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魔王を守る下僕となりて  作者: 絢野悠
従者の資格
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一話

 山間から漏れた夕日を、俺は左手で遮った。親指にしている指輪が光ると、どんな時でも気持ちが引き締まる。


 基本的に深い森の中で暮らしている身としては、太陽の光は眩しく感じてしまう。それがわかっているのなら、こんな崖の端に立たなければいいのに、と自分でも思う。しかしここは非常に見晴らしがいいんだ。


 夕日が眩しいのもあるが、自分自身があまり人目につくような行動を取れないというのにも起因する。だが太陽が沈めば俺たちの時間だ。


 普通の民衆ならば、昼間に仕事をする。このへんは森林地帯と山岳地帯が共存しているため、狩りや畑仕事が主流だろう。そして夕方になれば食事をし、風呂に入って床につく。


 しかし、俺たちはそんな普通の生活とは縁遠い場所にいた。


「どうだセレス」


 視線を横に向け、彼女に話しかけた。


「セラとシャロンから連絡は受けてる。キルスタッドで勇者の集団が人質を取ってるようだわ」


 魔装師同士ならば、距離さえ離れすぎなければ念話が使える。黙っていたかと思えば、城にいる二人とやりとりをしていたのか。


 一陣の風が、彼女の長い髪の毛を舞い上がらせた。黒く艷やかな髪の毛は、風と同調するようになびいていた。そしてそれがとても柔らかく心地いいのを、俺は知っている。


 彼女が髪をかき上げると、右手親指にしている指輪が神々しく輝いた。


 赤を基調にした、白と黒のラインが入ったドレスを身にまとい、腰元には白い剣を携えていた。それは、彼女のいつもの服装だった。


 俺もそうであるように、セレスもまた重い鎧などは着ていない。手と足、それに薄い胸当て程度だ。素早く動くためにというのもあるが、俺の場合は魔法(ロークラフト)が上手く使えないので重いと本当に動けなくなってしまう。


「行くぞ、ライオネル」


 普段は「ライ」と呼ぶくせに、こういう時には愛称を使わない。


 美しく、頭もキレ、名家であるクロムウェル家の息女。それがセレスティア=ウォルト=クロムウェルという彼女の名だ。


 靭やかな動きで跳躍し、迷いなく崖を下っていく。垂直ではないにしろそれに近いものがあるというのに、こんなにも優雅に滑っていくではないか。


 スカートをパタパタとさせて滑っていく。お目付け役としては、一度話をしなければいけないな。俺のような立ち位置で、ラッキーが起きて始めてあの中は見えるものだ。


 普段は静かなくせに、城から一歩出ればお転婆で困る。


 魔法に長け、その才は自他ともに認めるほど。俺は逆に凡才すぎてついていくのも一苦労。彼女もそれをわかっているはずなのに、俺を弄ぶかのように動き回る。


 ただ俺の場合、凡才とは少し違う。魔導炉(プルーフレガシー)の数が才能ならば、俺は逆の意味で非凡だろう。


 俺はやれやれと頭を抱えながらも後を追った。


 人である以上最低三つ、体内に魔導炉という物を持つ。概念的なものであり、それが魔導力(クラフトフォース)を生み出す。魔導炉から生み出された魔導力を使い、俺たちは魔法を使う。一般的に魔法を使う者は魔装師(キャスター)と呼ばれていた。


 山を降り、森を抜け、俺たちはキルスタッドという小規模集落(ビレッジ)の前に来ていた。


 農業や酪農なので生計を立てる小規模集落。


 産業や商業などで生計を立て、小規模集落よりも裕福な経済状況なのが中規模集落(タウン)


 工業や魔法研究など、先進的な技術や研究をしているのが大規模集落(コロニー)


 政府の役人などがいる集落を鎮事府(レックス)。世界の中心とされ、法を司る場所でもある。


 小規模集落よりも中規模集落が、中規模集落よりも大規模集落が、そして大規模集落よりも鎮守府の方が豊かである。逆を言えば貧富の差が激しく、小規模集落出身の者が鎮守府で働くことはまずない。そういう、理不尽な世の中だった。


