最終話
ヤツは口元に笑みを浮かべていた。異様なほどの怒りが湧いてくる。
それはきっとコイツにだけじゃない。自分自身の弱さと思慮の浅さもある。少なからず、自分に非がないとは言えなかった。
「お前の目的はなんなんだよ。アーサーとヴェルを殺すことじゃねーだろ」
「さすがに気付くか。そうだ、俺がエイブラムから依頼されたのはそんなチンケな内容じゃない。後継者の一人が魔王側に寝返ったくらいで追跡、殺害などするはずがない。俺はな、ある人物を勇者側に引き込むためにここに来た」
予想的中か。だが、あまりいい状況とは言えないな。誰を欲しがっているとしても拒否などできない。
「そのエイブラムってヤツは誰を欲しがってんだ? 誰になにをさせたいんだ?」
「なにをさせたがってるかは本人に直接訊いたら良い。まあエイブラムの本拠地に行ってからになるけどな」
「そこまで持ち帰るつもりなのか。で、誰を連れて行きたいのかをまだ聞いてないんだけど?」
「そんなもの、一人しかいないだろう?」
ブラッドフォードが手を上げる。人差し指を伸ばしてクスリと笑った。
「お前だよ、ライオネル=アークライト」
その指先は俺を向いていた。
意味がわからない。セレスの眷属の中では俺が一番弱く、一番なにも持っていない。知識も技術も強さも気高さも、なにも持っていない。それなのに、なぜ俺なのか。
「か、からかってんのか?」
「からかってなどいない。エイブラムは確かに言ったよ、ライオネル=アークライトを連れて来いと。ヤツは勇者にとって必要な存在だ、アイツがいなければ勝利はないと」
「勝利ってなんだよ。誰と戦うつもりなんだよ。あれか? 魔王を根絶やしにでもするつもりか?」
「それもまた本人に訊くがいい」
「お前は知らないのか?」
「知ってるさ、当然だろ? だがアレはエイブラムから聞くべきだ。勇者全体の存亡にも関わるからな」
この言い方だと敵は魔王じゃないのか? でも存亡に関わるという言い方も釈然としない。
「……もしも俺が断ったらどうなる?」
「この状況で断れるのか? お前の仲間がどうなってもいいのか?」
「ホント、勇者ってのは卑怯なことが大好きなんだな」
「言っただろう。勇者の存亡に関わるのだ」
「ライ! 行っちゃダメ! なにをされるかわからないわ!」
大声を出したのはセレスだった。
そして叫んだ直後、他の勇者がセレスの頭を殴った。ガツンという音が響く。かなり強めに殴ったのか、髪の毛を垂らして顔をあげようとしない。
カーっと、頭に血が登っていくのがわかった。
「てめぇ!」
「やめておけ。お前が暴れたってなにも起きない。お前の仲間が痛い目に遭うだけだ」
セレスを見た。ポタポタと、鮮血が地面を濡らしていく。
「や、やめろ……」
それでもなお俺を止めようとするセレス。もう、痛々しくて見ていられなかった。なによりも俺のせいで殴られたということが許せなかった。挟持も高貴も殴り捨ててまで俺を守ろうとしてくれてる。してくれているけれど、今は主人の言うことを聞くことができない。
「ライ! セレスがこんなふうになってまで止めてるんだぞ!」
シャロンが眉間にシワを寄せて叫ぶ。
「行ってはいけませんライ。方法は他にあるはずです」
セラも冷静そうに見えるが、顔は歪んで焦りが見える。
俺は一つだけため息を吐いた。こんなもの、天秤にかけるまでもない。
「なあ、いくつか約束してくんねーか」
仲間に背を向け、ブラッドフォードと向き合った。
「いいだろう。こういうことも想定済みだ。できる限り聞くようにとも言われている」
「そう、か……。なら、コイツらは離してやってくれ。それとセレスの傷を治して欲しい。あとはそうだな、コイツらに危害を加えないで欲しいんだ」
「なるほど、その代わりに俺と一緒に来るということか」
「好きにしてくれ。仲間を守れるならなんだってするさ」
「ライ……なぜ……」
苦しそうに、セレスが言った。だから、俺はこう返すんだ。
「これからは俺抜きでやるんだ」
