二話〈ビューポイント:セレスティア=ウォルト=クロムウェル〉
いったいどこに向かっているのだろう。自問自答しそうになりながら、なるべく考えないようにして歩き続けた。
森の中は異常なほどに暗く、二十メートル先はもう見えない。近くにある木々を避けて進む。前進し続けるにはそうするしかない。
雨に打たれ続けたせいか体温が低下し始めている。自身の身体を抱いて腕をさすった。
なにをしているんだろう、なぜここにいるんだろう、私はなにがしたいのだろう。
父も母も死んだ。そして両親の次に長い時を生きた人もいなくなった。なにを頼りにして生きればいいのだろうかと考えているうちに外に出ていた。ただ、それだけ。
集落に向かっているわけではない。誰かを追いかけているわけではない。こうしていれば助けてくれるような、そんな気がしているだけだ。
誰が助けてくれるのだろう。きっと、彼は助けに来てくれない。
大切な人たちがいなくなってしまう。これからも失うかもしれない。シャロンやセラもいなくなってしまうのかと、そう考えるだけで胸が苦しくなる。
フラフラと森の中を歩く。体力もなくなってきたのか木々を避ける力もなくなってきた。
そして、ドンっと一本の細切にぶつかった。
足がもつれ、吸い込まれるように水たまりの中へ。
「おっと、あぶねーな」
その時、誰かに支えられた。
「しゃ、ろん……?」
「そうだよ、シャロン様だ。ずぶ濡れになって、水も滴るいいオンナとは世間では言わないんだぞ」
「ごめん」
「いいよ、私がここに来た理由もわかってるみたいだし。さあ帰るぞ」
シャロンに抱えられたまま、来た道をまた舞い戻ることになってしまった。
悔しい気持ちが半分、安心する気持ちが半分。気がつけば城の中にいた。
勝手に風呂に入れられ、着替えさせられ、リビングのソファーに座らされていた。それまでの間はなにも考えないようにしていた。
「さて、説明してもらおうかな」
自身の前に立つシャロンが言う。ただし、セレスティアは顔をあげようとしなかった。
ソファーの近くには従者が四人。セラはセレスティアの身体を支え、シャロンが前に立つ。アーサーはイスに座って頬杖をつき、ヴェロニカはソファーの後ろで壁にもたれている。
「なにを、説明すればいいの……?」
「なんで勝手にいなくなったのか、だよ。気持ちはわからなくもない。自棄になるのも頷ける。でもそれじゃダメだって、お嬢が一番よくわかってるんじゃないのか?」
「わからないよ、もう。なにをしたらよくてなにが正しいか、私にはわからない」
頭を抱えて目を閉じる。その姿はわがままを言う子供のようで、大人の意見を聞こうとしない姿勢そのものだった。
シャロンは一つため息をついてから腕を組んだ。
「じゃあもう魔王はやめた方がいいかもしれないな」
「え……?」
思わず顔を上げる。そこには無表情のまま腕を組み、こちらを威圧するように睥睨するシャロンが立っている。
「こんな腑抜けた魔王に誰がついていくと思うの? 誰を従えて誰の信頼を得ようと言うの? 少なくとも魔王としての挟持を失った者についていくほど私はバカじゃないわ」
「でも……」
「でもなに? 確かにお嬢にとってライは特別だったかもしれない。じゃあなんとかして助け出そうとか言えばまだ違うじゃない。行くあてもなく城を出て、ずぶ濡れになって助けられて、また体力が回復したら出て行くつもり? それは子供がすることでしょ?」
「あ……」
ぎゅっとスカートを握りしめた。
「私はライを助けたい。そう言ったら力を貸してくれるの?」
「助けたいからどうするの? 二つしかない魔導炉でブラッドフォードやエイブラムを相手にするって? 私には無謀よりも狂気にしか見えないわ」
「じゃあなんて言えば納得するの! 私の目にはシャロンが従者を辞めたいようにしか見えない!」
「そこまでです、二人共」
言い争う二人の間にセラが割り込んだ。膝に両手を起き、異様なほどに落ち着いている。
「お前は今のままでいいのかよ」
「いいとは思っていませんよ。それにどちらの言い分も理解できます。ですのでできることからやっていく、という方法が一番かと」
「なにができるのやら」
「シャロンは魔導炉についての問題を上げました。これは従者である私たちが不甲斐なかった部分もあり、アーサーのせいでもあります。なので全員で協力してお嬢様の魔導炉を復活させる方法を見つけましょう」
「はん、そんな方法あるわけねーだろ」
「いいえ、どうやらそうでもなさそうですよ」
セラはソファーの脇に置いてある本を膝の上に乗せた。しおりが挟んであるページを開くと、アーサー以外の全員が本を覗き込む。
「この本はベネディクト様が集めていた書物の一つです。俗に言う魔導書というやつで、一般人がおいそれと手にできるような代物ではない」
「もしかして最近本ばっかり読んでたのはそのためか? つかなんでそんなものをあの人が持ってたんだ?」
