四話
その後数時間飛行を続けた。昼寝をする者、本を読む者、間食をする者、操縦桿を握り続ける者、外を見続ける者。そうやって、窮屈な飛行を過ごしていた。
ちょうどウエストレリックから離れ、サウスレリックへと入ったところだろう。シャロンが窓の外をじっと見つめていた。
「どうしたんですかシャロン。アナタが景色を見るなんて珍しいですね」
「食べ物と寝ることしか興味がない女とでも言いたいのかお前は。ほれ、外見てみろ」
セラは本を閉じ、目の前のテーブルに置いた。サンシェードを上げて外を見れば、少しずつ下降していることに気がつく。
「高度が、落ちていますね」
「ま、そういうことだ。ちょっとアーサーんとこ行ってくる」
「ええ、ケンカはしないでくださいね」
「しねーよ、ったく」
悪態をつきながら機内を移動、操縦室へと向かった。
先日の事件以来、アーサーとヴェロニカのレベルは元に戻った。元に戻したまま、という言い方が正しい。セレスティアがレベルを下げるのを忘れているのではなく、もうどうでもいいと考えている。それはシャロンにもセラにも、アーサーにもヴェロニカにもわかった。
だから、従者たちはなにも言わずにそっとしている。
アーサーのレベルが戻ったということは、ケンカをしてもシャロンに勝ち目はない。特にアーサーが賜法を変化させたため余計に分が悪い。
操縦室のドアを開けた。
「おいアーサー、なんか低すぎない? もうちょっと上飛んだ方が安全だと思うんだけど」
すると、アーサーが不機嫌そうにこちらを振り返る。
「バカを言うな。ここはワイバーンの住処が近い。これ以上高度を上げると標的にされる」
「なるほど、と言いたいところですが少々危険なのでは」
その声に心臓が飛び出そうになった。いつの間にかセラが背後まで来ていた。
「びっくりするだろ、一言声かけなよ……」
「それは申し訳ありません」
「はぁ、次からは頼む」
コクリと一つ頷くセラ。長く一緒に暮らしてはいるが、この無表情な顔からは感情がほとんど読み取れない。少し読み取れるようになっただけでも進歩だな、とシャロンは自分に言い聞かせた。
「まあいい、木とか山とかにぶつからなきゃ問題ないしな」
「シャロン、それはフラグというやつではありませんか?」
「いやいや、さすがのアーサーでもそんなバカな――」
次の瞬間、大きな音がした。同時にきた右からの大きな衝撃。なにかにぶつかったのだろう、機体が大きく揺れた。
「ちょっ……! おい! お前そういうお約束はいらないんだよ!」
「やりたくてやっているわけではない! くそっ! 操作がきかない……!」
機体が傾く。
「セラ! お嬢を守れ!」
「わかりました。シャロンはどうするつもりですか?」
「周辺に集落があるかもしれない。集落に墜落するのだけは避けなきゃいけないだろ」
「了解しました。くれぐれもお気をつけて」
「私を誰だと思ってんだよ。さっさと行け」
しっしっと、手で追い払った。
「私は機体の外に出る。お前らはお前らで身を守れ。できれば私の手伝いもして欲しいけどな」
「それなら私が行くわ。アーサー、操縦はお願い」
「お願いと言われても操作がきかないんだが……やれるだけはやってみる」
機体の制御を一任し、シャロンとヴェロニカが緊急脱出用の機内上部から外に出た。
マントを掴んで出てきて正解だった。高度が高いせいかかなり寒い。当然のように風が強く、気を抜けば吹き飛ばされてしまうだろう。
魔法を使って機体に張り付く。少しずつ前に進んで飛行機の鼻先にたどり着いた。
「集落は……なさそうだな。大きな砂山があるな、あそこまでいければいいんだが……」
「飛行距離を稼ぎましょうか」
「できるのか?」
「やってみないとなんとも。でもシャロンがやるよりは上手くいきそうだと思わない?」
「はー、ムカつく。でも賛成だ。よろしく」
「うん。じゃあシャロンは機体の損傷を見てきて」
「おーけー」
這うようにして機体の右側部へ移動する。
飛行機は水色、にも関わらず右側の中央部だけが黒くなってへこんでいた。ガラスは割れていなかったところを見ると、衝撃そのものの大きさはそこまででもない。
「魔導力を拡散させるタイプの賜法、って考えるのが自然か……」
これがワイバーンの仕業だったなら簡単な話だろう。けれどワイバーンの姿は見えない。見えたとしても群れで行動する種属だ、一匹や二匹では済まない。
「私たちの動向を見てて、狙い撃ちしたって感じだな」
また機体が傾く。立て直そうとしているのか、今度は左に大きく揺れた。
「やばっ!」
急いで身体を機体に貼り付けた。ここで自分だけ落ちたら合流するのにどれだけの時間がかかるかわからない。しかもこの周辺にいる魔獣の情報だってない。
ピリッと、眉間の辺りに電気が走った。
「次弾……! くそっ! ふざけやがって!」
次の攻撃が来る。機内ではわからなかったが、外に出て空気に触れることでよくわかった。飛行機を攻撃してきた人物はかなりの魔導力を有している。そして、敵意を持っている。
二度、三度と深呼吸し、出来得る限り身体を強化した。
「|陽光収束:並列《チャージ:オーバーラップ》!」
賜法で光球を作り出す。自分で魔法力を注ぎながら、大気からも魔法力を摂取させる。少しずつ大きくなる光球だがこのままでは間に合わない。
大きな魔導力の塊が近付いてくる。黒い、黒い球体だ。
「もうちょい、もうちょいだ……」
飛行機は動いている。しかしそこを的確に狙ってきた。相手は黒い球体をコントロールしているのだ。
「まだ、まだだ」
ギリギリまで光球を大きくする。
やがて、自分の上半身を覆うほどまで成長。でも黒い球体よりもずっと小さい。
「それでもやるしかねーだろ! |陽光射出:拡散《ブラスト:ディフューズ》!」
光球が形を変える。前方へと突き出し、拡散砲として黒い球体へと攻撃した。
攻撃は当たった。白い光が黒い球体を削り、目視ではっきりわかるくらいには小さくなった。それでも人と同じくらいの大きさを保っている。
もう光球を作っている時間などない。
気がつけば、マントで自分の身体を隠していた。そう、咄嗟の行動だった。
「外套激成!」
なにも考えなかった。
迫りくる黒い球体が機体を直撃する際、シャロンは球体へと飛び出して自ら当たりに行った。
前方からの衝撃。そして機体へとぶつかって背中からも衝撃。ダメだと思いながらも目蓋が落ちてくる。
「こんな、ところで……」
風切音がうるさい。それは飛行機が飛んでいる時の風切音ではない。飛行機は頭上にあるからだ。
自分が落下していることに気がついた。が、あそこに戻る手立てがない。
馬鹿らしくなってくる。自分の無鉄砲っぷりにだ。
でも、皆が無事ならばいいか。そんなことも考えてしまった。
だからいいのだ。私の選択は正しかったのだ。そう思いながら、彼女はそっと目蓋を落としていった。




