《初仕事》4話
ーー翌日
シュウたちは着々と目的地のヤマズに近づいていた。
ヤマズまでも残すところ半日ほどとなって、夕方には到着出来るはずだ。
突然ジンが何かに気づいたように神妙な顔で話し出した。
「おい、お前ら、前を見ろ。なんだありゃすげえ砂埃だな。嫌な予感がするな、何か起きてるのは間違いねえみたいだ」
ジンの見つめる先を見ると、確かにシュウにも砂埃が上がっているように見えた。
それを確認したベラも、
「……確かに何かありそうね。ちょっとガルに伝えるわ」
と言って馬車伝いに御者の席に行った。
ベラが行ってからすぐに馬車は止まり、シュウとレイナが危険がないかの確認に行った。
馬車の近くにはベラとジンが待機している。ベラはこの時ジンに対して不満を抱いていた。ベラを確認に行かせなかったことではない。シュウとレイナだけで行かせたことに対してだ。
「ねえ、ジンさん? あの二人だけで本当に大丈夫なの?」
「ああ、あの二人なら大丈夫だ。たとえあの砂埃が盗賊の仕業でもな」
「……随分と二人を信用しているのね。あのシュウって子は今回が初仕事って言ってたけど、本当に信用できるの?」
ジンは少し考え、口を開いた。
「大丈夫だ。まだまだだが、あいつは強い」
ジンがこの時考えたのは最初にシュウに出会った時のことだったが、それはベラの知るところではない。
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シュウとレイナの二人はただ会話をしながら眼前に迫る砂埃の正体を見つけるべく歩いていた。
「もう! なんでシュウとの行動なのよ! 団長が一人で行けばいいのに!」
「まあまあ落ち着いてよレイナ。もしもあの砂埃の原因が盗賊や魔物なら馬車を守る人間がいるでしょ?」
シュウはレイナをなだめながら歩いていたが、突然何かに気づいたように、
「シッ! 静かに! 何かいる」
シュウは砂埃の向こう側に動く何かを見つけてレイナに知らせようとした。
しかしそれはレイナには必要なかったようだ。彼女もすでに戦闘態勢に入っていた。
「あの砂埃をこえて現れたのが魔物なら討伐、盗賊なら……討伐だ!」
そう言ってシュウとレイナは砂埃の中に飛び込んだ。
砂埃の中にいたのは魔物だった。
「くそっ! ゴブリンにハウンドにガーゴイルまで!? なんでこんなことになってるんだ!」
シュウが叫ぶのも仕方がない。
基本的に魔物は同じ種族以外の魔物とともに過ごすことはないのだ。
「レイナ! とりあえず片っ端から倒していこう! 虱潰し作戦だ!」
そうシュウが叫んだ後シュウとレイナは無言で魔物たちの中に飛び込んでいった。
シュウの眼前にはガーゴイルが立ちはだかっていた。
ガーゴイルとは空を飛ぶ魔物だ。
飛べない人間からすれば空を飛べるというだけで有利に立てる。
そんな空を飛ぶ敵に対して作られたのが飛び道具というものだ。
シュウは思考をめぐらせた。
飛ぶ敵に対して最も有効な手段は何か。
シュウには魔法という武器があった。それを使えば魔力の消費は大きいが、飛ぶことは可能だ。
つまり敵、ガーゴイルと同じ土俵に立てる。
ーーーーしかしシュウはその手段を取らなかった。
シュウはその決定をすぐさま実行した。
思い浮かべるのは【光の矢】だ。
詠唱をしている時間すら惜しい。
シュウの背後の空中に数百本の光の矢が浮かび上がる。
ーー次の瞬間、光の矢が全て発射された。
矢の一本一本がガーゴイルたちに刺さる。
1匹のガーゴイルに10本、20本。
その矢は空を舞うガーゴイルたちを確実に追い、刺さり、その命をーーーー