「元々夫婦揃って書物を収集していましたから。もしかすると最初から魔導書を集めていたのかもしれません」
「なんのために?」
「それはわかりません。ですが、もしかするとこういう状況も想定していたのかもしれませんね。それでですね、この魔導書のお陰でいろいろとわかったことがあります。このページは魔導炉の存在意義と精製方法が記されているものです。正確には魔導炉ではないのですが……」
「魔導炉じゃないってどういうこと?」
「魔導炉とは、言ってしまえば人体において臓器と一緒です。なければ死ぬ。けれど目には見えない、いわば概念器官と言えばいいでしょうか。なくなってしまった臓器を復活させることもそうですが、病気などによって末期までいってしまった場合も、賜法で治すことは可能でしょう。ですが相当強力な賜法でなければ治せない。しかしながら魔導炉を賜法で治したという記述はない」
「それじゃあダメってことじゃないか?」
「賜法では治せない、と言っただけです。魔導炉は臓器の一種ではありますが、一から作り出すことはできるようです。魔導炉ではなく、魔導結晶という形で」
「魔導結晶って、魔法とか賜法を閉じ込めておくためのものだろ? 本来の能力の数分の一という性能しか持たせられない。それにあれめちゃくちゃ高いじゃん」
「そう、その魔導結晶です。魔導結晶の精製方法は魔法力を一定まで圧縮したのち、濃縮された魔法力を上塗りし続けることで結晶化します。その結晶に魔法や賜法を宿すのですが、その魔法結晶を作る要領で魔導炉も作れるみたいなんです」
「魔導書にそうやって書いてあんのか?」
「ええ。他には魔導結晶と魔導炉の差異、魔導結晶を人体に移植する方法、それによるメリットやデメリットなどですね」
「魔導結晶は魔導炉の代わりになりうる。でも代償は支払わなければいけない。そういうことでいい?」
「よくわかりましたね」
「デメリットとか言われればそう思うでしょ。そのデメリットがなにか、そして解消できるのか。それ次第では今すぐにでも取り掛かれるわね」
「それがそうも簡単にいかないのです。魔導結晶を作るのも難しい。移植も難しい。そもそも移植は私たちではできません。そういう技術を持った者でなければできないのです」
「じゃあ無理なんじゃ……?」
「逆を言えば技術者を探せばいい。探さなくても居場所はわかっているんですが、ここからだと結構距離があります。それに、魔王ネットワークのかなり昔のログですけれど、かなりの変人だとの話もチラっと見えました。本当に少しだけだったので、それ以上の情報は得られませんでした」
「距離的にはどれくらいなんだ?」
「ここがウェストレリックの中で真ん中寄り。目的の場所がサウスレリックの最南端。距離にして六千キロメートルでしょうか。正確に言うともう少しだけ長いです」
「マジかよ……さすがに六千キロは数日で行かれる距離じゃないんだけど……」
「そうです。でもそれは地面を走った場合です。魔導飛行機であったなら、高度ニ万フィート上空をマッハ三で進んだ場合秒速約千メートル。時速にして三千キロ以上になります。つまりニ時間あれば到着できます」
「そもそも魔導飛行機がないんだけど」
「そこが問題なんです」
「本末転倒過ぎない……?」
「それなら問題ないぞ」
シャロンとセラの会話にアーサーが割り込んできた。
「お呼びじゃねーよ、どうせろくなこと言わないんだろ」
「俺は魔導飛行機を持っている。そもそも俺はイーストレリックの出身だ。魔導飛行機でいろいろと旅をしながらここまできてお前らと出会ったのだ」
「初耳なんだけど?」
「言ってないからな。たまにヴェロニカと一緒に出かけて、飛行機で空のドライブなんかはしていた」
「なんで言わないかな……」
「言う必要がないと思ったからだ。俺の所有物だし、いちいち報告しなければいけない義務もない。ここより三十キロ程度先の勇者に預けてある。まあマッハ1程度しか出ないから、何日かかけて地上に降りながら進むことになるだろうが」
「本当なのヴェロニカ」
「ええ、本当よ。アーサーのことは信じなくてもいいけど、私のことは信じても良いわ」
「おいヴェロニカ!」
「はいはいアンタはもういいよ。いや、すぐにでも案内してくれ。その魔導飛行機に」
「お前ら……いつか覚えてろよ……」
「お嬢もそれでいいな? これから、お嬢の魔導炉を直しにいく。んで魔王としての威厳を取り戻してから、今度はライを助けるための策を考えよう」
「――うん、それでいい」
こうして、一行はセレスティアの魔導炉を直すことを第一の目的に据えた。一人浮かない顔をするセレスティアの考えを読むことは誰ひとりとしてできない。できたとしたら、きっと従者の中でもライオネルだけだろう。今ここにいないライオネルだけが、きっと彼女を理解できた。シャロンもセラもわかっている。だから今は、前に進むことしかできない。セレスティアの背中を押し、前に進むことを考えるしかなかった。




