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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
従者の資格
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十八話〈ビューポイント:シャロン=カーティス〉

 太陽は山から顔を出し、大地に命を吹き込んでいくようだった。


 そんな光を浴びながら、瓦解のような城を背に、シャロンは森の向こうを見つめていた。


 若干肌寒いが、深呼吸をすると浄化されていくような気持ちになる。


 冷たい空気が体内の熱を下げ、温かな日差しが体外を温める。このなんとも言えない温度の差を、生きている証拠なのだと噛みしめていた。


 早起きが得意ではないシャロンにはこういう機会が少ない。そのため、特に新鮮だと感じていた。


 毎日やって来るであろう朝が、ここまで心地よいものだとは知らなかった。


 クロムウェル城に来る前から、彼女は基本的に夜型だったからだ。


「でも、あんまいい空気じゃないねぇ……」


 そんな気持ちとは裏腹に、これから訪れるであろう戦闘には嫌気が差していた。


 様々な音が混ざり合い、森の向こうからは異様な空気が漂ってきている。


 金属製の甲冑同士が当たる甲高い音。静かな森に似つかわしくない大多数の雑踏。それに伴って、周囲から退いていく動物たち。


 耳を澄ましてみても、どれだけの人数がいるかわからない。勇者が勇者を呼び、予想を越える人数になったのだなと、シャロンは額に手を当てた。


「あー、めんどくせー」


 森の中から出てきては、城を囲うようにぞろぞろと広がっていく勇者の群れ。立錐の余地もなく、目測だけでも数百人はいるであろう集団を見て、思わずため息が漏れた。


「魔王の証を見せろ!」


 一人の勇者が先頭に立ち、シャロンに向かってそう言った。


「魔王は今取り込み中でな! 代わりに私が相手をする!」


 左手を天高く掲げ、勇者の群れに答えた。左手の親指にしている指輪こそが、従者である証だった。


 勇者たちは指輪を目視したわけではない。勇者デバイスが「あれは従者の証だ」という信号を各々に伝えているのだ。危険信号のように、勇者デバイスにはめ込まれた石が赤く光っている。


 シャロンを取り囲むように光る勇者デバイス。その赤色の群れは、彼女の背筋を震わせた。


 面倒くさい、というのは本心だ。けれどもう一つ、別の本心が隠れている。背中を震わせたのは恐怖ではない。武者震いという名の戦闘本能。彼女は間違いなく、生粋の戦士であった。


「いくぞ! 魔王の従者よ!」

「ああ! いつでも来いよ!」


 できる限りの大声を腹の底から出した。


 シャロンの受け入れ体勢を確認し、一人また一人と、武器を持った勇者が走りこんでくる。


 その姿たるや、勇者というよりも魔物に近い。力で制圧し、権力を振りかざすだけの、人という魔物だった。


 森の中から聞こえてきた、あの雑踏よりも重く、そして早い。

気迫が空気を伝い、シャロンの体温を上げていく。全身の毛が逆立つような感覚に、彼女は下唇を舐めた。


「やったろーじゃん! 〈領界誘惑ミラージュ・レジデンス〉!」


 幻惑、照射、光輝の特性を使い、賜法を発動させた。


 広範囲の敵に幻覚を見せるというもの。基本的には自分の分身を見せて惑わせるのが目的となる。


 勇者の数はあまりにも多く、一人で相手にするには厳しいと踏んだ。


 シャロンはまず勇者を分断することから始めた。自分の分身をテキトーな場所に出現させ、できるだけ長く時間を稼がせる。光の屈折を使った幻影のため、当然攻撃などはできない。


 ただ、本体と交じることで『どれが本物でどれが偽物か』をわからなくさせることは可能だ。

 次に〈陽光収束:大気型チャージ・アトモスフィア〉を使い、拳くらいの光の球体を後方に浮かべた。光は弱々しく儚げである。大気中の魔導力を吸収し、魔導力が多くなればなるほど、球体は大きくなっていくという代物だ。


 最後に身体の強化を行い、後はただ前に進むだけ。


 壁のようでありながらも群れとして迫り来る。その壁にシャロンは衝突した。


 勇者の攻撃を躱して蹴り飛ばす。回避してはハンマーを振るう。攻撃を受け止めては片手で投げ飛ばす。


 シャロンがハンマーを選んだのは、遠心力で物理ダメージを増やせるから。武器単体で火力を出す方法を模索した結果だった。


 もとより繊細な作業が苦手なタイプ。刃物よりも自分に合い、かつ一撃のダメージを大きくするのにはうってつけだった。


 時間も体力も足りなくなるため、勇者を一人一人さばいているわけにはいかない。蹴り飛ばす、投げ飛ばす際には勇者ができるだけ多い地点へ。ハンマーを振るう時は数人を巻き添えにする形で。


 圧倒的不利な大衆戦闘をしながら、シャロンは従者として城にやって来る前のことを思い出していた。


 彼女は盗賊だった。


 素行がよくない勇者や、住民から不当に金品を巻き上げる勇者などを懲らしめる義賊『カラドリウス盗賊団』の一員として生きていた。自分を捨てた両親のことなどはどうでもよく、拾ってくれた盗賊の大将にだけ心を開いていたあの頃。いい生活とは言えなかったものの、毎日が充実していた。


 小規模の盗賊団で、大将やシャロンを合わせても三十人弱。皆優しく、シャロンを娘のように、妹のように可愛がった。そしてシャロンもまた、親のように、姉や兄のように慕っていた。


 そんな毎日が崩れ去ったのは、ベネディクトに拾われるよりもずっと前だった。


 義賊をよく思わない勇者のたちに蹂躙されたのだ。


 偽の情報により、とある集落へと訪れたカラドリウス盗賊団。そこで待ち構えていたのは百人以上の勇者たちだった。


 周囲を包囲され、為す術も無く、一時間あまりで壊滅させられてしまった。


 その中で、シャロンを抱きかかえて逃げた男がいた。シャロンを拾った大将だった。彼女を森に隠し、自分が羽織っていたカーキ色のマントをシャロンにかけた。


『貸してやるだけだぞ、ちゃんと返せよ』


 そう言って、歯を見せて笑った。そして、勇者の気を引くためにまた戦火へと飛び込んでいった。

結局生き残ったのはシャロン一人。本当ならば自分もあの場所で朽ちるはず。何日も何日も彼女は一人で考えた。体重は減り、頬はこけ、筋力だって滅法落ちた。


 どうして自分だけが生き残ったのか、どうして皆死んでしまったのか。マントを返せと言ったのは大将じゃないかと。


 だが、仲間の義賊の思いを無駄にしないためにも一人で歩いていくことを決めた。

盗賊団の皆が好きだったから、本当の家族だと思っていたからこそ立ち上がることができた。


 しかし、人生はそこまで甘くはない。


 盗賊としてやってきた彼女は、結局盗賊としての生き方しか見いだせなかった。


 今度は義賊ではなく、正真正銘の盗賊としての新しい人生。不正な金品を貧しい人に与えるだけでは食べてはいかれない。シャロン一人だけでは限られた行動しかできず、普通の盗賊としての道しかなかった。


 そう、一人だった。


 盗賊を退治しようとしていた勇者の集団に襲われてしまった。当時まだ十代半ばであったシャロンだが、大人数名に囲まれてしまっては為す術もない。

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