《初仕事》2話
シュウはこの上ないほど張り切っていた。なぜなら今日がシュウの人生においての初仕事であり、それもドラバルド傭兵団としての初仕事であるからだ。
「ジンさん! 準備できましたよ!」
しかし、張り切りすぎたため出発の2時間も前に準備が終わってしまっていた。
「おいおいシュウ、まだたっぷり時間あるじゃねえか。出発の時間は決まってるんだから中にでも入って待ってろよ」
ジンがゴージャスを指差しながらそう言うと、シュウは声高らかに自分の心意気を主張した。
「じっと待ってるなんて無理ですよ! そんなことはこの溢れんばかりのやる気と元気を止めてから言ってください!」
シュウとジンがそんなやりとりをしていると、レイナがやってきて呆れと怒りが混じったような口調で2人に言った。
「シュウ、あんたはちょっとはしゃぎ過ぎなのよ。っていうか団長は準備するの遅すぎなの! いっつもそうやってみんなを待たせるんだから! 今回だって本当なら1時間は早く出発できるはずなのよ!? まったくもう、リノさんがいないとなったらすぐこうなるんだから!」
そう、今回の依頼にリノはついて来ない。リノはもう少しでアホ姉妹が仕事を終えて帰ってくるから待っておく、と言っていた。
……実際はジンと仕事に行くと違う意味で疲れるのでなるべく行きたくないというだけだったのだが。
レイナとしてはリノにもついて来て欲しかったのだが姉妹に新人が入ったことの報告をしなくてはならないとまで言われるとどうしようもなく、最終的にはレイナもリノについては諦めるしか無かった。
それから少し経って、ジンの準備が完了するとともにジンが最終確認をするのだった。
「よし、全員準備もできたことだし、今回の仕事の最終確認だ。今回の仕事の内容は調査依頼だな。アース山脈の端っこの所の山で巨大な熊を見た。危なそうだから調査を頼みたいってことだな。取り敢えずはその目撃者がいるヤマズっていう村に行ってある程度のことは聞かなきゃならないな」
「ジンさんが言ってたようにその辺りの魔物ってそんなに強くないんですよね?そんな依頼がなんで僕らの所に来たんですか?」
シュウの言うことも一理ある。というのも、ドラバルド傭兵団は国の中で1、2を争うような傭兵団であり、その依頼に関してはドラバルド傭兵団が扱うようなものではないはずだからである。
「んー、まあよっぽど依頼が少なかったかクラスバの野郎がよっぽど適当に選んできたかだな」
しかしその疑問もジンの言葉で特に問題にはならなかった。
「そんで、依頼の期間はあと5日だ。ま、普通の馬車で行けばヤマズまでは4日って所だが」
しかし4日と聞いて驚いたシュウが、
「ええ!? 残り1日しかないじゃないですか! 大丈夫なんですか?」
しかしジンはその反応を面白がるように見たあとで口を開いた。
「あー、確かに普通の馬車で行けば4日なんだが、うちの傭兵団の馬車で行けば2日で行けるはずだ」
そう、ドラバルド傭兵団の馬車というだけあってやはり馬はそれ専用に改良され、普通の馬車の倍の速度で走れるようになっていたのだ。とはいえその分値段も高く、一般人にはとても手を出せないような金額である。
「だから1日目の夜は途中の村によって宿をとるという形になるな。ま、そういうわけだから依頼の残りの期間は3日もあるから十分だろ」
それから少し経って傭兵団専用の馬車が到着した。馬車にはドラバルド傭兵団の龍の形をしたマークが付いていたので周りから見ても一目瞭然である。さらには馬の大きさも普通の馬車の馬に比べては大きく、凛とした様子だ。シュウは期待に胸を膨らませて馬車に乗り込むのだった。
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「うわー、暇だー! 暇で暇で暇すぎるー!」
突然叫び出したのはシュウだった。もう既に馬車で3時間近く揺られ続け彼はこの黙ったままの空気に包まれ限界だった。
するとジンが今思いだしたかのように口を開き、
「そうだな、そろそろ昼食にするか」
「そうね、日も登りきってるし、シュウ! あんた昼食作りなさいよ」
と、レイナが賛同しシュウに押し付けようとするのだが、
「え、僕?僕は料理なんてできないよ?」
結局レイナが作る羽目になるのだった。しかしシュウからすればこれ以上に嬉しいことはなく、先ほどの退屈からくる気怠さもどこかへ飛んでいくのであった。
……とはいえ材料などほとんど持ってきてはおらず、昼食の内容はパンとスープだった。
そのような内容だからこそ食事中の会話も少なく、全員がすぐに食べ終わり、何も起こらないまま、また出発するのであった。
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僕の名前はシュウ。今は馬車の中にいる。初めての仕事だけどジンさんやレイナと一緒だからきっと大丈夫だと思う。僕だって自慢できるほどじゃないけど同年代の子よりは強いはずだし。
もう昼食を食べてから2時間が経ちそうなくらいだろう。このまま何もなければ日が沈んでしまうよりは早く中間地点の村につけるだろう。
何もなければ、だけどね。
というか何があるか分からないのにレイナとジンさんは寝ている。確かに暇すぎて呆然と外を眺めるか、寝るしかないがこれは油断しすぎなのではないだろうか。油断は禁物だ。そう、だから僕は起きておかなくてはならないんだ。起きてレイナの寝顔を拝んでおかなければ。
…………ハッ!? ……寝てた? だめだ起きろ僕!
…………zzzz……
日も沈む頃、一行は中間地点の村に到着していた。この時ジンとレイナの知らないところでシュウが落ち込んだりしていたのだが。
シュウたちが宿に入ると宿は鎧を着た大柄の男や、ローブを着た魔法使いのようなものもいた。
それもそのはずで、この村は宿の村として財をなしている村だからだ。村のあちこちに宿があり、どの宿も繁盛しているようだった。
そしてシュウたちが泊まる宿は色々な場所の傭兵団が使う宿であり、一階は酒場となっていたそこで働いているものの中には子供までいた。そんな場所だからこそシュウのようなまだ子供とも言えるような人間を見てそこで働くものだと思いシュウに叫んでくるものまでいた
「おい小僧! ぶっ殺されてえのか!? はやく頼んだ酒を持ってこい!」
「僕はここの店員じゃないよ!」
「あん? じゃあてめえが傭兵団とでも言うのか? 冗談言ってねえではやく持ってこいってんだ!」
と、そこにシュウが酒場にいた客に怒鳴られているところを見たレイナがやってきて、
「シュウ! まったく、団長もシュウもすぐに厄介ごとに絡まれて、はやく行くわよ!」
「ごめんレイナ、なんかこの人たちが僕を店員だと勘違いしたみたいで」
突然きた少女を見て男は驚いた。少女が着ているローブだ一見ただの緑色のローブに見えるそのローブの胸元には、あろうことかあのドラバルド傭兵団の龍のマークが着いていた。
つまり今自分が店員と思ったこの少年が彼女の仲間であるということはこの少年もドラバルド傭兵団だということだからだ。
男は冷や汗を流した。
「お、おう、そうか、そ、そりゃすまなかったな。ほ、ほら邪魔する気がねえならあっち行け」
「いえ、分かってくれればいいんですよ」
少年が去って行った後男はからだから何かが抜けたように脱力し、椅子にからだを預けたのだが、それはシュウの知るところでは無かった。
その様子を見ていた他の傭兵団のものによって、この日ドラバルド傭兵団がその宿に泊まっているという噂がまたたく間に流れていくのだった。
ーー結果、その夜の宿は普段より数段静かだったという。