二十八話
現在、魔王セレスティアとその一味はセレスティア城に住み着き、集落に出向いては勇者を成敗するという生活を続けている。つまりは平常運行だ。
元々住んでいた城、クロムウェル城は現在修理中。大規模集落で設計図を描いてもらい、中規模集落の民衆に建て直しを頼んだ。
たぶんクロムウェル城の修繕が終わっても、こっちの城をメインに使うと思う。自分の名前をつけたこの城を、セレスはいたく気に入った様子だったから。
「おーい、下っ端ー。もうお昼過ぎたぞー。早く昼食作れよー」
と、シャロンがキッチンに向かって声を飛ばす。イスの背もたれに寄りかかると、木製のイスがギシギシと軋む。そこそこ年代物なので、あまり乱暴にすると壊れそうだから勘弁して欲しい。
どうせ直すの俺だし。
今は食堂に集合し、昼食が出てくるのを待っている状態だ。手際の悪い下っ端のせいで、結構な時間座っている。
「ティーカップが空です。紅茶をお願いします」
セラは落ち着いて言うが、きっと食堂までは届いていない。元々声が小さい上に張り上げることをしないのだ。
ずっと読書を続けているのだが、元々読むペースが早く、ページを捲るスピードも早い。それでも尚内容はしっかり覚えているのだから羨ましい。有能だからこそできることなんだろう。
「ライー、どこか出かけようよー」
そして我が主セレスティアだが、今は俺の腕を抱きかかえている。腕に頬ずりをし、なにやら嬉しそうに微笑んでいた。
先日の戦いは今まででもっとも激しく、セレスの魔導炉も二つのまま。この先どうするのだろうかと気になっているのだが、当の本人は知らん顔。セレスティア城の居心地にも慣れ、クロムウェル城にいた時同様にユルユルだ。
「おい下っ端ー! 頼むから早くしてくれー! お前がやらないと俺に仕事が回ってくるだろー!」
俺もシャロンを見習い、大声でキッチンに向かって叫んだ。
ドタドタという足音を響かせて、キッチンから下っ端が顔を出す。
「うるさい! 僕になんでもかんでも押し付けるな! 僕は使用人じゃないんだぞ!」
不似合いなひらひらのエプロンを付けた、金髪に白い服という出で立ちの青年。この城に住み着くようになってから、口調には先日のような謙虚さがまったくない。
「うるさいのはどっちだよ。一番の下っ端はお前なんだから、やるのが当然だろ」
「一番の下っ端はどう考えてもヴェロニカじゃないか! 元々は僕の部下なんだから!」
「なんでも言うことを聞くって言ったのはお前自身だ。ヴェルじゃない。ヴェルは「アーサーが従者になるのならば自分も」っていう理由でセレスの従者になったんだし」
「ぐぬぬ……! 僕のような四光の後継者がなぜ……!」
「もう魔王の従者なんだから、四光の後継者は卒業だよ」
あー、無言でめっちゃ睨まれた。
「アーサー、私もちゃんと手伝うわ。だからキッチンに戻ろう? まだ昼食の準備が途中だわ」
エプロン姿のヴェルもキッチンから出てきて、出来の悪い上司アーサーをなだめる。
豊満な体つきと露出度の高い服を着ているため、布の面積が広いエプロンをしていると「おっ」と思ってしまう。いろんな意味で似合っていた。
「おいライオネル! まだ言ってなかったが、なぜ君が気軽にヴェルと呼ぶんだ!」
「だってヴェルがそれでいいって。お前以外のみんながヴェルって呼んでるだろ。悔しかったらお前も呼べば?」
「君ってやつは……!」
「はいはい、行くわよアーサー」
額に血管を浮き上がらせて怒るアーサー。その腕を掴んだヴェルは、彼をキッチンへと強制連行した。なんだかんだと口調や性格が変わったようにも見えるが、ヴェルとの相性はかなり良さそうだ。
いや、ヴェルが合わせてるのか。
「なあ、お前ホントにこれでよかったのか?」
アーサーとヴェルの後ろ姿を見送る俺に対し、シャロンが気だるそうに言った。
「いいって、なにが?」
「アイツの親父はお前の両親の仇だろ? それにセレスの魔導炉を奪った元凶はアイツだ。それを許容するなんてな」
「別に許したわけじゃない。わだかまりだってあるさ。でもな、今はこうするしかないんだ。アーサーと戦ってみて、四光の後継者がどれだけ強いかはわかったからな」
四光の後継者とは、上級勇者の中でも選りすぐりに強い者たち。四光は四人しかいないが、後継者は四人以上いて、その中からより強い者が選ばれるらしい。
つまりは、アーサー以上の人間がゴロゴロいておかしくない世界ということ。
「ま、その顔を見てれば納得してないことくらいわかるさ」
魔導炉を失った魔王とその従者。俺たち四人だけでは、これから遭遇するであろう強大な勇者に勝てないかもしれない。自分の身を守るためでもあり、セレスの身を案じたからこそ納得できる。
あの時、セレスが振り下ろした剣を止めたのは、後から駆けつけたシャロンとセラだった。
セラが冷気で動きを鈍らせて、シャロンがマントを硬化して剣を防いだ。
防御の後で思い切り吹き飛ばされていたから、かなり強力だったんだと思う。極法具『レーヴァテイン』は伊達じゃないってことだな。
殺してはいけない。そんな魔王になってはいけないと、彼女たちは言った。俺もそう思っていたし、セレス自身だって好んで人を殺すような人間じゃない。
これからのことを考え、シャロンとセラ、それにセレスを説得し、奴とヴェルを従者にするようにと進言した。最初は渋ってはいたけれど、ちゃんと説明すればわかってくれると信じていた。
ちなみに、目や鼻から血を出すまで賜法を行使し続けた件について、セレスにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
綺麗で整った顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって、バカだのアホだのを連呼するという子供っぽい煽りも受けた。
『死んじゃったらどうするの! 父様と母様みたいに私を置いてかないでよ!』
そんな彼女を見ていると「ああ、まだ俺の役目は終わってないんだな」と思わされた。
俺はその時、ベネディクトさんが死ぬ間際に言った言葉を思い出していたんだ。
『お前の人生はお前の物だ。この世界で誰が虐げようとも、自分を失わない限りは誰もお前の時間を束縛できない』
そうだ、あの人は「娘を頼む」だなんて言ってない。いつだって俺に自由をくれた。その代わりに、自分を見失うな、信念を忘れるなと言われた。
『だが、お前が無理をすることで心配をかけるな。悲しませるな。お前の命は、お前だけのものじゃない』
そうも言われたな。
ベネディクトさんのあの言葉、今なら実感できる。
「なあセレス」
「なに?」
俺を見上げる瞳は、無垢な少女そのものだ。
「いや、なんでもない」
そんな彼女を見ていると、これからだとか、他の後継者がだとか、そんなことはどうでもよくなってしまった。




