二十五話
「絶対死なないでよね」と背後から言われた。
「ああ、当たり前だ」と俺は応える。
「絶対守ってよね」と語調が強くなってきた。
「どんなヤツが来ても守るよ」と俺も強めに返す。
「戦う以上は、勝ちなさい!」
凛とした声が、大広間に木霊した。
「イエス、マイマスター」
彼女に背を向けたまま、俺はそう言った。
まさか、こんな時でもこのやりとりをするとは思わなかった。
一歩二歩と歩みを進め、左手は開いて前へ、右手は握って胸元に引き寄せる。
「構えろよ。俺とお前の一騎打ちだ」
応えるように、奴もまた拳を構えた。
「いいでしょう。君の対策とやら、見せてもらいましょう」
相手が構えるのを見てから世界掌握を発動、次いで限界突破を使う。素早く走りだし、アーサーへと接近した。
懐に飛びこんですぐに世界掌握を解除。また発動。
「そんなもの――」
肉薄した瞬間に解除、そしてまた発動。拳を顔面に向かって突き出す。
「無駄です!」
アーサーは色を取り戻し、俺の攻撃を回避。身を翻した勢いを利用し、俺の脇腹に鋭い蹴りをくれてきた。
世界掌握を使ってから完全調律が発動するまではそう長くない。長く見積もってもコンマ五秒、下手をすればその半分以下。体感時間にはあまり自信がないため、正確なことはわからない。でも、これだけわかればなんとかなる。
先ほどと同じように世界掌握と限界突破で突っ込む。ここで後退するわけにはいかなかった。
「無駄でもなんでも関係ねーんだよ!」
思い切り拳を振るうが、アイツにはかすりもしない。それなのに、アイツの攻撃は俺の顔面に直撃した。
俺だって、クロムウェル城に住み始めてからいろいろ教わってきた。攻撃だけじゃない、回避や防御、相手の動かし方、行動の短縮化。
短時間であってもアイツは動けない間がある。それなのに、俺は攻撃一つ入れられない。
これまでやってきたことは無駄だったのかと、そう思いたくもなる。
でもそれは相手の努力を知らないからこそ言えること。結局主観でしか無いんだ。
今はただ、培ってきた技術を駆使して戦うだけ。
「君はなにも――」
時間を止める。
「学習しないんですね!」
左拳のショートアッパーを確認して重心を右へ。それなのに、右ストレートが顔面にぶち当たる。
避けたつもりだったのに、逆にそこを狙われる。
さすが四光の後継者、というところか。戦い慣れしている上に、天性の勘みたいなものがあるんだろう。常に俺の先を読んで行動している。
アーサーは攻撃一つ一つが次の行動に繋がるように立ちまわっていた。〈完全調律〉でこちらの賜法がきかない以上、俺は体術でこいつを打ち負かすしかないというのに。
俺の攻撃を避けたアーサーは、靭やかな動きで回し蹴りを放つ。急いで後ろに下がったが、その蹴りは俺のアゴを掠めていった。
カスっただけだというのに視界がグラつく。これまでのやりとりもあり、思わず膝をついてしまった。
矢継ぎ早に飛んでくる足刀を避けられず、顔をガードするだけで精一杯だった。
意識が飛び飛びになりながら、次の攻撃が来ないのを確認する。
大丈夫だ、まだ余裕がある。そう思った時、背中に衝撃が走った。蹴りで浮かされ、背中から落ちたのだと理解するまで時間がかかった。
脳みそがその情報をカットした。不要な情報だというわけじゃない。そこまで意識が回らないくらい疲弊しているのだ。
「所詮君だけではその程度。四光の後継者に勝とうなどと、浅はかにもほどがある」
ああ、こんな時でも笑ってやがる。ホント、腹の立つ野郎だ。
「いいのかよ。百獣の王ってのは、小動物を狩るのにも全力を出すんだぜ?」
「必要ないね。賜法でも体術でも、君は僕の足元にも及ばない。だからこそ、ここまで圧倒的な差ができてしまう」
「じゃあ覆させてやる! お前の考え方をよお!」
コツは掴んだ。ダメージもできるだけ最小限に押さえた。あとは、反撃の狼煙を上げるだけだ。
世界よ、灰色に染まれ。
「何度やっても――」
俺が先を読んでも、その上をいかれては意味がない。だから俺には、もう直線的な攻撃しか残されていないんだ。
セラには決め打ちで攻撃するなと言われたが、一発で落とすくらいの気概でなければ、コイツにダメージは与えられない。
視界がチカチカと目障りだけど、そんなことに気を取られてはダメだ。拳をぐっと握り締め、一直線に顔面へ。
そして、拳が確かに打擲した。
「無ぐあ……!」
なんとも形容しがたい悲鳴を上げ、ヤツの身体が宙を舞った。
空中で体勢を立て直したアーサーは、壁に到達する前に着地。驚いているようで、信じられないという表情で俺を見ている。しかしその瞳にはまだ自信が伺えた。
「なにを、したんだ?」
明らかに動揺している。自分は強い、自分は一番だ、自分には才能がある、選ばれた人間だ。ヤツは間違いなくそう思ってる。でもそれは己に対しての評価だ。
この表情は、俺に対しての評価が変わったというだけの話。
「わかったかよ、俺だってやればできるんだよ。それに俺を同志にしたいって言うのも、お目が高かったってことなんじゃないか」
「なにをしたのかと聞いている!」
「大声出したって、タネは明かしてやらねーよ!」
戦い方とか流儀とか、今はそんなのどうだっていい。ただただ相手に向かって拳を突き出すだけ。
頬に鼻に、胸に腹に。徐々に速度を上げていき、俺が制御できるギリギリまで高速化した。
仲間が殴られた分だとか、失った魔導炉の分だとか、そんなのを考えていられない。
コイツをぶっ潰す。ただ、それだけだ。
思い出したかのように、渾身のトーキックで鳩尾を蹴り上げた。が、アーサーは両の足をしっかりと地面につけ、吹き飛ばされないように耐えている。
まだやれると世界掌握を使った時、一瞬だけ意識が飛んだ。身体に力が入らず、気合いを入れようと口を開くも、アゴが震えて声が出ない。
目元と鼻元に妙な痒みを覚えた。これは、皮膚をなにかが滴っているような痒みだ。むず痒さとともにやってくる焦燥感は、自分の限界が見えた証拠でもあった。
「それで、終わりですか?」
若干だが、アーサーの顔は腫れている。鼻血も垂れて、服も破れかかっていた。なのに、本体へのダメージはあまりない。
「君如きの魔導炉で、君程度の魔導力で、簡単に傷を付けられると思っているのですか?」
アーサーの足取りは思ったよりも軽く、むしろ平常となんら変わりない。




