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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
従者の資格
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最終話

 いやダメなんだけどね、それじゃ。


「変なの。言いたいことがあれば言えばいいのに」

「いいんだよ。お前がそのままでいてくれれば」


 できることなら、もう四光の後継者なんて現れて欲しくない。けれど、魔王である以上は勇者との諍いは避けられないんだ。


 セレスの頭に手を乗せる。その柔らかな髪の毛の感触を感じながら優しく撫でた。


 彼女を喜ばせるためでも、褒めたりするわけでもない。これは俺がそうしたいからそうしているんだ。


 この笑顔をこれからも見ていたいから、俺は無理をしてでもなんとかする。それはきっとこれからも変わらない。その度に俺は怒られるに違いない。でもそれでいいんだと、自身に言い聞かせた。セレスが泣かない程度に無茶をするっていうのも、かなり難しい気がするけど。


 日常とは、変わらないから日常と言う。


 彼女を守ることが俺の日常だから。怒られて、泣かれて、なだめるために頭を撫でるのが日常だから、それでいいんだ。


「そうだ、お母さまのあの指輪なんだけど」

「ああ、俺が代わりにあげたヤツか?」


 ジュディスさんが大事そうにしていて、セレスが欲しがっていた指輪。俺はそれを模して指輪を作り、今はセレスの左手の薬指で光っていた。


「ん? 薬指……?」

「あれはお父さまがお母さまにあげた指輪なの」

「た、誕生日プレゼントとかかな?」

「ううん。違うよ? 婚約指輪」

「へえ、はあ、ふぅん。そうなんだ」


 動揺してはいけない。愛おしそうに指輪を見つめて、恍惚の表情を浮かべていても動揺してはいけない。


「なるほどなぁ。いつかはヤルと思ってたけど、こんなに早く婚約することになるとはねぇ」

「こうも早いとさすがにびっくりします」


 ニヤニヤとこちらを見るシャロンと、背筋を伸ばしお茶を飲むセラ。


「シャロンが言う「ヤル」ってのには妙な含みがあって嫌だ。それとセラはびっくりしてるって態度じゃないだろ」

「あの小さかった二人がねぇ」

「これでも祝福しているのです。感謝くらいはしてもよろしいかと」

「お前ら絶対楽しんでんだろ……」


 こいつらは年も離れてるし正確も真逆なんだが、どうもこう相性良すぎる。


「ライは私のことが嫌いなの?」


 腕にしがみついて潤んだ瞳を向けてくるんじゃない。悪いことしたみたいな気分になるじゃないか。


 なんて思いつつ、すぐに視線を外した。


「き、嫌いなわけないだろ」

「なんで目を逸らすの!」

「そんなこと言われても」


 見つめ合ったら引きこまれてしまうような気がして、なかなか目を合わせられない。


 いろいろと思考を巡らせていた時、セラが持つ魔導送話機が鳴った。


 遠くの人間とも会話ができる優れものだが、ある程度の魔導力がないと使えない。それに高価なため、小さな集落では共有の送話機が一つしかなかったりもする。民衆しかいない集落の送話器には、魔王が定期的に魔導力を充填している。


 お金がたくさんあるわけでもない魔王セレスティア一味も、魔導送話器は一つだけ。ウチのはセラが持つ決まりになっていた。一番几帳面で物忘れがないからである。


「お嬢様、小集落イルベルで勇者の一団が現れたそうです」


 今までじゃれついたり泣いたりしていたのが嘘みたいに、セレスは物凄い速度で立ち上がった。


「行くのか?」


 と、俺が言う。


「当然」


 セレスはそう返してきた。


「そこそこの人数らしいので、二人だけでは少々厳しいかと」


 シャロンは「あー、またご飯食べ損ねちゃうなー」なんて言いながらも、その重い腰を上げた。指示を受けなくても行く姿勢を見せるあたり、さすがは従者というところか。


「おーい、下っ端とヴェルも準備しろー」

「下っ端と呼ぶなこの下郎!」


 なんだかんだと言いつつも、ヴェルを連れてキッチンから出てきた。エプロンはちゃんと置いてきたみたいだ。


 従者になったのは数日前だが、一応心構えはできているらしい。賞味期限が一ヶ月くらい切れた卵みたいな性根だが、なんだかんだと真面目な部分もある。


 彼女の背中は小さいけれど、大きく見える時がある。そう、魔王セレスティアである時の背中は、とても大きく見えるんだ。


「出発!」と食堂を出て行くセレスの後を、俺たちは付いていく。


 日常は待ってはくれない。その中でできることは限られているけれど、なにを思ってどうするかは自分で決められる。


「婚約指輪の件は、帰ってからしっかりと聞かせてもらうぞ」


 気丈な笑顔で彼女は言った。この話からは逃げられそうにないし、なんとか言い訳を考えておこう。


「わかったよ。わかった……」


 城の中にいる時も、外にいる時もどっちも大事だしな。


「それとまだ言ってなかった。指輪ありがとう」

「どういたしまして」


 紅潮した顔のまま、彼女は前を向いた。外行きモードでこんな顔を見られるなんてのは、一年で一回もありはしない。それくら、恥ずかしかったんだろう。


 そんな彼女の背中を見て、俺はこの背中についていこうと心に決めた。今までだってそう考えてはいたが、アーサーとの戦いが、気持ちをより強固にさせたんだ。


 彼女が人々の生活を守ろうとするように、俺は彼女の笑顔を守りたい。


 辛いことも悲しいことも、一緒に受け止めていきたいと、そう思ったんだ。

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