十九話
抵抗できず、ここで終わるのだろうと覚悟を決めた時、目の前に現れたのがベネディクトだった。
彼は彼女にこう言った。
『一人で盗賊とは見上げた根性だね。どうだい、ウチに来ないか? 衣食住は提供するし、不自由はさせない。その代わりと言ってはなんだが、魔王の従者になってもらいたい』
その手をしばらく見つめ、彼女は惑い、迷った。
いいのだろうか、自分のような女が魔王の従者となってしまっても。
いいのだろうか、人としてまっとうな人生を歩んでいないのに、人を守れるのだろうか。
『心配することはない、君はまだ若いのだから。何度でも転べばいい。その度に起き上がれるかどうかは、君次第だがね』
差し出された手を取り、彼女は涙を流した。
許されるとは思っていない。けれどこの人の元でならばやり直してもいいのではないかと思った。
なによりも、盗賊団の大将とベネディクトは纏う空気が似ていた。強く逞しく、それだけでなく優しく和やかだった。その辺に生えている名も無き花を愛で、野良犬や野良猫を拾ってきてしまいそうな、そんな空気だ。
手を取ってしまった以上のことはやり遂げる。とても誠実で大らかな魔王ベネディクトが見初めた少女もまた誠実だった。
「私は裏切れないんだよ! 夫妻を守れなかったんだ! お嬢だけは絶対に守るって決めたんだよ!」
結局、セレスティアの両親は魔王討伐ではなく、人を救って死んでしまった。雨の日にがけ崩れが起き、下敷きになった人々を救い、最終的には自分たちが生き埋めになってしまった。
土砂を避けたり、民衆の保護をしたりと、もうすでに魔導力は底を尽きてしまっていた。それはシャロンもセラも、セレスティアもライオネルも一緒だった。
夫妻が死んでから、シャロンは「自分が三人を守るのだ」と、強く心に決めた。夫妻は自分を助けてくれたが、セレスティアやライオネルもまたシャロンを救った。
盗賊団であった自分を受け入れ、姉のように接してくれた。そんな彼らを裏切れない。そんな彼女たちを守るのだと。
世話になった人が目の前で消える恐怖を、シャロンは二度も経験しているから。今度こそ、命の灯火を消させたりはしない。
地面を擦るように、低い位置からハンマーを思い切りかち上げた。勇者が五人、宙を舞う。
「おらおら! そんなんで勝てると思ってんのかよ!」
猪突猛進という言葉が当てはまるような戦い方。周りを敵に囲まれても力ずくで切り開こうという気概。彼女の戦い方は本来、支えてくれる者がいてこそ成り立つのだ。
「〈外套激成〉!」
銃弾や矢が飛んできたのを視認したシャロンは、羽織っていたマントを掴み前方で振りかざす。
ただの布切れだったマントは、甲高い音を響かせて飛び道具を全て弾き落とした。勇者たちの中にも、その光景に驚きを隠せない者もいた。
〈外套激成〉は織布、金属、強化、伸縮の特性を持つ。布や金属の性質を変え、自在に操るというもの。シャロンがマントを羽織っているのは、自身の防御力を補うために必要だった。
かつて自分を拾ってくれた人が守ってくれたように、そのマントは今でも彼女を守っていた。
攻撃をマントで防ぎ、ハンマーで迎撃を行う。身体強化以外で攻撃力を上げることができず、それが自分の弱点であることを彼女は知っている。
だからこそ身体能力を鍛えてきた。主人にも、他の従者にも身体能力では負けた覚えがない。培われた経験と、積み重ねてきた修練は、この泥沼化する白兵戦では十分に力を発揮していた。
それでも、一対多であることは変わらない。
勇者もまた魔導力を持ち、賜法を使う。シャロンは結局人であり、魔導力の枯渇だって迫っている。
「捕まえたぞ!」
そんな時、鞭に腕を絡めとられた。
「こんなもの!」
