八話
「なあ、さっさと帰ってセレスに謝れよ」
「なにを謝れと? 俺は間違ったことなど言っていない。魔王が従者の要望を聞かなくてなにをするんだ。魔王は従者に守られて、従者は魔王に守られるものだろう。それを俺に教えたのはお前たちだが違うのか?」
「それは、そうなのかもしれないけど……って、俺たちに教えられた?」
「ああ、魔王と従者がそういう関係なんだっていうのがよくわかった。違うな、そういう関係であるべきということをだな。勇者でいうところの同志とはまた少し違う」
「違うのか? 似たようなものだと思うんだが」
「じゃあ訊くが、勇者の中で『同じ立場で同志になった勇者』はどれくらいいると思う?」
「同じ立場で……ってことは、お前やヴェルとは違う勇者ってことだよな?」
「そういうことだ」
地面を見て、空を見て、今まで会った勇者のことを思い出す。
同志がいない、一人で魔王城に来たものもかなり多い。でも同志込みで来る者もそれなりにいる。その中でも、同じ立場で同志になったものは少なくないのだ。
「いるよ、ちゃんと」
「じゃあソイツらは強かったか?」
「いや、正直レベルなんかも低かったし、これといって特徴があったわけじゃない。大体駆け出し勇者からレベル百くらいまでの勇者が多かったな」
「つまりはそういうことだ。レベルが上がっていくと、必然的にソイツらは分解する。強さにばらつきが出て来るからだ。同志の中で誰か一人が強くなればソイツが必然的に上に立つし、そうでなければそのグループから離れていく」
「結局、お前やブラッドフォードみたいな勇者になっていく、ってか」
「そういうことだ。同志とはいえ上下関係は存在するというのが同志というシステムの現状だ。だから、従者になって初めて魔王と従者の関係が特殊であることに気付いた」
「で、魔王が言うことを聞いてくれないから怒ると」
「当然だろう?」
「いやいや、そりゃおかしいだろ」
たぶん、俺とコイツの考えは同じような位置にありながら別の場所に向かっている。
「なにがおかしい?」
「お前は魔王と従者の関係が、勇者と同志の関係とは違うってわかったんだろ? だったら、自分の主人に無理を言うことが正しいことかどうかも考えられるんじゃねーのか? そうやって「誰かに何かを強いる」のって、立場は違えど今の勇者と同志の関係性に似てないか?」
ここでようやく俺の方を見た。目を見開き、口を小さく開けている。
「なんだよ」
「いや、お前もまともなことを言うのだな、と思って」
「それかなりムカつくけど大丈夫? 今俺お前よりもレベル高いけど? しかも俺はお前の親父がやったこと許したわけじゃないし、お前が俺たちにしたことを許したわけでもないんだけど?」
「ふんっ、やれるものならやってみるといい。お前など怖くはない」
「言ったな」
「来るがいい、二の轍は踏まない」
アーサーがニヤリと笑って立ち上がった。レベル差が二十あるのにどうしてコイツはこんなにも自信満々なんだ。
思わず握った拳には汗が滲んでいた。弱くなっても四光の後継者だった男だと頭のどこかで理解しているせいなのか。
「ほーらそこのバカども。ブラッドフォードの同志が起きたぞー」
シャロン声をかけられると、アーサーは鼻を鳴らして歩きだした。コイツの後ろをついていくのは癪だが仕方がない。
俺たちが同志の女の前に立つと、彼女は眉間にシワを寄せた。眼光だけで人を殺せるんじゃないか、と思うほどに険しい目付きだ。両手足を縛られている上に、セラが城から持ってきたであろう魔法抑制器具である首輪を付けられている。これだけの従者を前にして逃げられるってことはないだろう。
「アンタ、名前は?」
「……」
目は口程に物を言う。俺が名前を訊いても「お前になど言うものか」と主張する。
「アナベラだ。たしかブラッドがそう言っていた」
代わりにヴェルが答えた。
「アナベラ、か」
「ライ、彼女のことをいやらしい目で見ないでくださいね」
「見てません」
どうしてこう、うちの女どもは俺に対して辛辣なのか。
「どけボンクラ。俺が話をする」
と、俺の前に出てきたのはアーサーだ。
「いやー、これどう見ても話してくれる感じじゃないだろ」
「黙ってろボンクラ。アナベラとか言ったか、いくつか質問させてもらう。まずひとつ、お前らは本当に俺を殺しにきたのか?」
ボンクラボンクラって人のことなんだと思ってんだよコイツは。一応俺の方が先輩だってこと、絶対わかってないな。
アナベラは口を開こうとしない。どころか今にも食ってかかってきそうな目をしてやがる。だが、アーサーは関係ないと言わんばかりに言葉を繋いでいく。
「口実、なんじゃないのか?」
ピクリと、アナベラの右眉が上がる。
「俺やヴェロニカを殺す、というのは「言い訳」でしかない。別の目的があるんだろう? いや、なにも言わなくていい。もしも俺を殺すこと「だけ」が目的なら、お前一人を残してどこかに行ったりしないはずだ。最初からお前だけが残る予定だったんじゃないのか? そうやって、探りを入れようとしてたんだろ? 魔王や従者を殺すんじゃない。魔王か従者を捕獲、ないし懐柔するのが目的だったんじゃないのか?」
アナベラの目が見開かれた。後継者の同志にしてはちょっとわかりやすすぎるんじゃないだろうか。でもこれでアーサーの仮説が正しいのだと、半ば証明されてしまったようなものだ。
「おいお前、自分がなに言ってるかわかってんのか?」
が、ついつい口を挟んでしまった。
「だから黙っていろと言っている。ブラッドは俺を殺さなかった。殺さなかったのは理由があり、その理由を作るためにアナベラを置いていったと考えれば疑問はなくなる。まあ、他の疑問は出てくるが。その疑問こそが「本当はなにをしようとしていたのか」になるわけだが」
「見当はついてるのか?」
「さっきも言った通りだ。ブラッドは魔王セレスティアもしくはその眷属を欲しがっている。いや、違うかもしれないな」
「違うって、ブラッドフォードが欲しがってるわけじゃないって言いたいのか?」
「勇者にも上下がある。ブラッドは確かに強いが、ブラッドの上にもまた強い勇者はいる。ブラッドが別の誰かに命令されたという可能性も十分にある」
「ブラッドフォードよりも強い勇者? それって――」
「エイブラム=マクラーレンですね」
凛としたセラの声が会話を遮った。
「よく知っているな、その通りだ。ブラッドくらい強ければ、より強い人間など限られてくるからな」
「誰だよ、エイブラムって」
「おそらくは最強の勇者でしょう。年齢は三十二歳、性別は男性、推定レベルは七百と言われています。どうやったかはわかりませんが、この年齢でこのレベルは異常と言わざるを得ませんね」
年齢を重ねればレベルが上がるというものではない。大体は四十過ぎ、頑張っても五十過ぎくらいでレベル上限を迎える。レベルが上がりづらくなるのではなく身体の衰えがレベルについてこれなくなる。そのため、レベル以下の力しか発揮できず、強い魔獣と戦えなくなるのだ。だから勇者も魔王も若い頃にレベルを上げておくというのが定石となっている。




