十三話
俺は草原を歩いていた。
太陽は頭上高くで赫う。直射日光が降り注ぐもあまり暑さを感じなかった。遮るものがあるわけでもないのに。
特になにかをするわけでもなく、シャクシャクと草を踏みしめ歩く。後ろを振り向けば、大きなミミズが這いずったみたいな跡が残っている。俺が歩いた痕跡だ。新雪の上を一番最初に歩く時の、爽快感にも似たなにかと同じ気持ちが湧いてくる。
しかし、どこに向かっているんだろう。
そう思った時、途端に草が急成長し、あっという間に四肢を絡めとられてしまった。
足から地面に沈んでいく。埋没していく。体ごと、飲み込まれていった。
地面に身体が覆われて、視界がどんどんと狭まって、あれほど輝いていた太陽も米粒ほどになった。
そして光は途絶え、完全なる闇に染まった。
「はっ……! ゆ、夢か……」
瞼を開くと、上の方には昨日眠る前に見た天井があった。
しかし、手足が上手く動かせない。それに胸元には妙に柔らかい感触と重圧。
視界になにかがチラついて、視線を足の方に向ければ、茶色い毛玉が「うーん」と言いながらうごめいていた。
「シャロンお前……」
右手足にはセレス、左手足にはセラがしがみついていた。三人が三人とも静かな寝息をたて、無防備にもあどけない寝顔をさらしている。
こういった状況は何回もあった。
セレスは「ライと一緒に寝たかった」と、勝手に潜り込んでくる。
シャロンは「たまにはお姉さんも人肌が恋しい」とのしかかってくる。
セラは「無意識です。ご容赦ください」と、正直一番ヒドイ返答が帰ってくる。
「だがしかしこれは、ちょっと……」
刺激が強すぎる。
セレスはパジャマ、シャロンは下着、セラはネグリジェ。三者三様の寝姿ではあるが、見た目と感触、両方の意味でインパクトが大きい。
うちの三人娘は贔屓目じゃなくても美人揃いだと思う。だからこそ、慣れているとは言え鼓動は速くなってしまう。目のやり場にも困るし、気持ちのコントロールだって上手くできない。
俺も男だ、身体も正直に反応してしまう。
「おいシャロン! まずお前が起きろ!」
このままではいけないと、一際大きな声を出す。今の一言で全員起きてくれれば楽なのだが、そうはいかないのが魔王セレスティアとその従者だ。
「んあ……おう、おはよう」
「おはようじゃんないんだよ、さっさとそこどいてくれ」
「えー、もうちょっと眠ってたいー」
腕を背中に回し、胸の膨らみをグニグニと押し付けてくる。
「マジで起きてくれ! それ以上は本当にまずい!」
セレスとセラを振りほどき、シャロンの肩を掴む。そしてそのまま上体を起こした。
「ちょっと、乙女の睡眠を邪魔するつもり?」
「乙女って年じゃねーだろ! さっさと起きろ! 起きて着替えろ!」
「わかりましたよー」
ベッドから降りて、頭を掻きながらドアの方へと歩いていった。これでいい、俺の尊厳は守られたはずだ。
「ほら、お前らも起きて部屋に行け」
残った二人の肩を揺らす。セラはすぐに起きるのだが、主人の寝起きが壮絶に悪い。
「おはようございます、ライ」
「はいおはようセラ。ハウス」
「わん」
彼女は一言そう言って、シャロンの後をついて部屋から出て行った。足取りはしっかりとしていて、この分ならば心配ないだろう。
俺のベッドに一番多く潜り込んでくるのはセラだ。そしてその度に「ハウス」と言って帰らせる。なんだかまんざらでもないらしく、従順に従ってくれる。
「ほら、二人とも出てったぞ。次はお前の番だ」
さっきからずっと揺さぶっているのに、瞼一つ動かさない。
一度手を止め、セレスの顔を見た。血色がよく穏やかで、歳相応の少女に見える。細い黒髪が乱れ、白い肌に模様を描く。それがまた美しく、思わず指先で触れた。
指通りのいい、艷やかで長い髪の毛。セラほどではないが白く、けれど病弱そうではない、弾力に富む細やかな肌。すべすべとしていて、触り心地は素晴らしい。
「楽しい?」
「うん。ってええええええええ!?」
髪の毛や肌をまさぐる俺を見て、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
「いつから?」
「最初から」
「お前ってたまーに、すごく意地悪になるよな」
「あんまりにも一生懸命だったから、つい」
寝ている女の子の肌を触っているなんてまるで変態だ。特に恋人でもないのだから、余計に変態っぽい。そんな姿を見ていてなにが面白いのか。
「悪い、ついな」
「いいよ、好きなだけ触っても」
ニコニコというふうでも、ニヤニヤという感じでもない。愛しい物を愛でるように、柔和な笑みを浮かべていた。
この少女の笑顔を見続けて、安穏な日々を送れたらどれだけいいんだろう。
「あんまこっち見るなよ。恥ずかしい」
「実は触られてるこっちも恥ずかしい」
「じゃあとりあえず自室に戻ろうか」
「好き勝手弄んでおいてヒドイこと言うのね……」
「お前シャロンに感化されてきてないか?」
こういうのはシャロンの役回りだと思っていたのに。
昔は顔もふっくらとしていて、胸元もぺったんこ、手足も短かった。しかし現在では女性らしく成長している。目のやり場に困る時があるくらいには。
「あんなんが増えたら面倒なんだ。いつものお前でいてくれ……」
「その辺はライ次第かなー」
「はいはい、善処しますよ」
このままじゃ埒が明かない。先にベッドから降り、セレスを抱きかかえた。身長は低くないはずだし、出ているところも出てる。だけどやけに軽くて心配になってしまう。
「だっこしてくれるんだ?」
「仕方なくだ、仕方なく」
俺の首に腕を回し、胸に頬ずりしてきた。楽しそうなので口は挟まないが、 なんというか少しくらい照れてくれてもいいのにとも思った。
俺は小さくため息をつき、そのまま彼女の自室に運んだ。
朝の珍事も一段落したかという矢先、今日の料理当番が誰であるかを思い出してしまった。
朝食を待つために、従者三人は食堂で待機。
今日は、従者一同が指を組んで主を見守る大切な日。手助けをしたいところなのだが、本人が「一人でやる!」というので、俯いて祈ることしかできない。