無理矢理振りほどこうとするが、鞭の表面には棘のような凹凸がついており、それが腕に食い込んでしまっていた。肌を破り、徐々に滴っていく鮮やかな赤に、シャロンは顔をしかめた。
集中が削がれたせいか、接近する勇者に気付くことができない。気付けば、腹部には蹴りがめり込んでいる。
「かはっ……!」
一瞬呼吸が止まり、苦悶に顔が歪む。
身体のバランスが崩れ、なんとか立て直そうとした。しかし鞭のせいでそれができない。
いつしか地面に組み敷かれ、大勢の勇者がシャロンを見下げていた。
抵抗を試みるものの、すぐさま拘束具を首にはめられ、魔導術を使えない状態にさせられた。
「どうする、こいつ」
「従者だからな、当然政府に差し出すさ。だが――」
勇者たちは男性ばかり。一応女性もいるようだが、後方で待機している者が大半を占めている。
そんな男性勇者たちの視線は、シャロンの身体を舐めまわした。中には生唾を飲む者、鼻の下を伸ばす者もいた。
二十歳でありながら、大人の拳よりも大きな乳房。ショートパンツから覗く、白く肉付きのいい太もも。どちらも、指で突いたら弾き返しそうなハリとツヤがある。こんな戦場であっても失われない艶かしさをこの年齢で持っていた。
「こんだけやられたんだ。俺たちだって少しくらい役得があってもいいよな」
「触るな、ゲスが」
そう言ったシャロンの頬に平手打ちが飛んできた。その頬には、手の平の跡が赤く残る。
「この状況でもそんなことが言えるのか。大した根性だ」
腕も足も、頭も胴も抑えつけられて、身動きなどできるような状態ではない。それでも尚彼女の気持ちは強く、志を高く掲げていた。
「お前らみたいに女を慰み者としか思ってない奴は許せないね。痛い目でも見て改心しなよ」
ニヤリと、彼女は不敵に笑う。
「なんだと!」と叫び、勇者はまた腕をあげようとした。
「飛び散れ! 〈陽光射出:拡散砲〉!」
後方、城の上辺りに設置した光の球体。手の平に乗る程度の大きさから、大人数名が手を繋いで円を作るよりもずっと大きな球体になっていた。弱々しかった光の球体も、手をかざすほどに眩しい輝きを放つまでになる。
「な、なんだあれは……!」
勇者たちはそう言いながら、手で光を遮った。
しかしそれもつかの間、球体は一度収縮し、そしてはじけ飛んだ。
逃げ惑うたくさんの人々。森の中へと逃げこむ者、地面に突っ伏す者、逆にシャロンへと向かっていく者もいた。しかしその全員が、球体から放たれる光の弾丸の餌食となった。
殺傷能力は低く設定したため死亡者は見られない。が、この戦場に立っている者は一人もいなかった。
一人の従者を除いては、だが。
「〈陽光収縮〉で魔導力を集め〈陽光射出〉で攻撃する。射出は散弾である拡散砲と、一点集中の集約砲がある。魔導力は大気から集めたり、自分から捧げたり、まあ両方同時もできるけどね。集約砲だと死んじゃいそうだったし、まあこの程度で済んでよかったじゃないか」
地面に横たえる勇者に、シャロンはそう言った。先ほど頬を殴ったあの勇者だ。
「き、貴様は……!」
「魔王セレスティアが第二従者、シャロン=カーティスだ。覚えておきな!」
腰に手を当て、勇者たちに向けて言い放った。壁のように立ちふさがっていたはずが、今は絨毯のようになっていた。
彼女を侮る勇者など、ここにはもう存在しなかった。
「さて、セラの手助けでもしに行くかね……」
その辺に落ちていたナイフで首の拘束具を無理矢理外し、気だるそうに首を左右に振った。
満身創痍ではないにしろ、魔導力をかなり消費してしまった。けれど守らねばならないものがあるから、彼女は自らの意思で走り出す。
「道も悪いし急いで十分ってとこか。魔走車で飛ばして、間に合うかなぁ……」
仲間の無事を、心から祈りながら。




