二十四話〈リターン:ライオネル=アークライト〉
最初は動揺してしまった。でも、真実を知ってしまえばなんてことはない。
結局、魔王と勇者の話なんてそんなに難しいもんじゃないんだ。陰謀だの感情だのが入り混じって、からみ合って、面倒になってしまうだけ。ちゃんと受け止めれば、なんてことはない。
「悪いなアーサー、待たせたみたいでよ」
「まさか戻って来るとは思ってませんでしたよ。つまり、僕の同志になってくれるということですよね?」
「バカ言うなよ。俺は自分の主人を守りに来たんだ。詐欺師まがいのクソ野郎になんて従わないさ」
「詐欺師とはヒドイな」
「正当な評価だ。全部聞かせてもらったからな」
「影からコソコソと覗いてたんですか? 嫌な性格してますね」
「お前に言われたくはないね」
「でも、僕の言葉にグラついてた割に思い切りがいいですね。なにかあったんですか?」
一度振り返り、セレスの顔を見た。俺からは視線を外し、ずっと床を見つめている。
そんな心配そうな顔をすんなよ。大丈夫だ、俺はここにいるぞ。
「ベネディクトさんが死ぬ前にな、俺に一通の手紙を渡してくれたんだ。そこに真実が書いてあったよ。俺の両親が死んだ理由も、勇者の秘術を俺に施した事実もな」
ベネディクトさんは、手紙を渡す時にこう言っていた。
『今は絶対に開けてはいけないよ。なにかがあって、本当に苦しくなった時にこの手紙を読んで欲しい。これからどうしたらいいかわからなくなったら、きっと必要になる』
その言葉を守った結果がこれだ。セレスを全面的に信じてはいたけれど、信じている自分を信用できなかったんだ。
「君の両親を殺した人間についても書かれてた?」
「ブランドン=バートレット。お前の親父だろ? 舐めたマネしてくれる……」
コイツと話してると腹が立ってくる。沸点が一気に上昇して、口からなにかが漏れてしまいそうだ。
「まあそれでも、君やセレスティア嬢は僕には勝てない。それがすべてで、事実だ」
「力づくでねじ伏せるってか? やってやるさ」
「勝てる見込みもないのに?」
「それはお前が決めることじゃない。さっき〈世界掌握〉を使った時にいろいろと確かめさせてもらったしな」
「ライ……アナタ……」
セレスティアは上目遣いで俺の腕を掴んだ。眉根は下がり、今にも泣きそうなほどに瞳は潤んでいた。
「ごめんな。ちょっと城に居づらくなって、仲直りのためのプレゼントをと思って城を出たんだけど、予想以上に時間がかかっちまった」
俺は胸元から、手の平に乗るくらいの小さな箱を取り出す。
「これは?」
「開ければわかる」
セレスが恐る恐るその箱を開けた。ハッした表情の後で、中に入っていた指輪を取り出した。小さなシルファネイトの石をあしらった、ミスリル製の指輪だ。
シルファネイトは特に高価というわけでも、珍しいわけでもない宝石。だからこそ指輪などに使われることは少なかった。アレクサンドライトにも似た特性を持ち、太陽光の下では黄色、電球などの下では緑色、魔法や賜法の光に当たると赤くなる。
「ジュディスさんがしてたシルファネイトの指輪、昔から物欲しそうに見てたろ?」
「わざわざ買ってきたの?!」
「作ったんだよ。こういう細工物は得意なんだ。輪の部分はミスリル。指輪を作るくらいだったら持ってたからな」
ベネディクトさんに鍛冶を教えてもらった時の残りだけど。
「じゃあ、シルファネイトは?」
「グイネス鉱山まで行って取ってきた」
一番近くの鉱山に出向いて、自力でシルファネイトを採掘してきた。今は廃坑だが、十年くらい前まではシルファネイトがよく採れた。
「取ってきたって、本気で言ってるの?」
「当然。まあ帰りに困ってるじいさん助けててさ、ちょっと遅れちまったんだわ」
俺が笑ってやると、セレスの目には涙が浮かぶ。そしてあっという間に、綺麗な顔がぐしゃぐしゃになった。
「バカ! バカバカバカ!」
胸に飛び込んできかたかと思えば、何度も何度も握りこぶしで叩いてくる。もう完全に魔王モードを解いてしまったらしい。
「不安にさせて悪かったと思ってる。一言謝ればよかったのかなって考えたし、どうすれば許してもらえるんだろうなとも考えた。その結果がこれだ。受け取ってくれ」
顔を合わせるのがなんだか気まずくて、なんか手土産にしなきゃと思った。けど、そのせいで泣かせてたら意味がないのに。そんなことにも気付かないで、俺は本当になにやってんだ。
「戻ってきてくれて、よかった」
肩を上下させて、嗚咽をこらえるセレス。たおやかな腰に左手を回し、右手は頭に乗せた。ちょっと埃っぽいけど、髪の毛の柔らかさや艶は失われていない。
「これで仲直りしてくれ。文句なら、アイツを倒してから聞くよ」
壊れないようにと優しく撫でて、セレスから身体を離した。胸に残った温かな染みは、これからの戦いではお守りみたいなものだ。
一度深呼吸してから、俺はアーサーへと向き直った。
「あと勇者の秘術は両親の愛情の現れだと思ってる。俺には魔導炉が三つしかなかった。成長してどうなっても俺のためになるって、そう思ってくれたに違いない」
「勝手に解釈しても大丈夫? 本当のところはわからないでしょう?」
「俺が賜法を使って仲間を守れるのは、両親が秘術を使ってくれたからだ。俺の魔導炉だけじゃ時間なんて止められなかった。だから、両親に感謝しないわけがないんだよ」
「平和ボケした頭だ。真実を知らないのに、こんなにも自分以外の他人を信頼できるなんて」
確かに、本当のところはわからない。けれど、そう思うような出来事を俺は思い出したんだ。
「俺はな、両親の死を自分で目撃してたんだ。ただ、忘れてただけで。子供の頃の記憶が曖昧なのも、その時の衝撃で精神に異常をきたしたから。ベネディクトさんが最期まで勇者の秘術のことを隠してたのは、俺を気遣ってのことだ」
俺の両親とセレスの両親は仲がよかった。良き友であり、良きライバルであった。これはベネディクトさんの手紙に書いてあったこと。
そしてあの日、討伐遠征でも剣を交わした。俺はセレスと一緒に遊んでいたのだが、城の中で迷い、大広間にたどり着く。俺が大広間を覗いた時、まさに俺の両親が殺される瞬間だった。
『見るな!』
そんなベネディクトさんの声が思い出される。同時に、俺に向かって微笑む両親の顔が浮かんだ。
「ホント、なんで忘れてたんだろうな……」
感情のほとんどをなくし、無気力になってしまった俺。根気よく励まし、育ててくれたのはクロムウェル家の人々だった。
セレスはその頃から俺の手を取り、いろんな場所へと導いてくれた。いろんな遊びを教えてくれた。今だって一緒にいてくれる。
こんな俺に、屈託のない笑顔を向けてくれるんだ。




