四話
俺は現在十八歳でセレスは十七歳。シャロンもセラも、俺が十二歳になる頃にベネディクトさんが連れてきた。が、二人の方が、俺よりもずっと従者としての役割を果たしている。
ちなみにセラが十六歳で、シャロンが二十歳だ。
「お嬢は寝ちゃったみたいね」
「いつから見てたんだ?」
シャロンは出入り口の縁に寄りかかり、したり顔でこちらを見ていた。
「最初から。いやー、アンタは昔に比べて男前になったなー。背も伸びたし、色っぽくなったよ。どうだ、今度アタシと寝てみないか?」
「シャロン、そういうのはダメですよ」
ここでセラも顔を出す。
「セラの言う通りだな。魔性の女に食われてやるつもりはないさ」
「こんないい女そうそういないぞ? 逃してから後悔するんじゃないか? あ、それともアンタはやっぱりお嬢の方がいいのかなー?」
「バカ言ってないで夕食の準備でもしてこいよ。今日の当番はシャロンだろ?」
「なんで人の順番まで覚えてるかなー。わかったよ、行ってくる」
渋々といった感じで頭を掻き、シャロンは部屋から出て行った。手伝いをするのだろうか、セラもその後に続く。本当は着替えを手伝いに来たのだろうが、当人が寝てしまってはそれもできない。
セレスにブランケットをかけてから俺も部屋を出る。特にやることもないので風呂にでも入ろうか。
この城には俺たち四人しか住んでいない。侍女や執事、お手伝いさんなんてものはおらず、家事は全部自分たちでこなしている。当番制でやっているのだが、中でも掃除が一番キツイ。小さいかもしれないけれど、ここは屋敷ではなく立派な城なんだ。
セレスにも参加させるあたり、俺たちは従者としてどうなのかとは思う。
従者とは、魔王に従属して魔王の手伝いをする者。これは民衆の中から選ぶことができる。魔王に従い付き添うことで常に〈隷属〉状態となり身体能力、魔法能力が強化される。魔王を守るための騎士となるためだ。
逆に勇者の場合、仲間を同志として迎えることで〈並列接続〉と〈縦列接続〉という能力を使えるようになる。〈並列接続〉は発動した人間のレベルを下げ、他の同志の全能力を微強化する。〈縦列接続〉は同志のレベルを一時的に分けてもらい、自身を超強化する。
魔王は従者からなにかを吸収して能力を上げることはできない。逆に、それだけ魔王というのは優秀でなくてはいけないのだ。そうでなくては、魔王としての存在を誇示できない。
それと、魔王は政府から極法具という武具を与えられる。この世に数えるほどしか存在しない特殊な装備。民衆や勇者では扱えず、魔王が持つことで真価を発揮する。中には強力な賜法が封じられているものもあるらしい。
極法具には一つ一つに精霊が宿っている。その精霊と契約することで、魔導炉を一時的に肥大化させ、魔導特性を向上させる。魔法による強化などを行わなくても身体能力が上がり、持っているだけで強くなれるという代物だ。それともう一つ、相手の魔導力を制限する力もある。
つまるところ、極法具とはいい事づくしの武装だ。まあ、そのためには極法具に認められないといけないわけだが。
セレスは『レーヴァテイン』という剣型の極法具を持ってはいるが、使ったところを見たことがない。というかまずレーヴァテインを持とうとしないのだ。普段腰に携えているのはミスリル製の剣だ。ミスリルは高価なため、その辺で売られている物よりはずっといい物ではある。あるのだが、レーヴァテインと比べてしまうと「ただの鉄塊」止まりだろう。
食事の前に風呂を済ませ、セレスの部屋の前を通った時、話し声が聞こえてきた。ドアを開けているところからすると、別に聞かれても問題ない話だろう。
「でも一人でお客さんの相手なんて……」
「城主なんだから、当然じゃないか。一番客室に行った行った」
シャロンに背中を押され、セレスが部屋から出てくる。
「どうしたんだ? お客さん?」
「おお、ライじゃないか。そ、珍しく客人だ」
そこで、また袖を引っ張られた。
セレスは上目遣いで見つめてくる。外と内で性格が百八十度変わるところももう慣れてしまった。
「わかったよ、一緒に行く。シャロン、食事はできてる?」
「セラと一緒にやったからね、配膳まで完了してる」
「なら食事はそのままにして、セラと客室のドアの前で待機しててくれないか。なにかあった場合、突入のタイミングはそっちに任せる」
「おーけー、客室内のことはお前に頼んだ」
俺はセレスの手をとり、彼女の歩幅に合わせて歩き出した。
「ああそうだライ、少し耳に入れておいて欲しいことがある」
「ん? どうしたんだ、改まって」
いつものシャロンとは違う、真面目は雰囲気だ。アゴに手を当て、なにやら思考している。
「この辺でな、魔王狩りなんてのが行われてるらしい」
「魔王狩り? なんか随分と物騒じゃないか」
「最近この付近の魔王が四人もやられてる。一人で魔王の所に乗り込んで、一人で倒してどこかに行ってしまうって話だ。お前も気をつけろよ」
特に俺はセレスと行動を共にすることが多い。だから、なんだろうな。
「それじゃ、行ってくる」
話が終わると、シャロンは手をひらひらと振って俺たちを見送った。白い歯を見せて笑う姿は非常に彼女らしい。
客室に近づくにつれて汗ばんでいくセレスの手。基本的にこの城には客人なんて来ない。魔王討伐日に大勢の勇者が来るくらいだ。そのため異常なほど緊張してしまっている。誰かと会う時は外にいる場合しかないから、本人もどうしたらいいのかわからないみたいだ。
目的の部屋に到着し、ドアの前に立った。そこで彼女の耳に顔を寄せる。
「お前は魔王だ。民衆の前では毅然とした態度でいなきゃダメだぞ?」
ハッとしたように、セレスは身を離す。耳元で話したせいか顔は紅潮していた。
一度目をつむり、なにかをブツブツと呟く。瞼を開けた彼女は、もうすでに魔王であった。
眉尻は上がり、瞳には力が篭っている。
「行くぞ、ライオネル」
「イエス、マイマスター」
俺はそう言って、一礼をした。この時はどうしてかあまり恥ずかしさはない。セレスのやる気に当てられているからだろう。