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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
【魔王の資格】〈セレスティア=ウォルト=クロムウェル〉
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一話〈ビューポイント:シャロン=カーティス〉

 あれから数日、セレスティア城の中は暗く沈んだままだった。理由はいくつかある。


 一つ目は魔王が勇者に負け、そして見逃されたということ。本来魔王が勇者に負けると鎮事府に送られる。しかし、見逃されたのだ。


 二つ目はライオネルが連れ去られたこと。これが一番大きく、セレスティアだけでなく従者にまで暗い気持ちが波及している。


 そして三つ目。ライオネルの希望により、セレスティア及びその眷属には危害を加えないということ。セレスティア城には勇者を絶対に向かわせないということ。これはライオネルが連れ去られてすぐ、ブラッドフォードが自ら書状を持ってきた。エイブラムの捺印もあった。つまり、正式な書状であった。


 勇者エイブラムやその一味に温情をかけられた。この城に住むすべての人間がそう思っている。我々は勇者に負けたのだと。我々は勇者に情けをかけられたのだと。わかってしまうと、魔王やその従者であるプライドさえボロボロに朽ちていくようだ。


「お嬢、部屋から出てこねーな」


 シャロンが頬杖をついたままそう言った。


 窓の外はあいにくの雨、城の中も外も暗ひどく湿っぽい。


「仕方ないと思いますよ。ライがあのようなことになって、一番ショックを受けているのは間違いなくお嬢様です」


 本のページをめくりながらセラが応える。ライがいなくなる前から、セラは城にある書物を読み漁っていた。今呼んでいる本もまた元々この城にあったものだ。


「そりゃな、幼馴染みだっていうことだししょうがないだろうけどさ。でもなんかお嬢らしくないよな、やっぱり。いや、逆にこっちの方がお嬢らしいのか」

「そうですね、後者が正しいかと。魔王状態も通常状態も、お嬢様の立ち振舞いはライがあって形成されています。されてきた、と言った方がいいでしょう。私たちと出会うよりも前から、彼女はライによって形成され、ライがいることで成り立っていたのです」

「私たちが来た時にはあんな感じだったしな。明るく子供っぽいお嬢も、クールで大人びたお嬢も、人ひとりいなくなっただけで両方とも消えちまったな」

「人ひとりいなくなっただけだと、本当は思っていませんよねシャロンも」

「まあ、ね」


 ため息をついてから立ち上がった。


「どこ行くんですか?」

「そろそろ昼食の時間だろ? なにか作ってお嬢のところに持ってこうかなって」

「今日はシャロンの担当でしたか。ではお願いします。くれぐれも粗相はしないように」

「粗相ってなんだよ、私をなんだと思ってやがる」

「部屋に無理矢理押し入って喝を入れるとか。無理矢理外に連れ出すとか。そんなところでしょうか」

「しねーよ、人をなんだと思ってやがる」

「二度目ですね。バカのひとつ覚えじゃあるまいし」

「お嬢を引きずり出す前にお前を引きずり出してやろうか……」

「さあ、さっさと昼食を作って持って行ってあげてください。お嬢様もお腹を空かせていることでしょう」

「わかったよ。なんか釈然としねーな」


 一人でキッチンへと向かい、短時間でスープを作った。野菜を切って盛り付け、小さなパンを二つお盆に乗せた。


 階段を登ってセレスティアの部屋へ。四度ノックしてから「お嬢」と声をかけた。だが中からは返事がない。


「ったく、返事くらいしろっつーの」


 と、そこで妙な考えが頭をよぎる。


 例えば、自分の大切な人が他人の元に行ってしまったらどうするだろうか。しかも本人たちが望んだことなど一つとして満たされないままだ。自分の意思で他人に下ったわけでもない。こちらが望んで差し出したわけでもない。


「お嬢!」


 勢い良くドアを開け放った。そこには、誰もいなかった。


「ちくしょう……! やられた!」


 頭はどんどんと熱くなっていく。が、二度三度と深呼吸をして自分を落ち着かせた。ここで取り乱してはいいけない。ライオネルもいない、セレスティアもいなくなった。アーサーは最年長者ではあるが頼りない。そうなると自分がなんとかしなければ、魔王セレスティアの眷属は行き場をなくす。


 物理的にではない、心の行き場だ。勇者が襲って来て魔王を倒すことはないかもしれない。しかしこのままでは関係が分解してしまう。瞬時に考えたわけではない、ライオネルがいなくなってからずっと考えていたことだ。このままではいけない、なんとかしなければと。


 部屋の中央にあるテーブルにお盆を置いた。窓が開いているところから脱走経路はすぐにわかった。


 ゆっくりとした足取りで部屋を出た。歩調はそのままにリビングへ。


「おいセラ、お嬢がいなくなった。なにか知らないか」

「お嬢様が? 心当たりしかありませんが、出ていったことまでは知りません」


 パタンと本を閉じて静かに立ち上がる。


「アーサーとヴェロニカは私が呼んでくる。セラはお嬢の部屋を見てきてくれ」

「わかりました。二人を連れてお嬢様の部屋にお願いします」

「了解」


 二人は急ぐことなく穏やかな足取りで階段を登り、セラは左へ、シャロンは右へ。


 右側の通路に面しているアーサーとヴェロニカの部屋を思い切り開け放つ。ヴェロニカはなんとなく事情を察したのか、目配せ一つで部屋から出てきた。が、アーサーはまだ寝ていたのでシャロンに首根っこを掴まれたまま部屋を出ることになった。


「なんかわかったか?」

「窓から逃げた、ということくらいでしょうか。服が数着ありません。あと靴も」

「なんだ、セレスティアが逃げたのか。心が弱い女だ」


 アーサーがそう言った瞬間、横にいたヴェロニカが彼の横腹を殴りつけた。悶絶するアーサーを無視してヴェロニカが前に出る。


「セレスの気持ちはわかる。私もアーサーがいなくなったら血眼になって探すと思うし。でも一人で高レベルの勇者に突貫しても勝ち目はない。それはセレスもわかっているはずよ」

「さらっとすごいこと言うね、アンタも。まあな、気持ちはわからなくもない。私も大事な人失って自暴自棄になったことがあるよ。でもそこまで脳筋だったとは……」

「すぐに追いかけましょう。お嬢様には伝えなければいけないことがあります」

「伝えたいこと?」

「お嬢様を見つけてから全員に話します。今はお嬢様を探すことを最優先にしましょう」

「おーけー、行くよヴェロニカ」

「わかったわ。アーサーは留守番してて」

「おい! なんでボクだけ留守番なんだよ!」

「余計なこと言いそうだからに決まってるでしょう? ステイアーサー」

「くそっ! わかったよ!」


 がに股で部屋を出て行くアーサー。そんなことなどどうでもいいと、三人の女性はお互いの目を見てから頷いた。

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