 キルスダッドに着いて、見つからなさそうな所から中の様子を伺った。


 裏側の入り口から集落の中を覗けば、剣や槍、銃器を持った奴らが徘徊していた。集落の中心には住民たちが集められ、手は腰の後ろで縛られているようだった。美味しそうな食事の匂いがして、なんだか切ない気持ちになる。きっとこれから楽しい食事の時間だったのだろう、と。


 キルスダッドは小集落のため、民家は木造で一階のみの家ばかり。所得の少ないものは藁の家に住むくらいだ。薄いシャツにズボンという簡素な服装は、小集落では普通の格好だ。


「一般人である民衆(レイス)は勇者を敬わなければいけない。無償で宿を提供し、食事を用意し、言うことを聞かなければいけない。ただしそれは、法に触れない程度のこと。集落を襲うなんて、勇者どころか人として間違ってると思わないのかしら」

「まあそもそも、勇者システムなんてのができたのがいけないんだろ? こういうふうになったのも、結局は王族や政府がいけないんだ」

「そしてその勇者システムを取り消さず、後付で出来た制度のおかげで私たちはここにいる」


 勇者である彼らの腕には、銀色に輝く大きな腕輪。勇者の証で、本人のレベルなどを定める勇者デバイスだった。


 勇者システムが創られたのは五百年以上前。当時若者が働くのをやめ、自堕落な民衆が増えていた。魔物を討伐して民衆を守る軍部も人員不足が相次いだ。


 そこで政府は勇者システムを創り、勇者を職業として扱った。


 隔週でレベルを最低一つは上げなければならず、一日に一匹は魔物をする必要があった。


 しかしその代わり、勇者は金の心配をしなくてもいい。魔物をちゃんと倒せば報酬もある。


 そんな勇者システムも、自堕落な若者には意味がなかった。


 弱い魔物だけを倒し、本当に最低限のレベルしか上げない。暴力を振るい恐喝をする、そんな勇者もたくさん存在した。もちろん法で裁かれるのだが、それで止まるような簡単な話ではなかった。


 そこで政府は魔王システムを設立。勇者の選定という名目の元、民衆を守る役割を与えた。が、民衆は魔王を恐れ、慄かなければいけない。その上で勇者を敬わなければならなかった。


 正しき者が損をする時代だと心から思う。


 魔王は右手の親指に指輪をし、それが魔王の証となる。そして俺のような魔王の従者(サーヴァント)は左手の親指に指輪をして忠誠の証とする。勇者デバイスと対をなす、魔王デバイスだ。


 魔王システムができたことにより、一ヶ月に一度、勇者は魔王討伐に向かわなければいけなくなった。これは追加制度であるが、出向かなければ勇者ライセンスを剥奪させるので、勇者は皆いやいやながらも参加していた。


 勇者は人々や魔王を殺してはいけないが、魔王は勇者ならば殺すことができる。だがどんなにいいことをしても、魔王は孤立した存在であることに変わりない。


 これらの仕組みは魔導力が関与していた。魔導炉自体はすべての人間が持つが、魔法や賜法(アクシス)をちゃんと使えるものは限られていた。


 政府お抱えの大魔導師たちと、魔導工学技術士が粋を結集して作ったシステム。それが勇者システムと魔王システム。それに民衆がつける魔導拘束具(クランプカラー)。どのデバイスも、政府がたくさんの金をかけて作った、世界の仕組みと言ってもいい。首輪も腕輪も指輪も管理は政府が行い、魔導力を使ったデータ通信なども可能となっている。


 魔王デバイスにもレベルを定める機能が備わる。レベルの概念も勇者と魔王で同じ。ただし魔王は魔王になった時点で全ての能力が底上げされる。必然的に勇者よりも強くなるのだ。

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