突き放せ。そうしなければ、彼女は一生このままだ。これから俺なしで生きていかなきゃいけないんだ。
「俺はこれから勇者になる。ただ、お前らと戦うことはないと思う。魔王がセレスティア城に攻めて来られなようにするから。だから、じゃあな。セラもシャロンもアーサーもヴェルも、セレスを支えてやってくれ」
俺の代わりに、とは言わなかった。さすがに自意識過剰すぎるかと思ったからだ。
もう彼女の顔なんて見られない。彼女だけじゃない、元仲間たちの顔を誰一人として見られなかった。
この道が正しいのだ。いつまでも泣き言を言っていられない。だったら奥歯を噛み締めてでも頭を切り替えなきゃ。
そうじゃなきゃ、セレスがいつまでも俺の後を追ってしまうかもしれないから。
「それでは行こうか、勇者ライオネル」
「ああ、そうだな」
眷属の証である指輪を抜いた。そして、ポケットにしまい込む。
「勇者の証は向こうで渡す。それまでは従者だ。しかしいいのか? もっとちゃんとした別れを言わなくても」
「なに心配してんだよ。いらねーよ、そういうのは」
そう、いらないんだ。顔を見れば決意が鈍る。それに俺がいなくたって、セレスにはいい従者がついてるんだ。
「そう簡単に……!」
セレスの声が聞こえた。なにをするつもりだと振り返った。鬼の様は形相で勇者たちをなぎ払い、こちらへと走り込んでくるセレス。魔法力が増大していく。魔導炉を失ったとはいえ魔王は魔王だ。勇者の数人くらいは苦もなく倒す。
だが、そんな彼女が一瞬にして視界から消えていった。
「説得には成功したのに、主人が余計なことしてんじゃねーよ」
セレスの代わりに、一人の中年男性が立っていた。身体は大きく筋肉隆々、顔はデカく堀が深い。髪の毛はぐちゃぐちゃで無精髭を生やしている。あまりキレイとはいえない服装で、町で普通に暮らしていてもわからないかもしれない。
右へと首を振ると、地面に突っ伏すセレスの姿があった。俺はそんな彼女に声をかけられなかった。ここで名前なんて叫んだら、俺は一生後悔するだろう。
「エイブラムか。どこにいたんだ?」
ブラッドフォードがそう言った。
「エイ、ブラム……?」
「ああそうだ。コイツがお前を欲しがった張本人だ。これからコイツの同士になる、挨拶くらいはしておけ」
トンっ、と背中を押されてエイブラムと対峙する。こんな不意打ちみたいなことになって、まともに会話なんてできるはずがない。だってコイツは最強の勇者なんだぞ。こんな近くにいたら、相手にそのつもりがなくても心臓が縮み上がってしまう。
ニヤニヤしているのに、見られているだけで逃げ出したくなる。勇者と向き合ってこんなにも畏怖したことなど初めてだった。同時に、ここまで弱かったのかと自分に落胆さえ覚える。
小さく深呼吸し、意を決して質問を投げる。これだけは聞いておかなきゃいけないと思ったからだ。
「なあ、なんで俺なんだ? 俺はそんなに強くないし、時間を止められるつっても限度がある。なのに、なんで俺だけなんだ?」
エイブラムは一度腕を組み、それから右手で顎を触った。
「その時間を止める能力が必要なんだよ。どう必要なのかはここでは言えないが、お前ほど精度が高い時間停止は、今現在誰も使用できない。数秒ならばできるかもしれないが、唯一無二の能力と言っても過言ではない」
「俺の力で魔王たちを根絶やしにするのか?」
「ん? あー、なるほどな。お前らはなにか勘違いをしているな。勇者の敵が魔王だと誰が決め、誰がこの秩序を作ったのか。それは鎮事府の連中だ。俺はそれに従うつもりはない」
「つまり、魔王と戦うつもりはない……?」
「これ以上は向こうについてからだ。あまり他言するような話じゃないからな」
両手を広げて満面の笑みを向けてきた。
「ようこそ、勇者の世界へ」
この時ようやく理解した。
ああ、俺は負けたんだ、って。
「よろしく、お願いします」
ポキっという音が耳元で聞こえたような、そんな気がした。
心が折れた、そんな音だった。




