十話
昨日に引き続き、俺は三人と手合わせをしていた。
はずだった。
「結局シャロンは飽きたとか言うし、セラは掃除とか言うし、残ったのはセレスだけじゃねーか」
「私一人じゃ不満なの!?」
頬を膨らませながら、キツく握った拳を叩きつけてきた。
「うおっと。マジで手加減無しだな」
なんとか避けられるレベルだが、魔導炉を失ったとは思えないほどに速く、強靭な拳だった。
俺も強化の特性を魔導炉に適応させていない。つまりは俺たちは同じ穴のムジナというわけだ。それなのに、俺の強化よりもセレスの強化の方が数段上。才能とは恐ろしく不公平で、怖いくらいに不平等だ。
純粋な体術だけならば、一番強いのはきっとシャロンだ。次が俺で、その次がセレス、最後がセラと言った具合だ。でも俺以外の三人は武器を使ってなんぼ、という部分もあるので、それで強さを計ることはできない。武器を持たれたら、たぶん俺が最弱だと思う。
セレスは非常に勘が鋭く、魔法無しの戦闘でも強者と言って差し支えない。それが魔王となり、魔法や賜法を使うのだ。そりゃ並の勇者が数百人束になったって敵わないだろう。特にセレスは魔法の才にも恵まれている。
が、現状は違う。中級勇者百人程度ならばなんとかなりそうだが、上級勇者ならば十人が限界だろう。
現在の彼女は俺たちと同程度かそれ以下の力しか持たない。
「はあ!」
突き刺さるようなワンツー。セレスの動きに合わせる形で、俺は身体を逸らして攻撃を避ける。
彼女の攻撃を避け、右半身の状態で右拳をねじ込んだ。
しかしその攻撃は手刀に寄って払い落とされ、鎌のように鋭い回し蹴りが顔面に向かってきた。
「くそっ!」なんて言いながらも、なんとか左腕でガード。彼女の強化精度が落ちているせいか、ギリギリで反応してもなんとか間に合う。
今までは反応した後では遅かったのに、なんて考えてしまった。
過去の出来事なんて変えようがなくて、それでも自分の不甲斐なさを痛感してしまう。
「脇が甘い!」
ネガティブな思考を汲み取ったのか、単純に隙を見つけただけなのか、彼女の拳は眼前に迫っていた。
強化を最高まで高め、限界の速度で拳を上方へと弾いた。
その刹那、脇腹に強烈な痛みが走る。左足が綺麗にきまっていた。
「脇が甘いと――」
空中で回ったかと思えば、今度は飛び蹴りの体勢に入る。遠心力を利用した蹴りが迫ってくるが、速度が速くつま先がまったく見えなかった。
「言ってるでしょう!」
脇腹の痛みで反応が遅れた俺は、その攻撃をもろに食らってしまった。
俺の身体は宙に浮き、そこでようやくセレスの攻撃がいかに強いかを痛感させられた。体勢を崩しながらも地面に手をつくが、体重を上手く支えきれずに地べたを転がってしまった。
この戦闘センスにはいつも舌を巻く。
「ライもまだまだだね」
埃を払いながら起き上がれば、腰に右手を当てて不敵に微笑む主の姿。
「まあお前には一度も勝ったことないんだけどな」
「そうだっけ?」
「ガキの頃から手合わせしてて忘れてるとか……」
起き上がり、埃を払った。
「私、都合の悪いことはわすれちゃう主義だから」
「いやいや、お前が勝ってるんだから都合悪くないだろ」
「私が負けてもライが負けても都合が悪いんだよ」
コイツとは長く一緒にいるが、たまによくわからないことを言う。外行きモードの時はそんなことないのに、城の中ではどこかの電波を受信しているみたいだ。
「弱体化しても魔王は魔王か」
「当然! 私は魔王で、従者と民衆を守る最強の盾!」
「昔は超頑丈だったのに、数日前から木製だよな」
「名誉の勲章、ってとこかな」
「じゃあ、次は俺が勲章をもらう番かもしれないな」
「無理したらダメだよ? これでライが死んじゃったら本末転倒なんだから」
「わかってる、わかってるって」
理解はしてる。けれど納得はしていない。
本来ならば従者が魔王を護衛しなければいけないのに、不甲斐ないことに守られてばかりだ。
「そんなに悲しそうな顔しないでよ」
「そう言うお前だって」
目を細め、今にも泣きそうだ。口元に浮かぶ微かな笑みが、一層引き立てていた。
セレスが纏う空気は、表情とは裏腹に少々張り詰めていた。緊張、焦燥、憂鬱といろんな感情が入り混じっているみたいだ。
「ライがボロボロになるところなんて見たくないもん。私のために戦ってくれるのは嬉しいけど、傷ついて欲しくないから」
「バカ言うなよ。そりゃこっちも一緒だ。シャロンもセラもそう思ってるはずだ」
「それでも私は主人だから、ちゃんと守らなきゃいけない」
「俺たちはお前の従者だから、お前を守らなきゃいけない」
見つめ合ったまま、穏やかな時間が通りすぎた。
風がそよぎ、鳥が鳴く。
木々がわずかに揺れて、葉が擦れる音がした。
時の流れを実感しながらも、二人の間だけが止まってしまったかのような錯覚。
「大丈夫だ。俺は死なないし、お前も死なない。殺させたりなんかしないし、お前を傷つけるヤツは俺が許さない」
「絶対に死なない?」
「絶対に死んだりするもんか」
「必ず守ってくれる?」
「死なない程度に頑張るさ」
「絶対、絶対守ってよ?」
「お前のことは守るってば」
「そうじゃなくて、死なないでよってこと。約束できるよね?」
「約束するよ。俺を誰だと思ってんだ」
そこでようやく、セレスは愁眉を開いた。周囲の空気も落ち着きを取り戻し、いつもの朗らかさが感じられる。
「それじゃあ、もっと修練しなきゃね!」
と、先ほどとは打って変わって目付きが鋭くなる。
「ま、まだやるんスか」
「太陽だってほぼ真上! ここから夜まで付き合うからね!」
気合を入れなおすように、セレスは腕まくりした。
厄が落ちたように明るさを取り戻したセレス。やっぱり彼女には笑っていて欲しいし、そのために行動するのが俺の役目だと思っている。
「んじゃ、手合わせ頼むかね」
構え直し、俺たちはまた衝突する。
お互いを高め合うためであり、自分が死なないためでもある。それ以上に相手を守るという意味合いが一番強かった。
それから数時間に渡って拳を交えた。
しかし、言わずともがな俺は負け続けるのだった。これもまた、俺らしいと言えば俺らしい結果だ。




