二十六話
視界がボヤけ始める。片膝が崩れ、地面にはポタポタと、赤い雫が落ちていった。
「目からも鼻からも血が出ているけど大丈夫? どういう方法で攻撃したかはわからないけど、結局君の賜法は自分を犠牲にしなければ使えない。時間を止めるなんて、そんな大それたことは簡単にはできない。それに火力も低い。魔導炉に強化特性を付与できないというのも、かなりの問題点だ」
人差し指で目元を、親指で鼻元を拭う。
「確かに、結構ヤバイかもな」
勝てない。
本当に?
相手は四光の後継者だ。魔王でもない従者の俺が、本当に勝てるとでも思ったのか?
「君の賜法は凄いと思う。けれど決定打に欠けるんだ」
時間を止める賜法と、自身を超加速させる賜法。そのどちらも、魔導力によって強大な攻撃力を得るものではない。立ち回りを強化し、セレスを補助するためのものだ。
「君は自分や仲間を優位に立たせるような賜法しか編み出せなかった。いい所でもあり、悪い所でもある」
「自分と仲間、か」
アーサーの言うことはもっともだった。けれど、俺はその言葉に一筋の光を見出していた。
いや、正確には「やろうとしなかったこと」に対して向き合う覚悟を決めたんだ。
「それじゃあ、終わらせてあげますよ」
ヤツの身体が赤い光を放つ。勇者が同志の魔導力を吸い上げて自分を強化する『縦列接続』を使った証拠だ。徹底的に潰しにきたということだろう。
先日見た光の塊を手の平で弄んでいる。あれが直撃したらひとたまりもないんだろうな。元々レベルが高いアーサーが縦列接続を使った。おそらく、今のレベルは四百を越えているに違いない。
「それはこっちのセリフだよ」
膝に手をつき、無理矢理立ち上がった。
相手のレベルがなんだ。格上だからどうした。俺は自分以上に大切なモノを知っている。この胸にある気持ちには、嘘偽りなど一つもない。
「ふらふらのクセによく言う」
「今にも崩れ落ちそうだよ。倒れて眠れたらどれだけ楽だろうなって、そう考えてる。でもな、譲れないもんは誰にでもあるんだよ」
アイツを殴れるのはあと二回、いや無理をして三回か。
「それを遺言として受け取ろう! 勇気ある、脆弱な従者として胸に刻んでね!」
〈完全破壊〉が放たれる前に時間を止め、自身を加速させた。
初めてアーサーに〈世界掌握〉を使った時、俺は確実に世界が灰色になったのを見た。ヤツが動き出したのを見て気が動転してしまったが、俺以外が灰色になったのは見間違いじゃなかった。それは、この大広間に入った時にも確認させてもらった。
アーサーの〈完全調律〉は強力だと思うし、正直面倒な能力だなとは思う。しかしヤツは気付いていない。オートカウンターだと言っていたが、それ故の弱点を知らないんだ。
相手の行動に対して作用するということは、相手が動き出した後でないと発動しないということ。〈世界掌握〉を発動した瞬間はアーサーも止まった時間の中にいるのだ。
〈限界突破〉を常時使用した状態で時間を止める。そして〈完全調律〉が発動する前に解いて、また時間を止める。こうすることでアーサーの時間を止めつつ自分は常に加速し続けることが可能だ。今までやったことはなかったが、小刻みに賜法を使うというのがここまで負担になるとは思わなかった。
そうだな、二つの賜法を合わせて〈境界製錬〉と呼ぼう。そして今からコイツに打ち込むのは〈臨界淘汰〉だ。
「受け取れ! これが俺の答えだ!」
誰にも聞こえていないのだとはわかっている。けれど気合を入れるには、やっぱり叫ぶのが一番だと思った。
光の塊を避けつつ、軋む身体に鞭を打ち、右腕を目一杯振り切った。アーサーの胸に拳が当たり、その衝撃が全身に響いた。
殴った衝撃で、ヤツの背中からは青白い光が噴出していく。眩いまでの光は渦を巻き室内を照らした。部屋いっぱいに広がるそれは、粒となって宙に溶けて、そして消えていく。
その瞬間、時間が動き出す。
「びっくりした。そんな所でなにをやってるだい?」
コイツの振舞いはどんな状況でも変わらないんだな。人を見下げた瞳も同じだ。敬語じゃなくなってるから、一応戦闘態勢なんだろうけど。
「俺がたどり着いた『四光を倒す方法』を実践したまでだ」
「なにを――」
ドサッという音と共に、目の前からアーサーの姿が消えた。少し視線を動かせば、
ヤツが両膝をついていた。
「なにビビってんだよ、天才」
見開かれる瞼、泳ぐ瞳、唇は締まり無く半開きだ。
「君は、一体なにをしたんだ……」
「説明が必要か? 俺は時間を使うんだ。で、お前は四光だ。これ以上言わせるのか?」
四光とは、称号でもあり状態のことでもある。勇者モード、四光モードという切り替えができるのだ。
何千何万という勇者の頂点に立つ者。その中でも、あることができなければ四光とは呼ばれない。
特性の中に『加減』というものがある。加速や減速、増加や減少を司る特性だが、四光はかならずその特性に適正を持っているのだ。
自身の魔導炉を増加、加速させることで全ての魔導炉を飛躍的に向上。それができなければ勇者の上位からさらに上には行かれない。
それだけを聞くとどうしようもないけれど、弱点は存在する。
加減の特性には加減の効果を適用させられないこと。つまり加減の魔導炉にある魔導力が尽きればそこまで。四光モードには時間制限があり、それさえ乗り切れば普通の勇者と変わりない。まあそれでもかなり強いのだが。
本来ならば、上位勇者の魔導力が尽きることなどまずありえない。使い続けても数日は保つのが普通だ。




