十五話
勧められた野菜をいくつかバッグに入れ、セレスは店主にお辞儀をした。
店を離れ、また別の店の前へ。その間いろんな人に声を掛けられ、その度に笑顔で挨拶をするセレス。この集落に住んでいなくても、アイドル的な存在なのは否めない。それはセラやシャロンも同じであり、俺もよく声をかけられる。
三人娘はアイドル的なポジションだろうが、俺はたぶんお付きの犬という認識でしかなさそうだ。
「そういやあの二人はどうした?」
「シャロンが一人で走っていったから、セラもそれを追いかけてどっか行っちゃった」
どっかって。
「仕方ない、先に帰ろう。アイツらだって腹が減ればテキトーに帰ってくるだろ」
「なんかペットみたいな扱いだね」
「お前にとっちゃペットみたいなもんだろ。俺も含めてだけど」
「そんなことないよ。ライもシャロンもセラも、ずっと家族だもん」
「いるよね、ペットを家族って言う人」
「ちょっと! なんてこと言うの!」
なんて会話をしながら、俺たちは集落をあとにした。
生い茂る木々の間から、太陽の光が地面に伸びる。風に吹かれて揺れる葉や小鳥が止まって動く枝がその光をさまざまな形に変えていく。むき出しの茶色い地面にいろんな模様ができて、幼少期の記憶が蘇ってくるようだ。
今も昔もこうやって二人で歩いてきた。下を見て上を見て、些細な変化にも驚いて。
ふと自分の過去が思い出せないことが悔しく思う。クロムウェル城に住む前の記憶は、今でもまだわからないままだった。
「この森はいつ歩いても飽きないなあ」
「夜でも昼でも、お前昔から好きだったよな」
「思い出の場所でもあるしね。父様や母様ともよく遊んでもらったし、ライともよく歩いたよね」
「歩いたっつーか走り回ったっつーか」
「どうあっても、大事なものは大事なんだよ」
屈託のないこの笑顔も昔から変わらない。この笑顔を守りたくて従者になって、セレスの両親が亡くなった後は全部支えてやりたいと思った。それを本人に言うだけの勇気はないけど。
「おやおや、楽しそうですね。僕も混ぜてもらえますか?」
強烈な魔導力が肌を刺すのと同時に、会いたくない奴が木陰から出てきた。
先日のような敵意や殺意はないけれど、静かな場所なだけあって魔導力が直に伝わる。
「アーサー……!」
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか。今日は戦いにきたわけじゃないんですから」
「じゃあなにしに来たんだよ。仲良しごっこ、ってわけじゃないんだろ?」
ふっと、奴は鼻で笑った。こういう笑い方が妙に似合っていて、またそれが鼻につく。
「君は自分の両親のことを知ってますか?」
真意がわからず、どう受け答えしていいかわからない。けれど、もしかすれば両親の情報を引きずり出せるのではないか。
「両親のことは知らない。ベネディクトさんが言うには事故で死んで、孤児になった俺を引き取ったって言ってた」
「事故、ね。間違ってはいません。けれどその事故を起こしたのが、魔王ベネディクトだとしたら?」
一瞬だけ、頭が真っ白になった。
「お前、自分がなに言ってるのかわかってんのか?」
そんな頭で絞り出したのは、疑問符を疑問符で返すということだけ。
「君は自分のことを知らなさすぎるんです。自分の両親が勇者で、魔王に殺されたということも知らない」
なんだ。なんの話をしてるんだ。
「ライ! 聞いちゃダメ! 彼の言っていることは――」
「ちょっと黙っててくれるか、セレス」
怯えた犬みたいに縮こまってしまったが、その反応だけで自分がどんな表情をしているかを悟った。
「お前の話が事実だったとして、なんでそれを知ってるんだ」
「君の両親は魔王討伐に出て殺された。その際、僕の父親も討伐隊に参加してたんだ。その時の話を父から聞かせてもらっただけですよ。納得してもらえましたか?」
「納得はできないが、合点はいく」
早く波打つ脈拍の音が、耳元で響いてやけにうるさい。自分でもわかるくらいには動揺している。
落ち着け。惑わされちゃ、奴の思う壺だ。
「それともう一つ教えてあげましょう。君の魔導炉が一つしかないのは、死んだ君の両親が秘術で魔導炉を乗っ取ったから。つまり君の中には、君と両親の三つの魂が宿っているんです」
「……は?」
「あるんですよ、勇者の秘術にね。先に対象を選び、賜法を使っておく。そうすると、死んだ後でその魂が対象の魔導炉に宿る。そしてその魂は次第に対象の身体を蝕むんです。将来的に、その肉体を乗っ取るために」
「アーサー! それ以上嘘を重ねるのはやめなさい!」
引っ込んでいたはずのセレスが大声を出すと、呼応するように突風が吹き森が鳴いた。木々を分けて風が進む音に、葉が擦れる音。ザワザワと、森全体が震動している。
「嘘ではありませんよ。ライオネル君の魔導炉には両親の魂が付与されている。これも父から聞いたことですがね」
「お父さまはライの両親を殺してなんかいない! それに、秘術は対象の能力を上げるためにする、勇者が仲間のため最後に残すものよ。それを乗っ取るだなんて……!」
「なぜセレスティア君がそんなことを知っているんですか? 君の父がライオネル君の両親を殺していないなんて、まるでその目で見てきたような言いようですね」
奴の口が歪む。三日月を横にしたような、鋭利で醜悪な笑み。
逆に、セレスは顔面蒼白だった。
「セレスお前、知ってたのか……?」
「違う! 違うのよ! 確かにこの目で見たけれど、お父さまは本当に殺してない!」
「もういいから、ホントに黙っててくれ」
もちろん、アーサーの言葉を鵜呑みにしたわけじゃない。けれど今はセレスの言うことも聞きたくない。
「今日僕がここに来たのはこの話をするためではありません。君を僕の同志にしたいんですよ」
「次から次へとわけのわからない話ばっかり持ってくるなよ」
「僕は本気ですよ? あれだけ完璧に時間を止められる人なんて初めてでした。君が仲間になってくれれば、世界中の魔王を討ち取ることだってできるはずです。さあ、この手を取って」
差し出された手は強者とは思えないほどに綺麗だった。修練を重ね、自身を磨いてきた人間の手ではない。
誰の話も証拠がなくて、本来ならばセレスを信じるのが普通だ。それでも、彼女が俺に隠してきたことが俺の胸に刺さって抜けない。
「お前の仲間になるつもりはない。けど、このまま今の状態で従者を続けるのも辛い。少し考える時間をくれ」
「話を聞いて! ねえ、ライ!」
「ひとりになりたいんだ。お前の話は、俺の気持ちが落ち着いたら聞く」
ニヤニヤとこちらを見ているアーサーのことは気に食わない。が、誰かになにかを言われ、すぐに心境が変わったら苦労はしない。
アーサーはこちらを卑下したように笑い、どこかへと姿を消した。
「一緒に……帰ろう……?」
そう言って俺の腕を抱き込んだセレス。しかし俺は腕を振りほどき、一人で歩き出した。靴音も聞こえて来ないし、ついてくる気配もない。
他人にかまっている時間も余裕も、今の俺には残っていなかった。
過去のこと、今のこと。仲間のこと、敵のこと。自分の中にある様々な思いが交錯して、色々な考えが浮かんでは消えていく。
信じているはずなんだ。ずっと一緒に暮らしてきて、信じられないはずないじゃないか。
「俺はなんで……!」
はずなのに、迷ってしまっている自分が憎い。
出ているはずの結論に手を伸ばせないまま、俺は孤独の道を歩いていた。




