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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
従者の資格
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二十二話

「あああああああああああああああああああ!」


 ヴェロニカが天上に向かって咆哮すると、地面に張っていた氷にヒビが入った。そしてまた地面は踊り、氷結映写は無に帰る。


「そう簡単にはやらせてもらえませんか」


 凍牙神裁は、攻撃力が低いセラにとっては最後の切り札に近いものがあった。それが破られてしまった今、思考を重ねる必要がある。


 しかし時間を与えてくれるとは思えないと、彼女もわかっていた。


「アナタはもう、私に近づくことはできないわ。範囲は狭いけれど、近付いた瞬間に心臓の鼓動を停めてあげる」


 影を伝って移動しても関係ない。逆に、近づかれても同じことだ。影を踏んでも、影を踏まれてもいけなかった。幸いにも日が高く登り始めているため、そう簡単にはいかないだろう。


 セラは思う。なぜこの力を今になって使ったのだろうと。


 範囲が限られているということの意味を考えると、その人間の周囲に長くいることによって発動できるのだろうか、という結論に至った。


「血液を引き出させたり、人の心臓を止めてみたり。なんとも扱いづらそうな賜法ばかりですね」

「人が考えつくような賜法を扱うということは、それだけ対策されているということよ。ならば他人があまり使わないような賜法を編み出した方が、より効率的に物事を進められると思わない?」

「確かに、なかなかどうして、掴みどころがなくて困ってますよ」


 自分よりも相手のリーチが長い。懐に飛び込んでも賜法が発動する。状況を打破する方法を見出さなければ万事休す。


 四面楚歌、八方塞がり。そんな言葉がセラの脳裏をよぎっていた。


 ヴェロニカが大地の波に乗り嬉々として接近してきた。勝利を確信し、まだ掴まぬ勝利の美酒に酔っている。セラの瞳にはそう映った。


 迎え撃とうと前傾姿勢を取るが、その拍子で膝が地面についてしまう。まるであざ笑うかのように、膝が笑って言うことを聞いてくれなくなった。


 賜法を連発し、血液を多量に流しすぎた。それは彼女もわかっている。

今動かずしていつ動くのか。自分の役目も果たせずになにが従者か。


 そう思うのもつかの間。槍の切っ先が顔面を貫くまで、すでに秒読み状態にまで迫っていた。


「〈外套激成〉!」


 その時、聞き覚えがある力強い声と共に、マントを掲げた一人の女性が目の前に立つ。


「アナタ……!」


 槍はマントに阻まれ、金属音と共にその威力を失った。


 ヴェロニカは槍を引き、苦い顔で後退する。


「よう、まだいけるか?」

「この程度で、挫けるわけにはいきませんよ……」


 ああ、やはりこの人の隣は安心する。口に出したことはないが、セラはいつもそう思っていた。


 世話焼きで面倒見がよく、誰とでも気さくに話をする。セラは本当の姉のように感じていた。あの時死んでしまった姉も、シャロンのように明るく世話焼きであった。そう思えば思うほど、余計に愛しく、余計に辛くなる。


『あの時自分が見捨てなければ』


 こんなところで後悔などしても仕方がない。自分には守るべきものができたのだから。


 自分に言い聞かせ、震える足で立ち上がった。


「やるじゃん」


 そう言われ、若干赤面しながらもセラは微笑んだ。


 ここで思わぬ事態が起きた。けれどそれは、従者側からしてみれば僥倖にも匹敵する幸運であった。


 激しく波打っていた大地は鎮まり、ヴェロニカ自身もその場で立ち止まっているではないか。


 今度はヴェロニカが地に膝をつき、自らの肩を抱いている。歯を食いしばっている理由は不明だが、腕輪が煌々と赤い光を放っていた。


「あの光は……縦列接続(ハイポタクシス)……!」


 勇者が同志の魔導力を借りて自身を強化する、勇者だけに与えられた力。並列接続(パラタクシス)とは逆の意味を持つが、実際魔導力を借りるのとは少し違う。


 魔王たちは、この力についてこぞってこう言う。「同志の魔導力を強制的に吸い上げるという、非常に身勝手な力だ」と。


 同志とは一人の強い勇者についていく者たち。虎の威を借りる意味が強く、その一人の勇者がより強くなるための道具でしかない。


「今しかない! やるぞセラ!」

「ええ、問題ありません」


 シャロンが〈陽光収束:並行チャージ・オーバーラップ〉を行使すると、彼女の後ろ頭上よりも高い位置で光の玉が形成された。大気からの魔導力と自分の魔導力を吸収し、光の玉は一気に肥大する。


 その間、セラはシャロンの影に身を潜める。


「覚悟を決めろよ! 〈陽光射出:集約ブラスト・コンバージェンス〉!」


 瞬く間に大きくなった光の玉は、人が腕で抱え込めるギリギリの大きさになる。光の玉は光線状になって打ち出された。


 数秒と経たずにヴェロニカの元へと到達するも、(すんで)のところで避けられてしまった。汗だくで疲労困憊といった感じだが、戦士としては我を忘れていない。身体が悲鳴を上げていても、相手は待ってくれない。


「こんな状態の私一人屠れないとはね」


 セラの行動を把握していたため、自分の背後に迫っていることも理解していた。だからこそ、振り返るのと同時に槍を思い切り薙ぎ払った。


「こちらですよ」


 光線がヴェロニカを通り越したということは、ヴェロニカの後ろではなく、シャロンがいる方向へと影が移動するということ。


 縦列接続の影響か、戦闘が長引いたことが原因かはわからない。間違いなく判断が鈍り、遅れたことだけは確かだった。


「〈凍牙神裁:真討(フリーズエリュード)〉」


 相手を通り過ぎながら、冷気を纏った剣撃を見舞う。だが先ほどのような、切り刻むような攻撃ではない。


 二本の剣を交差させ、一気に振り抜く。本来ならば相手を一瞬で凍てつかせるほどの一撃だが、殺しはしないという信条の元、手加減をした。結果として、相手の体温を奪って戦力を削ぐだけにとどまった。


 と言っても、ヴェロニカの肌の表面は少しだけ凍り始めていた。手加減をしてもそれは避けられない。


「殺さ……ないのね……」


 膝から地面に崩れ、ヴェロニカは地面に突っ伏した。


「これも主人、魔王セレスティアの言いつけですので」

『人を殺してはいけない。それが例え、卑劣で傲慢な勇者だとしても』


 セレスティアが従者全員に言ったその言葉。言いつけを破った従者は誰一人としていない。クロムウェル家への忠誠心でもあり、彼女自身に対しての信頼の厚さでもあった。


 溶け始めている氷を見つめている時間はない。


「シャロン、お嬢様の元へ行きましょう」

「わかってるよ。一応コイツも連れてくか」


 気を失いぐったりとしているヴェロニカを抱え、シャロンが立ち上がる。まだそんな元気があるのかとセラは思ったが、微震している膝を見て、口を閉じた。


 早く向かわなければ。


 アーサーは縦列接続まで使ったのだ。二人の戦いが一体どうなっているのかはわからないが、不安が靄となってセラの胸中を覆っていた。


 今はただ、己が主人の無事を祈るばかりだ。


「ライ……」


 もしも彼が側にいてくれたのならと、拳をキツく握りしめた。

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