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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
従者の資格
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二十三話〈クロスオーバー:セレスティア=ウォルト=クロムウェル〉

 セレスティアが扉を開けると、部屋の中には魔導式の電灯が灯っていた。内装は城と同様に、ブロックを幾重にも積み重ねて創られていた。城の半分ほどの面積を持ち、生身ならば端から端まで全力疾走しても数十秒はかかるであろう広さ。その部屋の中心で、ポケットに手を入れているアーサーが立っていた。


「まさか、待たれているとは思わなかったわ」

「レディを待たせるのは主義じゃないんですよ」


 ポケットから手を出し、拳を作っては開き、また作っては開くというのを繰り返していた。


「なにか言いたいことがありそうね」

「わかりますか? それじゃあ言わせてもらいましょう」


 ニヤリと笑ったアーサーとセレスティアの視線が交わる。


「この戦い、僕が勝ったら僕の同志となってください」

「その理由は? 私はもう魔導炉も二つしか持っていない。魔王としても欠陥だらけ、勇者になってもまともな戦いなどできはしない」

「魔王セレスティア。この辺一帯では最強と名高い少女。そんな人を同志にしたのなら、僕にひれ伏す魔王だって絶対に出てきます。あのクロムウェル家を懐柔した勇者としてね」


 彼女の眉間に皺が寄る。


「ライオネルを口説いておいて今度は私? 手癖が悪いわね」

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ってね」

「一応私が主人なのだけど」

「正直どっちが将でもいいんですよ。ただ、どちらかが僕の同志になってくれれば、もう片方も同志になるでしょう」

「ことがうまく運ぶと、本気で思っているみたいね」


 利用できるモノは全て利用し、自分が上に立つことしか考えていない。それはクロムウェル家が代々受け継ぐ思想とは真逆であった。


 誰が見ても軍配はアーサーにあがるだろうという、半ば出来レースのような勝負。それでも尚、彼女は自分の志を失わない。


「いいわ。でも――」


 父からもらった剣を抜いた。それは、元々は政府が作った魔王用の剣。名を『レーヴァテイン』という。


 対勇者用兵装、極法具だった。


 精霊との契約が済めば、髪の毛がふわりと舞い上がり、すぐに元の位置に戻る。身体の表面には、青白い光が薄く張られた。


「私に勝てたら、の話よ」

「後悔させてあげましょう」


 疾風怒濤の勢いで迫るアーサーに驚くことなく、冷静に攻撃を避ける。


 脇を抜けては止まり、そしてまた攻撃を仕掛けてくる。セレスティアもまた、攻撃を避けた。


「いくら極法具といえど、その能力には限度がある!」


 拳を避けた瞬間に、セレスティアの腹部にアーサーの膝が刺さった。


「がはっ……!」

「避けているだけで戦いになるほど、勇者と魔王の戦いは甘くない!」


 よろけたところに回し蹴りが飛んできた。


 腕を前に出して防御するも、想像以上に威力が高く、一気に壁に叩きつけられてしまった。


 こんなものを受け続けているわけにはいかない。彼女に与えられた使命は『生き続けること。逃げること』だった。


「アナタはなぜ、ライにあんな嘘を吐いたの?」

「さあ、なんのことでしょうね」

「しらばっくれても無駄よ。勇者の秘術は、確かに自分の魂を対象の魔導炉に宿す術。けれどそれは、本来その人が使っていた特性を僅かでも対象に与えるためのもの。魂が内側から食い破られるなど、荒唐無稽の嘘八百」

「さすがに魔王だけあって知っているんですね。けれどもう遅い。ライオネル君は城を出て、貴女はここにいて一人で戦っている」

「アナタのせいで、ね」

「いずれは貴女をダシにして、ライオネル君も同志に迎えようと思っていますよ。ご安心を」

「ライはアナタの言葉を信じている。それならば私をダシになんて使えないと思うけど?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。それとも貴女は、ライオネル君が薄情者だとでも思ってるんですか?」