奪う、奪う、奪う
シュウの背後の矢が消える頃には空を舞うガーゴイル達は、全て、地に落ちていた。
しかしシュウの眼前にはガーゴイルだけではないまだゴブリンがいる。レイナがハウンドを相手しているが、ゴブリンは遠くから攻撃してくるシュウを見つけ、襲い掛かってきた。
シュウは不敵に微笑んだ。
シュウが後方から魔法を放ったのは後方からしか攻撃できないからではない。
ただそちらの方が、早く済んだからだ。
シュウの攻撃方法は多岐にわたる。
シュウが使う魔法、光魔法には攻撃、付与、回復とできることが多い。
そしてそれらの威力は基本五種の火水風土雷より強く、闇魔法と同程度の威力を誇る。
しかしそれには欠点がある。
火水風土雷の基本五種に比べて光闇の魔法は消費する魔力が多い。さらに基本五種の基礎は誰もが使えるのに対して、光闇の魔法は遺伝で使えるようになる。
話が逸れてしまったが、今はシュウたちの戦いの最中だ。
シュウが選んだのは付与の魔法だった
「【光付与・ハンド】!」
と、シュウが叫んだ瞬間シュウの両手に青白い光がやどった。
ゴブリンがシュウの眼前に迫る。
ゴブリンは持っている棍棒をシュウ目掛けて振り下ろした。
しかしそこには誰もいなかった。先ほどまでシュウがいたはずなのにだ。
しかしシュウは消えたわけではない。ただゴブリンの背後に移動しただけだ。
そしてゴブリンの背後から後頭部に1発。
ゴブリンは何が起こったかわからないまま脳内で出血、その場に倒れこんだ。
そこからもシュウの攻撃は止まなかった。
ゴブリンを1匹、2匹となぎ倒していく。
光の付与の力を得たシュウをゴブリンごときが止められるはずがない。
ーーまた1匹、横から棍棒を薙ぐように振る。
シュウはその棍棒を手で上から押さえつけ、地面に叩きつける。
その勢いに乗せられて下を向いたゴブリンの頭を1回、腹を1回、渾身の力を込めて殴る。
ーーゴブリンは胃の中のものを全て吐き出して倒れこんだ。
シュウから少し離れたところではレイナが自分の武器を鞘から抜き、ハウンドたちの前で構えていた。
レイナは魔法を扱わない。
彼女が使うのは「刀」という武器だ。
しかし、この世界で「刀」を扱う人間の数は少ない。
なぜなら「刀」は鍛冶屋の腕がよくなければ、戦いの最中に折れたり曲がってしまい使えなくなってしまうからだ。それに、使用者の技術に左右される。
その点レイナの刀「時雨」はそんなことにはならなかった。
「時雨」はレイナが母から譲り受けたものだ。母がどうやってその刀を手に入れたかは分からない。しかしそんなことはどうでもよかった。
レイナの戦闘の特徴は何と言っても速さだ。
相手より素早く動き、相手が手を出す前に切り伏せる。
素早く動くためにレイナの武器は刀になったと言っても過言ではないだろう。普通の剣や斧なら振る動作が遅くなる。
普通の剣や斧は「叩き」切ることを目的とするが、刀は相手を「引き」切る。この違いは大きく、無駄な力を必要としない。
「刀」は最もレイナにあっている武器と言えるだろう。
レイナの眼前にハウンドが3体迫ってきている。
レイナがそのハウンドを標的にした瞬間、
ーーレイナ以外の挙動が遅くなる。
レイナは持ち前の速さと反射神経で相手の動きを見極め、それに合わせ刀を構える。
ーー次の瞬間、ハウンドの頭と体が離れた。
ハウンドの体からは噴水のように血が噴出する。
他のハウンドたちはそれを確認、本能的に相手の強さを感じ、自分の動きを止めようとする。
ーーしかし、時既に遅し。
ハウンドたちは最後に「死」を見、死んでいった。