのだが、心のどこかでこの状況に安堵していた。上も下もない。誰にも縛られず、何者にも命令されない。自由気ままに生きていく、そんな生き方だ。
天上に広がる星空に目を閉じた。
今考えるべきは仲間たちを探すこと。自分の感情がどうとか、思想云々は頭の片隅においやろう。
二度三度と深呼吸して眠ることに集中した。
早めに見つけて合流しなければと思いながらも眠る体勢に入った。
なぜ早めに見つけなければいけないのか。シャロンはこの問題に目をつむったままだった。居心地がいいこの場所は、少しずつだが彼女の心を飲み込んでいく。そのことに気が付かないままだった。