「逆に、逃げ出した奴を薄情者と思わない方がおかしいでしょう?」


 口に出してはみたものの、自分自身でその言葉を飲み込めずにいた。


 いつも隣にいてくれた。いつも背中を押してくれた。両親が死んだ時だって、一番多く声をかけてくれた。そんな人が逃げ出すなど、考えたくはなかったのだ。


 しかし、今現在ここにいないのは事実。それに魔王としての体裁も保たねばいけない。


「確かにそうですね」

「それに私の両親がライの両親を殺しただなんて嘘も吐いてくれちゃって」

「あー、そんなことも言いましたね。あの時のライオネル君の顔、名状しがたいほどに痛快でしたよ」


 声を出して笑うアーサーとは反対に、セレスティアは奥歯を強く噛んだ。


 ライオネルの両親が誰に殺されたかを知っていたからだ。


 あの日、クロムウェル城の大広間を見ていたから知っている。極悪非道の、勇者の中の勇者。


 魔王ではなく、同業者である勇者を殺す。それはただの殺人行為でしかない。


「アナタのこと、どこかで見覚えがあると思っていたわ。あの時の勇者と関係があるの?」

「ライオネル君の両親を殺した人と? 当然ですよ、僕の父が殺したんですからね」


 高笑いがどんどんと大きくなる。セレスティアの中で、黒い感情が沸々と湧いてくる。


 コイツが、コイツがいなければと。


「あの日、私の両親を守るためにライの両親が死んだ。ライもその場にいたけれど、ショックのあまりライの記憶は消えてしまった。でもそれでいいと思った。ライが幸せに暮らせるのなら、それでいいと思ったのに……!」


 レーヴァテインを強く握りしめながら、ライオネルといた過去を振り返っていた。


 いつも引け目を感じ、ライオネルが幸福であるようにと努めてきた。笑って欲しい、楽しんで欲しい。


 一緒に、いて欲しい。


 彼の身を案じながら、最終的にはそのような自分の欲を優先させてしまった。それを自覚していたからこそ、良心の呵責に悩み続けてきた。


 自分はずっとライオネルと一緒にいたいと願っているが、ライオネルはどう思っているのだろう。そうやって、苦しみ続けてきた。


「人の持ち物を奪い心を踏みにじる。勇者としてはこれ以上にない人生の楽しみ方ですよ」

「この下衆が……!」

「怒りを露わにしてもなにも変わりません。それよりも、貴女はなぜそこまで魔王に執着するのです? こちらの仲間になって、勇者として生きていくこともできるでしょうに」


 アーサーの言葉に、喉を鳴らした。


 確かに、そういう道がないわけでもない。皆で降伏して、アーサーに使われるという道は、皆が生き残る手っ取り早い方法だ。


「そういうわけにはいかない」

「なぜ? 矜持ですか? 魔王にそこまでこだわる理由は?」

「父が魔王で、母がその従者だったから」

「理由になっていませんね」

「みんな、父様が救った。ライもシャロンもセラも、父様が救った。魔王である父様が。最期のときだって魔王であることを誇りに思っていた。それなのに、娘である私が志を捨てて、魔王という立場から逃げるわけにはいかない」

「くだらない、見栄のようなものですね」

「そう言われても構わない。私が魔王でなくなったら、みんなをつなぎ留めておけないから。みんな離れていってしまうから!」

「その志、今ここで踏み潰してあげましょう」

「やってみなさいよ! はあああああああああああああああ!」


 彼女の叫びは大広間だけに留まらず、城の中を縦横無尽に駆け抜けた。できるかぎりの魔法力を剣へと集めた。


 この頬を伝う熱は誰のためのものなのか。なにを思い、なにを考えて流れてくるのだろうか。答えは見つからないが、それでもいいと彼女は思う。


 剣を構え、切っ先をアーサーに向けた。


 死んでもいい。ここで一矢報いなければライオネルに顔向けなどできないと、魔導力を精一杯注ぎこむ。


 適度に息を吸い、止めた。


「おいおい、役立たずのお嬢さまは下がってろよ」


 その時だった。


 見覚えのある背中が、突如として視界に入ってきたのは。


「誰も離れてかねーよ。お前がどうなろうとお前はお前だ。当然、ベネディクトさんには感謝してる。でもお前の従者だってことにも誇りを持ってるんだ。なにより、お前を守りたい」


 時を止め、自分の前に出てきたのだ。けれどなぜ今になって出てくるのだ。嬉しくは思っているが、頭が混乱して理解が追いつかない。


「そう、従者として守りたいんだ。ここからは、従者の仕事だぜ」


 彼女が求めた人物は、不遜な態度でそう言った。

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